Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~

日記

首都ビシュケク

2018.08.8 | キルギス

【76日目 3,446km】

 

 

秘境「ソンコル湖」での滞在を終え、はるか下界を目指します。

 

湖の周辺エリアは未舗装のオフロードが続きスピードもなかなか出ません。

加えて、アップダウンの多い丘によって体力が着実に奪われていきます。

 

ハンドル操作もままならない急こう配を下りつつ、

ガイドブックにも載らない小さな町で休みつつ、

3日かけて、何とか麓の町“コシュコル”に戻ってきました。

 

キルギス山間部のハイライトを終え、

首都の「ビシュケク」を目指します。

 

 

キルギス最後の目的地となるであろうビシュケクに向かって

ある山を登り、峠を越えようとしたまさにその時、

ふと男性の集団が声を掛けてきました。

 

「ヘイ、フレンド。どこに向かってるんだ?」

これまで幾度となく聞かれた質問に、さらっと答えて進もうとしたとき

意外な言葉が…。

「ちょっとインタビューさせてもらってもいいかな?」

 

実は彼ら、

キルギスで一番の人気を誇るインターネット番組(自称)の撮影クルーでした。

 

「なぜ世界を旅しているのか?」

「キルギスの感想はどうか?」

「トラブルに遭ったことはないか?」

「一番の旅の思い出は?」 …などなど

矢継ぎ早の質問を受けたあと、

ヘルメットにカメラを装着され、頭上にはドローンが飛び始めました。

イメージ映像の撮影だそうです。

 

30分ほどで突然の撮影は終了。

編集が終わって公開するときには連絡をくれるとのことでした。

(まだきてないけど…。)

思わぬ出会いがあるもんですね。

 

引き続き西へと走り、コシュコルから2日かけて辿り着いたのが

キルギスの首都「ビシュケク」。

特にこれといって見どころもない街ですが、

今後訪問予定の国のビザを取得するという重大なミッションを果たします!

 

 

滞在しているのが日本人オーナーの経営する“さくらゲストハウス”。

これまでまったく関わりのなかった日本人バックパッカーの方々とも交流。

重要な情報交換の場にもなっています。

 

 

到着翌日、ビザの申請をおこなうため旅行代理店へ行くと、

「大使館の人が夏休み入っちゃったんでビザ出るの10日後です。」

 

思い通りに進まないことなんていつものこと。

早く先に進みたくて仕方ないんですが、

この街で足止めを食らうことが決定しました。

 

 

てことで、しばらくココでのんびりしまーす!

 

 

 

 

標高3,000mの日常

2018.08.4 | キルギス

【70日目 3,012km】

 

“イシク・クル湖”の湖畔サイクリングを終えたあと、

キルギス西部山中の町・“コシュコル”に滞在しておりました。

 

小さな町でありながら多くの観光客が集まるコシュコル。

その目的は、町から1,000m以上登った先にある秘境「ソン・コル湖」。

多くの湖があるキルギスのなかでも、ソン・コルは高い人気を誇るそう。

コシュコルはそこを目指す人たちの拠点となっています。

 

 

さっそくソン・コル目指して走りはじめますが、

拠点のコシュコルの標高はすでに2,000m弱。

少し走っただけで息が荒くなってしまいます。

高山病の症状が出るのは3,000m付近だそうですが、

自転車で体力を使っていることもあってか、軽い前兆が現れ始めました。

 

 

 

やがて舗装路も途切れ、ときには自転車を押しつつ悪路をなんとか進んでいきます。

すると、通りすがりのワゴンが停まり

降りてきた二人組のおっちゃんが「乗っていけ!」と、

救いの手を差し伸べてくれました。

自力で登りたかったので断ったのですが、

「遠すぎる!いいから乗ってけ!」と

半ば強引に乗っけてもらうことになりました。

おかげで絶景ドライブ楽しめました。ありがとう!

