Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~

日記

絶品ボロネーゼ

2019.04.12 | イタリア

【315日目 11,986km】

 

 

水の都・ヴェネチアを満喫し

スザンナさんに別れを告げると

再び西へ走り始めます。

 

 

 

イタリアのこのあたりの地域には

町と町を結ぶように自転車専用道が敷設されています。

 

実はこれ、

かつて敷かれていた鉄道の線路を取り除き

そのままサイクリングコースにしてしまったというもの。

 

 

 

鉄道が走っていた道なので

曲がりが少なくひたすら真っすぐ。

大部分は未舗装の砂利ですが、

時々ランナーやサイクリストと

すれ違うくらいなので

非常に走りやすいんです。

 

 

 

途中に寄る多くの町は

中世の面影を残しており

昔ながらの雰囲気が漂っています。

石畳が走りにくいけど、

情緒あふれる景色を走るのが

気持ちいい。

 

 

 

人が集まる観光地でなくても

絵になる素敵な風景が広がる

イタリアの道。

ついつい自転車を停めて

写真を撮りたくなってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

この日は130kmを走って「フェラーラ」の街に到着。

 

イタリア北東部海岸沿いは住宅地ばかりで

野宿はしないほうが良いと聞いてたので、

Warm Showerを利用して「ルディーさん」宅にお世話になります。

 

建築家のルディーさんはご自宅も自身でデザインされていました。

天窓から差し込む優しい日の光がロフト部分を抜けて

リヴィングへと注ぎ込む設計はまさに“匠の技”。

 

 

 

ディナーはパスタ。

トマトベースのソースに

具材は豪華なエビと蟹。

さらに、唐辛子とお酢を混ぜた

オリジナル調味料を加えた

スパイシーな一品です。

 

 

 

年に数回休みを取って海外を自転車で走るというルディーさん。

 

日本も走ったことがあるという彼が呟いた言葉は、

「日本の人ってとても親切で礼儀正しいけど

あまりコミュニケーションはとってくれない。

旅の間、僕はずっと1人だったよ。」

 

建築家で、料理も上手くて、イケメン。

そんな伊達男が漏らした寂しい一言が胸に突き刺さった

フェラーラの夜でした。

(一緒に写真撮るの忘れちゃいました…。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日も青空の下、

田舎道をのんびりと走り始めます。

対向車もほとんどおらず

走りながら眠たくなるほどでした。

 

 

 

イタリア入国以来

だだっ広い野原というのはなくて、

何らかの農作物を植えているであろう

畑が延々と続いています。

パスタの国だから

小麦が多いのだろうか。

 

 

 

この日は70kmほどを走ると

「ボローニャ」に到着。

しかし観光は後回しにして

事前に連絡してあった

郊外のホストさん宅へと向かいます。

 

 

 

 

ボローニャの街を少し過ぎると

景色は山に変わり、

急な上り坂が続いていました。

汗をかきながら

時に自転車を押しながら

必死に上っていきます。

 

 

 

ここはすでに

イタリア中央部を貫く

アペニン山脈の麓。

広がる山の景色に癒されながらも

足には疲労が溜まっていきました。

 

 

 

 

 

山を上り始めて1時間ほどで到着したのは、

アレックスさん(カナダ人)とガイアさん(イタリア人)

カップルのお宅。

 

 

 

家のすぐ隣はこの風景。

目の前に広がる青と緑。

元気で素直な子供が育ちそうな

場所です。

お二人に子供はいませんけど。

 

 

 

 

到着した日の晩ご飯は

オムレツ。

イタリアの家庭にお邪魔して

初めてパスタが出なかった日です。

オムレツに乗っかってるのはトリュフ。

トリュフはイタリアの日常。

 

 

 

 

 

到着翌日はバスに乗ってボローニャ観光に繰り出します。

 

サッカーの中田英寿選手も一時期在籍していたボローニャ。

ランボルギーニの本社があったり、

マセラッティが設立された街でもあります

 