 

 

たどり着いたところが標高3,016m、「ソン・コル湖」。

 

気温も一気に下がり、10℃ほどだったでしょうか。

湖畔には移動式住居“ユルト”で家畜と共に暮らす人々の姿が見えます。

 

ワゴンを降り、自転車にまたがったと同時に

地元の子供たちが大勢集まってきました。

当然英語は通じませんが、ものすごく興味を持ってくれているのは分かります。

手を引かれるままに連れていかれたのがひとつのユルト。

 

 

中に入ると、ティータイムだったようでテーブルには

チャイとパンが並んでいます。

そのまま勧められチャイをいただきました。

なぜ何の予告もなくやってきた言葉すら通じない人間を

こんなにも自然に受け入れてくれるんだろう?

 

 

テレビもマンガもない標高3,000mの日常はとにかく自然に寄り添ったものでした。

羊の群れを導いたり、馬の手入れをしたり。

牛の乳を搾ったり、犬とじゃれたり。

小さな子どもたちだって皆上手に馬を乗りこなします。

 

遊ぶばかりではなく、

食事の用意をしたり、ストーブの薪をくべたり。

羊の毛を刈ったり、肉を捌いたり。

家族みんなで生活のための仕事をこなしていくのがここのスタイル。

 

 

 

そんななか、娯楽はもっぱらトランプ。

日が沈み夜が更けても、懐中電灯のもとみんなでカードに興じます。

ちょっとまぜてもらいましたが(無理やりやらされただけ…)

ルールが全くわかりません。

 

そのまま晩御飯もご馳走になり、ユルトの中でぐっすり寝させてもらいました。

観光用のユルトでくつろぐ予定が、思わぬかたちで現地住民の方との交流の機会に。

ゆったりと良い時間が過ごせました。

 

 

“バカイさん”一家、ありがとう!

お邪魔しました!!

 

 

 

湖沿いを行く

2018.07.31 | キルギス

【67日目 2,918km】

 

国境を通過した後、

引き続きベルギー人サイクリスト“ヤン”と共に

キルギスの首都・ビシュケクの方面へ向けて西に走ります。

 

 

山中の道は舗装されておらず、砂利の上をガタガタいわせながら進んでいきます。

スムーズには走れませんが、

青々とした山を遠目に眺めつつ、草を食む馬たちの横を通り過ぎるのは

なかなか乙なモノ。

 

しかし、のんびり走っていると時に遠くから大きな鳴き声が!

唸り声とともに草原を駆けこちらに猛ダッシュしてくるのは民家の番犬です。

牙をひんむいて自転車のすぐ後ろまで迫ってくるのはスリル満点。

ただの“のどかなサイクリング”では終わらせてくれません…。

 

 

 

東部の都市・カラコルではこの旅はじめての教会を見に行きました。

100年以上の歴史を誇る、珍しい木造の教会です。

国民の多数がイスラム教徒であるキルギスにおいて

教会という建物自体、決して数は多くないようですが。

火事になったらよく燃えそうですけど大丈夫なんでしょうか?

 

キルギスの地図のなかで、

圧倒的な存在感をあらわしているのが“イシク・クル湖”。

東西の幅は約180kmにも及びなんと琵琶湖の9倍もの面積を誇ります。

浜辺に立つと、まるで大海を目の前にしているかのようでした。

この湖に沿ってひたすらペダルを漕ぎます。

 

 

途中に現れたのが、うねる様な大地の起伏が美しい“フェアリーテイル・キャニオン”。

波のような地面の浮き沈みと、様々な色に彩られた地層が

その名の通り“フェアリーテイル(おとぎ話)”の世界を演出しています。

カザフスタンのチャリン・キャニオンとはまた違う地球の芸術でした。

 

ここで、南に向かって山に登っていくヤンさんとはお別れ。

 

再び一人ぼっちになり、湖の西端の小さな村・オットゥクの浜辺で

テントを張ろうかと準備していたその時、ある親子が声をかけてきました。

「風が強くてキャンプ大変だろうから、家へおいで。」

 

家に着くなり、パンとチャイでもてなしてくれました。

日本が大好きな娘の“アクニエトちゃん”は

18歳になったら東京に留学するのが夢だそう。

単語を覚えたり、ひらがなを書く練習をしたり

楽しそうに外国の言葉を勉強するする姿が印象的でした。

 

仲良く食事の準備をするマナトさん親子。

裏庭のニワトリが産んだばかりの卵を使った目玉焼きは最高でした。

 

夢に向かってガンバレ!

日本で会いましょー!!