 

 

この日は日曜日だということもあり

街の中心は歩行者天国。

沢山の観光客で

かなり賑わっていました。

 

 

 

 

 

こちらは「ボローニャの斜塔」。

かつての富豪たちはこぞって

高い塔を建てたらしいです。

人はお金を持つと

変なことに使いたがる。

 

 

 

 

ヴェネチアに比べて

物凄い数の人がいるわけでもなく

過ごしやすい雰囲気でした。

やっと落ち着いて

イタリアの都市を見た

という気がします。

 

 

 

賑わう人々の中で注目を集めるのは

ストリートパフォーマー達。

ヨーロッパは

バスキング(路上パフォーマンス)の

本場とあって

皆、活き活きと活動してました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ボローニャで最も楽しみにしていたのは

この街ならではのグルメ。

多くの人が行列をなすこちらの

レストランで味わってみることにしました。

 

 

 

その料理がこちら「ボロネーゼ」。

街の名を冠するこのパスタは、

ひき肉をじっくり煮込んだソースが

平打ちの面にしっかり絡み、

さらにたっぷりとかけたチーズで

マイルドにまとめた一品。

 

 

イタリアには各地に名物パスタがあるので

道中、味わっていくのが楽しみなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなボローニャの滞在で

街の観光以上に思い出深いのは

ホストのアレックスさん&ガイアさんたち

と過ごした時間。

 

 

 

毎週日曜日は

近所の人たちを集めて

ピザパーティーをするらしく、

朝から仕込んでいた生地を伸ばして

ゼロからの手作りです。

 

 

 

 

家の裏にはピザ窯があり、

直火でピザを焼いていきます。

アレックスさんカナダ人なので

「焼き方あってるか知らない」

らしいですけど。

 

 

 

 

ピザが焼ける頃には

パーティーの準備も整い

ぞろぞろと人が集まってきます。

 

 

 

 

 

 

盛大にみんなで

チンチン(乾杯)するかと思いきや

パーティーはふわっと始まり、

ふわっと終わりました。

イタリア人はあまり

乾杯しないらしいです。

 

 

 

 

 

次の日も

裏庭のご近所共同畑での

農作業を手伝ったり

 

 

 

 

 

 

二人が仕事にいってる間、

作り置きしてくれてた

自家製ボロネーゼを

ご馳走になったり

 

 

 

 

 

最後の夜には

ブルーグラスのセッションを

聴かせてもらったりと、

穏やかなイタリアンライフを

送らせてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都会的なイタリアの方たちとは

あまりじっくり交流できないのでは

という不安をあっさり拭い去ってくれた、

アレックスさん&ガイアさん宅での

滞在でした。

 

 

“またいつか会いたい人”が

どんどん増えていく。

 

 

 

水の都・ヴェネチア

2019.04.8 | イタリア

【312日目 11,766km】

 

 

木に衝突というアクシデントから始まった

イタリア初日。

しっかりと気を取り直して2日目スタートです。

 

 

 

起伏の多かったバルカン半島に比べて

真っ平らな土地が多くなりました。

力むことなくのほほんと走り始めます。

 

 

 

すっきりと整えられた林。

こういった所を見ると

イメージ通りのヨーロッパだなと

感じます。

青空が気持ち良い。

 

 

 

 

自転車道が整っているのも

自転車先進国ならでは。

イタリアに入って

道がものすごく

走りやすくなった気がする。

 

 

 

 

前日の事故の衝撃で、

カバンのフックが

破損してしまいました。

テープでぐるぐる巻きにして

とりあえず応急処置。

 

 

 

 

イタリア初のランチは

目に留まったマクドナルドへ。

新しい国の食事への好奇心もありますが

自分の知ってる味が提供されるという

安心感を欲することもあります。

 

 

 

 

中国でもそうだったけど

注文は大きなタッチパネルで行う形式。

気になって調べたら

日本にもコレあるんですね。

知らなかった…。

レジに並ぶ時代はもう終わりです。

 