 

 

3か国目“キルギス”

2018.07.27 | カザフスタン キルギス

【62日目 2,734km】

 

カナートさん一家にお世話になった後、

南に向かってたどり着いたのはカザフスタン最後の町“ケゲン”。

 

旅をしていると新たな出会いがとどまることなくやってきます。

夜中、滞在していた古いホテルの隣室にやってきたのはベルギー人のサイクリスト。

そして彼の開口一番は、

「君が自転車で世界を旅している日本人かい?」

 

聞けば来る途中に別の旅人から

このあたりを走っている日本人がいるという噂を耳にしたそうです。

恐るべし旅人ネットワーク。

 

元・写真家で教師でもある“ヤンさん”は

連休のたびに自転車で外国をまわっているそう。

50ヵ国以上を訪れた生粋の旅人です。

向かう先が同じく南のキルギスということで一緒に走ることに。

 

 

翌朝、国境に向かって走りはじめます。

すれ違うのは人よりも動物の方が圧倒的に多いという

のどかな草原を進んでいきました。

 

 

静かな1本道の向こうに見えてきた小さなゲート。

カザフスタン~キルギスの国境です。

緊張感のようなものは全くなく、

ちょっとお喋りしたのち、荷物の中身を簡単に(適当に)見られて

あっさり出国および入国審査は終了しました。

 

振り返って写真を撮ろうとしたのですが制止されちゃいました。

そこはちゃんとしてます…。

 

カザフスタンにはほんの1週間ほどの滞在で、

あっという間に3か国目の“キルギス”にやってきました。

国境を越えたとはいえど、

広がる風景は相変わらず延々と続く草原で、

違う国にやってきた実感はあまり沸きません。

 

 

数十kmおきに現れる小さな村で休憩をはさみつつ、

夕方にたどり着いたのが警察の検問所。

外国人サイクリストは対象外で、

地元のドライバーを取り締まっているようです。

 

雲行きも怪しくなってきており

このあたりにテントを張れるところがないか聞いていたまさにその時、

土砂降りの大雨が降りはじめ、さらに雹(ひょう)も降りだしました。

一瞬のうちに天気が変わってしまう山間部ならではの気候です。

 

困ったときに頼りになるのはやはり警察。

「検問所に泊まってきな。」と、優しい一言をくれました。

“検問所”なんて聞こえはいいですが、

実際は道ばたに置かれたトラックの荷台でしたけども…。

 

 

 

雨雲も過ぎ去り、無事に夜を明かすことができました。

これからも色んなかたちで警察にお世話になるんだろうな。

 

 

 

田舎に泊まろう

2018.07.23 | カザフスタン

【58日目 2,639km】

 

 

チャリンキャニオンの谷底で目を覚ました朝、

まったく予想していなかった雨に降られてしばし足止めを食らいました。

 

覆っていた雲に青い切れ間が見え、雨が止みはじめたのが昼の12:00頃。

急な坂道を必死に踏ん張り、重い荷物を積んだ自転車を

何とかキャニオンの上まで持ち上げました。

 

だだっ広い荒野のど真ん中に横たわるチャリンキャニオンから

5kmほど走ったところに久々の舗装路が見えます。

 

そして、西へ向かうステファンさんともお別れ。

またどこかの国で会えることを祈りつつ

出会って1週間余り共に走ってきた旅仲間を見送りました。

 

依然広がり続ける荒野を進むと、

遠く山の麓にかすかに村が見えてきました。

雨のせいで出発が遅れたこともあり予定していた山越えが難しそうなので

この村で1泊していくことに。

 

たどり着いた村の名前は“アクサイ”。

とりあえず入った食堂で宿はあるか尋ねると

村には民家しかなく宿泊施設はないとのこと。

確かにどうみても観光で人がやってくるような所には見えませんでした。

歩いて回れるほどの村を自転車でぶらついてみることにします。

 

とある民家の前を横切るとじっとコチラを見てくる親子。

何だか興味を持ってくれているようだったので

庭先でテントを張ってもいいか身振りで必死にお願いすると、即OKが!

 

早速、こじんまりとした小さなお家の横にテントを張らせてもらいました。

しっかり柵で囲われておりオオカミに骨までしゃぶられる心配もなさそうです。

 

しばらくして落ち着くと、

「お腹はすいてないかい?」と差し出されたパン。

家の牛から絞った牛乳でつくったチャイと一緒に食べると

疲れていることもあってか、シンプルながら豪華料理の様に感じます。

 

ここアクサイは家畜と共に暮らす人々の静かな村。

夕方になると子供たちも協力して馬や牛、羊たちを柵の中に連れ戻します。

そして、日が暮れるまで動物とじゃれ合ったり追いかけっこをしたり。

 

 

夜になると裸電球の下、家族みんなと食卓を囲んでのんびり食事をしました。

 

食後に「シャワー浴びといで」と案内された先には

火がゴウゴウを燃え盛る窯の備わったロウリュウ(北欧式サウナ)。

蒸し暑い部屋の中で汗と一緒に疲れも吹き飛ばしてくれます。

 

子供たちは自転車やテントに興味津々。

言葉が理解できないなかでも身振り手振りで何とか互いの意思を伝え合います。

 

ふらっと立ち寄っただけの旅人を

心優しく受け入れ、もてなしてくれたカナートさん一家。

 

こんなに優しさに溢れた人たちがいるなら

どこまでだって旅をしていけそうです。

 

穏やかで素敵なひと時をありがとう!

 

 

 

ミニ・グランドキャニオン

2018.07.20 | カザフスタン

【57日目 2,596km】

 

無事カザフスタンに入国して、いよいよ2カ国目の走行開始です。

といってもすぐに南下して次の“キルギス”に向かうので、

とりあえずの滞在期間は1週間ほど。

キルギスを走った後で再入国する予定です。

 

中国の終盤戦が過酷だったことを言い訳に

カザフスタンに対する予習を全くしていませんでした。

通貨は“T(テンゲ)”。こんにちわは“サラム”。

基本情報をその場その場で調べつつ勢い任せに走りはじめます!

 

国境の町“ジャルケント”を抜けると建物の少ない荒野が広がります。

ロシア語に代表される「キリル文字」で書かれた看板を見れば、

間違いなくここは東アジアとは違う文化圏。

 

大地と空のほかに何も見えない道をひたすら数十km進んでいきます。

時折あらわれる道端の露店で

トラックのドライバーたちにケバブをごちそうになったり、

スイカ売りのおっちゃんにスイカを丸ごともらったり。

透明な瞳がどことなく冷淡なイメージを与えるカザフスタンの人々ですが、

訪れた外国人をやさしく受け入れてくれる心を感じました。

 

 

そして、90kmほど進んだ“チュンジャ”という小さな町で

中国で分かれたステファンさんと再合流することに。

 

二人ともこの先の目的地でそれぞれキャンプをする予定だったんですが、

事前に現地の人から、

「この地域ではオオカミが出るので一人でキャンプをしないように!」

との警告を受けていました。

オオカミなんて日本人には馴染みがないですが

ロシアや周辺国では死亡例も数多く出ているほど危険な動物です。

ということで、連絡を取って落ち合ったホテルでこの日は宿泊。

 

 

翌日、チュンジャの町からさらに荒野のど真ん中に突き進んでいきます。

緑も徐々に減っていき、ほとんど砂漠地帯のなか

オフロードに苦戦しながらも走り続けました。

 

 

そして、周囲数十kmに渡って何もない広大な荒野の中に

突如現れたのがこの日の目的地「チャリンキャニオン」。

チャリン川が削りだした渓谷は

“カザフスタンのグランドキャニオン”の異名を持ちます。

 

本家アメリカのグランドキャニオンのスケールには及びませんが

日に照らされた赤土の崖は圧巻の風景です。

カザフスタンからはもちろん、

アメリカやヨーロッパなどからも観光客が来ていました。

 

ちなみに1日目に上海で出会って以来、日本人には1人も会ってないです…。

別にいいんですけどね。…寂しいワケじゃないですし。

「お寿司食べたいね」とか、「W杯良かったね」とか話せたらいいですけども。

まあ、別にいいんですけどね…。

 

 

ぐるっと回ってくれば谷底に降りられるようになっています。

底から崖を見上げるのもなかなか素晴らしい景色。

 

 

谷底を流れるチャリン川のほとりには簡単なアウトドア設備が整っており

この日はここで1泊。

 