 

 

 

 

 

 

この日は120kmを走破。

前日の事故で頭部に衝撃を受けたので

大丈夫かと気になってましたが、

少し痛みも和らいで

何とか走り切ることができました。

 

 

 

 

たどり着いた石畳の街は

「トレヴィゾ」。

いかにもイタリアといった風な

すっきりとオシャレな空間が

広がっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お世話になったWarm Showerのホストは

街の中心から少し離れたところに住む「スザンナさん」。

 

ご本人写真NGなので飼っている犬を載せておきます。

沢山のお宅の前を通ってきましたが、

イタリアは犬を飼ってる人がすごく多い気がする。

 

 

 

近所の親切なおじさんが

カバンのフックを直してくれました。

旅において、人に相談してみると

大抵の問題が解決されていくので

とても助かっています。

自分でなんとかしろって話ですけど…。

 

 

 

イタリアの家庭料理はやっぱりパスタ。

トマトベースだけど

唐辛子がしっかり効いて

スパイシーで美味しかった。

色んなパスタを食べるのが

これから楽しみ。

 

 

 

 

 

トレヴィソ到着の翌日、

スザンナさん宅から日帰り観光に向かうのは

「水の都・ヴェネチア」。

 

河から運ばれた土砂が堆積してできた海辺の潟(がた)に

大きな魚の形をして浮かんでいる

言わずと知れたイタリア随一の観光地。

車はもちろん自転車でも乗り入れることはできません。

 

 

 

島内の宿泊施設が高額ということもあり

多くの人は付近の都市から

電車に乗って観光に訪れるそう。

トレヴィゾからもわずか30分で

着いてしまいます。

 

 

 

 

長い1本道になっている

橋を渡れば

いよいよヴェネチアに上陸。

たまたま座れたけど

電車はかなりの乗車率でした。

 

 

 

 

電車を降りて

駅舎から出ようとすると

さっそく目に飛び込んでくる運河。

期待が高ぶってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅を出てすぐの景色がこちら。

島内を流れる運河の水際を歩けば

沢山の観光客の熱気で溢れています。

 

 

 

ゲルマン人の侵攻から逃れるように

湿地帯の島に人々が移り住んだのが

ヴェネチアの歴史の始まり。

東ローマ帝国支配下の

都市国家「ヴェネチア帝国」

として栄えたそう。

 

 

 

 

より沢山の人々が住めるように

無数の木の杭を打ち込んで

地盤としているため、

「ヴェネチアをひっくり返すと

森が現れる」

と言われているとか。

 

 

 

入り組んだ迷路のような島内を

運河が複雑に流れ込んでいます。

あたりの流れがよどんでいるのか

水質は決して綺麗とは

言い難い状態でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島を真っ二つに分断するように

S字を逆さにしたような形で流れる

最も大きな運河「カナル・グランデ」。

 

たくさんの遊覧船や手漕ぎボートが

往来しています。

運河の両脇にずらっと並ぶのは

カフェやホテル、レストラン。

 

 

 

運河には

いくつもの橋が架かっていますが、

最も有名で多くの人が集まるのは

リアルト橋。

ちょうど島の中心辺りに位置します。

 

 

 

 

世界でもトップクラスであろう観光地の

特に人が集まるエリアということで

人口密度はかなりのもの。

時々、人ごみを離れて

呼吸を整える必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

ヴェネチアを訪れた人が必ず向かうのが

サン・マルコ寺院を中心とした「サン・マルコ広場」。

世界一美しい広場とも言われているそう。

高潮の時に沈んでしまうことで有名なのはココです。

 

 

 

サン・マルコ寺院の前には

背の高い鐘楼が

堂々と立っています。

100m近い高さがあり

ヴェネチアで1番高い建物なのだとか。

 

 

 

 

寺院の隣に立つのは

かつての役場だった建物。

数え切れないほどの石の柱が

並ぶ姿は圧巻です。

1階部分は現在、

カフェやレストランになってました。

 

 

 

平日だしまだ観光シーズンでもないのに

物凄い数の人、人、人。

夏場に訪れるともっと凄いらしいです。

ほんとディズニーランドみたい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェネチアを散策していると

とにかくよく見るのがこの仮面。

お土産屋さんには

必ずと言っていいほど置いてあります。

 

 

周辺国との紛争の勝利を祝い

人々が広場に集まって踊り出したことで

1,000年ほど前に始まった

「ヴェネチア・カーニバル」。

仮面で素顔を隠して身分を忘れ、

皆で仲良く騒いだそう。

 

 

 

現在も2月後半から3月前半に

カーニバルが行われているそうです。

これ以上人が多いのは耐え難いけど

カーニバルはちょっと見てみたいです。

でも踊るのってそんなに楽しいですか?

普段踊らないから、よく分かんない。

 

 

 

街には仮面の職人さんがいました。

製作作業を間近で見ることができます。

イタリアって靴とかカバンとか

渋い職人さんがいっぱいいる

イメージでしたけど、

まさにそんな人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは「ため息橋」。

かつて囚人が牢獄(右側の建物)に収監される直前のこの橋で

ため息をついたことに由来するのだそう。

 

現在は、

ゴンドラに乗ってこの橋の下で恋人同士がキスをすると

永遠の愛が約束されると言われているみたいです。

1人で行っても無駄。

 

 

 

グランカナルから少し離れれば

落ち着いた運河を見ることができます。

干された洗濯物からにじみ出る生活感。

学校も病院もあって

この島の中で生活している人は

多くいるのだそうです。

 

 

 

節約中の貧乏旅なので

ゴンドラには今回乗りませんでした。

永遠の愛を誓う相手もいないので…。

もちろん乗船時間にもよりますが

貸し切りだと1万円近くします。

お金持ちになったらまた来よう。

 

 

 

 

周辺にもいくつか島があって

そちらも観光できるのですが、

1日ではとても回り切れるものじゃありません。

 

 

写真やテレビで幾度となく見た景色ですが

やはり現地に足を運ぶとその美しさに見とれてしまいます。

「ベニスを見て死ね」の格言に違わず、

訪れる価値のある“水の都・ベネチア”でした。

 

 

引き続き、イタリアの魅力を味わっていきます!

 

 

 

アクシデント!

2019.04.4 | クロアチア スロベニア イタリア

【309日目 11,645km】

 

 

強風吹き荒れるボラの中、

救いの手を差し伸べてくれた心優しきナダさんに別れを告げて、

次なる場所を目指します。

 

 

 

ナダさん宅にたどり着いた2日前と比べると

想像もつかないほど穏やかで綺麗な青が広がる海岸線。

アドリア海も色々な表情を持っているようです。

 

 

 

これまで通り

数十km進んでは港町があるので

時に休憩をはさみながら

のんびり進んでいきます。

晴れの海岸線は

本当に気持ちが良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数百mの高さの山を越え、

100kmを走ってたどり着いたのは「リエカ」。

クロアチアの北部に位置しており、

ここから山を越えた向こうに次なる国への国境があります。

 

 

 

北側国境付近の都市ということで

長い歴史を通じて

イタリアやオーストリアの文化が

流入してきたというリエカの街。

さらに“ヨーロッパ感”が

増したような気がします。

 

 

 

いよいよこの街で

クロアチアともお別れ。

新聞に取り上げてもらったり、

暴風に見舞われたり。

しっかりと旅らしい“想定外”に

出会うことができました。

 

 

 

夕暮れ時、

オレンジに染まっていくリエカの港。

人口400万人ほどのこの国は

大きな街でも

人が溢れかえっていないのが

良いところでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リエカの街で2日ほど休んで疲れを癒すと

いよいよ次なる国へと向かいます。

街を離れると山道に突入。

国境は1,000mの高さを上った先にあります。

 