オオカミも現れることなく、

大自然に囲まれた静かな夜を過ごしました。

 

 

バイバイ中国

2018.07.18 | カザフスタン 中国

【55日目 2,448km】

 

西の果ての町・霍尔果斯(コルガス)。

この町にある国境線を超えればいよいよカザフスタン入国です。

 

滞在していたホテルからほんの1km進めば国境なのですが、

ここもなんだかややこしいみたいで…。

 

前日にカザフスタンに入国したステファンさん曰く、

自転車で突入しても門前払いを食らうだけ。

町のバスターミナルから出ているバスに乗らないと

出国の手続きをしてくれないそうです。

 

過去には自転車で越境した人も沢山いるみたいですが、

事情がコロコロ変わってこちら思い通りにいかないあたりは最後まで中国。

 

 

ということで自転車を載せて国境を超えるバスに乗車。

満員のバスの乗客は瞳の色が透明がかったカザフスタン人が大半を占めています。

 

国境に着くと、空港の荷物検査や出入国審査と同じ要領で進んでいきます。

中国側の出国審査はスマホの中のデータをじろじろ見られたくらいで

思いのほかスムーズに完了。

 

そのままバスに乗ってカザフスタンの入国審査。

こちらも特に何も聞かれることなくさらっと完了。

 

・荷物を全部ひっくり返される

・パソコンやカメラのデータを全部見られる などなど

やっかいそうな前評判を聞いていたコルガスの国境ですが

本当に拍子抜けするほど順調に進みました。

 

国境を越えたバスはそのまま30kmほど進み、“ジャルケント”という小さな町に到着。

とりあえずここのホテルでゆっくりします。

 

 

 

記念すべきカザフスタン第一回目の食事はウイグル地区にもありました「ラグマン」。

茹でた麺にトマトと牛肉(もしくは羊肉)ベースの炒め物が乗っかっています。

非常に食べやすく日本人なら誰もが好むであろう一品。

中国生まれ、中央アジア育ちのようです。

 

 

 

これといった見どころのない田舎町をぶらつくと、

ごちゃごちゃと乱立したビルや13億人のかもし出す活気はなく

ここはもうすでに中国ではないことを実感。

 

 

ついにアジアの大国・中国の旅を終えました。

鉄道を利用してではありましたが振り返ってみれば長い道のり。

世界地図を見ても、東西の幅でいうと

広大なユーラシア大陸の3分の1ほど占めているのではないでしょうか。

 

たくさんのトラブルをもたらし、たくさんのトラブルから救ってくれた中国の人たち。

一カ国目にして、旅の大変さと楽しさを同時に教えてくれました。

 

まだまだ最高の出会いを求めて、旅は続きます!

 

てことで、

バイバイ中国!!

 

 

 

山を越え、国境の町へ

2018.07.14 | 中国

【53日目 2,446km】

 

乾いた土壌に高いビルが連なっていた新疆ウイグルの土地も

西に進むにつれて街は減っていき、そこには何もない荒野が広がっています。

 

 

 

カザフスタンへ向け真っすぐ伸びる道路に並行して

東西を貫くようにそびえるのは、

7,000m超のポベーダ山を含む広大な群山“天山山脈”。

 

ここ数日間、どこまでいっても続く山々を左手に見ながら走っています。

延々とつづく壮大な自然の景色はまさに大陸ならでは。

 

そして、中国~カザフスタンの国境を通過するためには

この天山山脈を超える必要があります。

 

 

真夜中に公安に連れられたどり着いたホテルで1日休んだのち、

中国人チェンくん、イギリス人ステファンさんと一緒に

2日間かけての山越えに挑みます。

 

泊まっていた町“精河”の標高は約350mほど。

そこから出発して目指す峠の頂上はなんと標高約2,000m。

西へ130km進むと同時に、1,700mも登っていかなければなりません。

そして、この日の予想気温は40℃近くまで上がる見込み。

中国最後にして最大の難関が立ちはだかります。

 

1日目に頂上の盆地に到着して、2日目は下るだけというプラン。

9時ごろに出発し、午前中は順調な走り出し。

意外に勾配は緩やかでスムーズに進んでいきました。

 