 

 

ここ数週間、

海沿いの風景が続いていたので

山の道というのも新鮮に感じます。

春の新緑には

まだ少し早いようでしたが。

 

 

 

 

汗をかきながらのぼる上り坂と

その向こうに待つ下り坂の連続が

快感になってきているのは

立派なサイクリストの証なのでしょうか。

山ならではの楽しみがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リエカの街から4時間ほど漕いで

たどり着いた山中の国境。

主要道路は別にあるのでここはかなり寂しい雰囲気。

 

そして、国境の向こうは

16ヵ国目の「スロベニア」。

 

 

 

引き続き山の中を走っていきます。

実は、スロベニアを走行するのは

わずか20kmあまり。

そのほとんどが下り坂だったので

一歩も足をつかずに

国を越えられるのではと思うほど。

 

 

 

進んでいく道に

町の1つも見当たらないので、

何の出来事も起こらないまま

スロベニアを通過すると思ってました。

出国直前、この旅最大の悲劇が

待っているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらスロべニア-イタリア間の国境。

 

楽しみにしていたイタリアなのですが、

この場所からわずか20mほど手前で悲劇は起きました。

 

 

曲がりの多い下り坂を進んでいると、

見通しの悪い道の向こうに突然現れた急カーブ!

 

ブレーキを握りしめるも、

数十kgの荷物をくくり付けた自転車の勢いを止めるには

カーブまでの距離はあまりにも短すぎました。

 

曲がり角に生えていた木に真っ正面から猛スピードで激突。

自転車もろとも倒れこむあたし…。

ぶつかる瞬間、下に顔を向けたので

衝撃を受けたのはヘルメット越しの頭頂でした。

 

体全体に痛みが走るのを感じながら

「ぼぉーっ」とその場に立ち尽くし、

気が付くと自転車を起こしていました。

 

そして、走り始めた直後に

目に留まったのがこのイタリアの看板。

でも正直、この写真撮ったの覚えてないんです。

 

 

 

 

それから

イタリア最初の街トリエステを通過したのですが、

事故を起こしたというショックに加えて

「もし対向車がいたら…」

「もしヘルメットをしていなかったら…」

「もしカーブの向こうが崖だったら…」

色んな事が頭をよぎってしまい

カメラを手にすることもできず写真は1枚も残っていません。

 

この日は野宿の予定でしたが

体の痛みと精神的ショックもありゲストハウスに泊まることに。

 

 

 

 

 

見つけたこちらのゲストハウスは

1泊30ユーロ(およそ¥3,700)。

高い…。

流石のイタリア価格です。

 

 

 

 

身も心もボロボロなのに

「5ユーロまけてよ」って

交渉する元気はありました。

まけてもらえませんでしたけど。

…ケチ。

 

 

 

 

エスプレッソと一緒に頂く

イタリア最初の朝食。

この国では

食べるべきものに対しては

しっかりお金を払ってやろうと

思ってます。

 

 

 

 

 

宿のオーナーとの1枚。

ばっちり目つむっちゃってます。

イタリアの人はそっけないなんて噂も聞いてましたが、

フレンドリーでしっかり話もしてくれて良い人でしたよ。

5ユーロまけてはくれませんけど。

 

 

 

事故の痛みは残っていますが、

ベッドでゆっくり休んだことで気持ちは落ち着きました。

 

思えば、

ブレーキが磨り減ってることに気づいていながら

「まだ大丈夫」と交換を先延ばしにしてたことに原因はあります。

 

 

“腕の良い木こりは体に1つだけ傷を持っている。

0でもなく2つでもなく、1つだけ”

 

この失敗を糧に、

より安全管理徹底して旅をつづけてまいります。

 

 

ということで

イタリア旅スタート!