しかし、70kmほど走りお昼を済ませた2時頃から一気に余裕はなくなります。

目の前にはどこまでも続く果ての見えない上り坂。

村や集落はとっくに見えなくなり、周りにはとてつもなく広い荒野と山々。

 

照り付ける太陽から隠れる陰なんてあるわけがなく、

体力は少しづつ奪われていきます。

気温が上がっても乾燥しているのでほとんど汗はかかず、

肌の表面には塩田のように乾いた塩分が浮かびあがってきました。

 

砂漠みたいに建物が何もない空間にいると距離感がなくなるのか

漕いでも漕いでも進んだ気がせず精神力も奪われていきます。

 

そんななか突如ぽつんと現れた建物。

どうやら食堂のようで、ここで休憩しました。

こんなに水をありがたいと思ったことはないというほど美味しかった。

オアシスってこういうことです。

でも周囲10km以上何もなかったけど、お店の人どんな生活を送ってるんだろう。

 

徐々に日は暮れて少しずつ涼しくなってきました。

道路わきでお菓子をつまんだり、袋ラーメンをそのままバリバリ食べたり、

疲れ果ててしまいそうな中、何とか体力をつなぎ留めます。

 

この坂を超えれば頂上かと期待するたびに

その先には上り坂があって何度も心をくじかれましたが、

日没直後の22:30頃、燃え尽きそうな状態で頂上の盆地に到着しました。

 

 

この盆地には“賽里木(サリム)湖”という湖がありホテルの建つ観光地にもなっています。

湖のニックネームは「大西洋が流した最後の一滴の涙」。…素敵。

でもこの時の写真はありません。

 

夕暮れに染まる湖だったり、放牧中のラクダの赤ちゃんだったり

ぜひ写真に撮ってここに載せるべき景色は沢山あったんですが

カメラを取り出す体力すらなかったんです。

本当に疲れたら、そんなもんなんです!

 

 

ホテルで1泊したのち、翌日は山の反対側に下っていくだけ。

お昼頃にのんびり出発し、湖畔のサイクリングを満喫しました。

 

山脈の北側から南へ超えると、

これまでの乾いた土地が嘘のように青々とした景色に変わります。

連なる山々を縫うように敷設された道路はまさに天空の道。

絶景の中を颯爽を下っていけば、前日の苦労が一気に報われました。

 

 

山を下って平坦な道を50kmほど進むと国境の町・霍尔果斯(コルガス)。

故郷の町へかえるチェンくん、先にカザフスタンへと入国するステファンさん

二人ともお別れ。

 

 

新疆ウイグル自治区に入ってからいっきに過酷な自転車旅になりましたが、

見計らったかのように新しい出会いが待っていてくれました。

しんどい時も誰かが支えてくれれば思ったよりも頑張れるもの。

 

この調子で進んでいきます!

 

 

 

最長記録

2018.07.12 | 中国

【50日目 2,208km】

 

不安定な情勢ゆえの公安による厳しい取り締まり。

新疆ウイグル自治区の“ルール”に翻弄される日々が続いています。

 

 

いちおう中国では自転車は高速道路を走ってもいいようで、

ここしばらく無料で料金所を抜け

無数のバスやトラックに追い抜かれながら進んでいます。

路肩の幅も広いので、わりとゆったり走れるんです。

 

 

日本と同じように数kmごとにサービスエリアが設けられており、

この日もお昼頃に休憩に立ち寄りました。

 

休んでからさぁ出発しようと自転車のところへ戻るとそこには

旅の荷物を積んだ二人のサイクリストが居ました!

 

国境付近の町に帰る中国人チェンくんと

故郷のスコットランドまで自転車で旅をするステファンさん。

向かう方向はみな同じということで一緒に走ることに。

 

のんびり話しながら、ときに休みながら数時間走りました。

19:00には目的地である“托托”という町に到着。

 

 

 

のんびり休もうと思った矢先、この日はこれからが長かった…。

 

高速を降りるため料金所を通過するとそのすぐ先には

例によって公安の検問が待ち構えています。

 

3人そろって進んでいくと、通過できたのは中国人のチェンくんだけ。

保安上、僕たち外国人2人はこの街には入れないとのこと。

検問を通過できなければ高速に戻るしかありません。

つまり、高速道路に閉じ込められた状態。

 

この日はすでに10時間、120kmを走りぬいた後で疲れは溜まってます。

聞いてみると次に外国人が立ち入れるのは60km先の町。

「今日はお疲れさん!」って気分だったのにこれはしんどい。

 

どうするべきか悩みつつも進むしかないので重い足でペダルを漕ぎだします。

当然、昼間と同じペースで進むことはできずダラダラと走ってしまいました。

 

途中、インスタントラーメンを食べたり、

「宿が高い!」と再合流したチェンくんのタイヤがパンクしたりと

予想以上に時間が掛かり、

外国人が滞在できる町“精河”に着いたのは

すっかり日付も変わった真夜中0時過ぎのこと。

 

高速を降りた先には当然のように公安の検問がありましたが、

何とか通過できることに。

しかし宿泊先は公安の指定するホテルで、

そこに着くまではパトカーの誘導のもと全員揃って移動する

という条件付きでした。

 

日をまたぐ大移動の結果、

走行時間15時間、移動距離180kmという最長記録をみごとに樹立。

 

 

色んなことが思い通りにならない場所ですが、

これも旅の醍醐味だと自分をなだめながら眠りに落ちました。

 

ホントに疲れた…。

 

 

 

身柄拘束、そして移送

2018.07.10 | 中国

【48日目 1,917km】

 

烏魯木斉(ウルムチ)を出発し、

隣国・カザフスタンを目指してさらに西へ向かいます。

 

街を出てからの道のりは内陸の乾いた荒野の風景をイメージしていたんですが

実際は、ところどころ建物が途切れるものの立派な都市空間が続いていました。

 

走行していると横からはみ出してくる羊たち。

(羊ですよね? ヤギじゃないですよね?)

 

 

鉄道に乗ってやってきたウルムチをはじめとする“新疆ウイグル自治区”ですが、

民族間の歴史的な遺恨があり、

数年前には死者を伴う暴動やテロ事件も発生している地域です。

 

今でも厳戒態勢は続いているようで、

それを象徴するのが街のあちこちで市民を監視する公安(警察)の姿。

スーパの入り口、ガソリンスタンド、バス停、交差点…など、

いたる所に立っています。

 

 

自転車で走っていても市や町をまたぐ位置に検問が設けられていて

トラックのドライバーたちと一緒にセキュリティチェックを受けました。

 

パスポートを渡すと、通行の目的や行き先などの質問に答えて5分ほどで終了。

一回目の検問は少しドキドキでしたが問題なく通過できました。

悪いことしてるワケじゃないんだし、特に構える必要もないはず。

 

そして、しばらく走ってお昼頃に2回目の検問所に到着しました。

今度は余裕しゃくしゃくでリラックスして臨みます。

 

簡単な質問をされパスポートをじろじろ見られた後に言われたのが

「ちょっとこちらへ来てもらえますか」。

あれ、さっきと様子が違う。

椅子だけが置かれた真っ白な部屋に通されました。

 

すると、「水を飲みますか?」とコップを渡され一人ぼっちにされます。

何か取り調べられるんだろうか?

次は牛丼が出てくるんだろうか?

ソワソワして待っていると再び現れた警官が一言、

「あなたをこの先の検問所まで車で連れていきます」。

 

 

まったく何の説明もないままコトが進むのでびっくりでしたが、

言われるがままパトカーに自転車を積むと、

そのまま若い二人の警察と一緒に出発しちゃいました。

 

 

50kmほど進んで次の検問所に着くと、

自転車を降ろして二人の警察はどこかに行ってしまいます。

そのままキョロキョロしても誰も来ないので、

何事もなかったように再び走りはじめました。

 

 

急に連れてかれて急に置いてかれるという謎の展開。

しかも公安たちは互いに中国語で話すばっかりで誰もこちらには

いきさつを伝えてくれませんでした。

 

自分たちの管轄内でトラブルに遭ってほしくないのか。

外国人に変にうろちょろしてほしくないのか。

理由は不明ですが、先へ進めてくれたので良しとします!

 

 

ドライバーになってくれた若い警官も運転ありがたいんだけど

爆音でBGM流して、スマホいじりながら、タバコ吸いながら

運転するのはヤメて。

 

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