首が痛い。

 

 

 

「ボラ」

2019.03.31 | クロアチア

【305日目 11,439km】

 

 

不安定だったザダルの天気が

回復したところを見計らって

再び走り始めます。

 

南北に長いクロアチアもそろそろ後半戦に突入。

相変わらずではありますが、

ひたすら海岸線を走っていきます。

 

 

 

このあたりの地域には

海沿いに数々の島が存在しており、

島のほうが交通量が少ない

ということを聞いていたので

橋を渡って島に移ることにしました。

 

 

 

 

 

 

 

出発してから2時間ほどで島に架かる橋に到着。

向こう岸には

緑が生えておらず岩がむき出しとなった

島が見えます。

 

写真では伝わらないのですが、

ここに立ってカメラを構えていると

かなりの強風が吹き荒れておりました。

 

この時は、

風をさえぎるものがない海の近くだから

これだけの強風が吹いてるのだろうと

何の気なしに橋を渡っていきました。

後からどれだけこの「風」に苦しめられるかも知らずに…。

 

 

 

島の中には「パグ」という町があり、

スーパーに立ち寄って

のんびり休憩をとりながら

少しづつ進んでいきます。

 

 

 

 

 

街を離れると久しぶりの未舗装路。

砂利にタイヤを取られつつ進んでいると

再び風が強まってきました。

晴れ渡った気持ちのいい天気とは裏腹に

ハンドルをぎゅっと握り、必死で

ペダルを踏み込みながら前進します。

 

 

 

 

 

 

島内を3時間ほど走ったところで

島から本土へ渡るフェリーの発着所に着きました。

ここにきても強い風が吹き続けていたけれど、

向こう岸に渡ればきっと風もおさまるはず。

 

 

 

乗船してしばらくすると

フェリーは本土に向かって動き出しました。

 

向こうに見えるのは

水際から一気にそそり立つ岩山の急斜面。

もう夕方になるし、岩山が壁になるから

風が吹き付けることもないだろうと

のんびり揺られて体を休ませました。

 

 

 

そして、20分ほどして対岸の発着所に到着。

北に25kmほど進んだ村で宿をさがすつもりでしたが、

ここからの道のりは

この旅においても1、2を争うほどの過酷なものでした。

 

あまりの過酷さゆえに写真が1枚もありません!

 

 

 

北へと向かう幹線道路へは

フェリーの発着所から300mの高さまで

上る必要があります。

すでに疲れていた体に鞭を打ち、

自転車を押しながら急斜面を上っていると

激しい突風が体に吹きつけてきました。

 

この日、朝から苦しめられていた強い風が

おさまるどころかよりいっそう猛り狂うなど

予想だにしていませんでした。

 

 

「ゴオォォー」という轟音と共に突風が吹くたび

前に進むことはおろか、

自転車を支えて立っているのがやっと。

しかも、風の方向は一定ではなく

四方八方からタコ殴りにされるかのよう。

 

何とか上って幹線道路までたどり着き

風の止んだ瞬間をうかがって自転車にまたがったその時、

狙いすませたかのように吹く突風!

僕の体重と荷物をあわせれば

合計100kgを超えるはずの自転車がまるごと

ペロンッと道路脇に

軽々ひっくり返されてしまいました。

 

自然の猛威を前にして自分の無力さを感じると、

「アハハ、ウフフ…」と笑う以外何もできないということを

人生で初めて知った瞬間でした。

 

 

それでも、その場に居座るわけにもいかず

なんとか少しづつ進んでいくと

道の外れに1軒の家が見えました!

「お願い、誰か中にいて!」と、

迷わず玄関の扉を叩きます。

 

 

 

 

 

開いたドアの向こうから出てきたのは中年の女性。

 

事情を説明した上でスプリトの新聞取材の記事を見せ

怪しいヤツじゃないよとアピールすると

「とりあえずあがりなさい」と、

迎えてくれました。

 

 

夏場はバカンス地となるこの地域で愛犬と2人暮らす

「ナダさん」に差し出されたお茶を飲みながら、

まず彼女が言ったのは

「なんで今日みたいな日に自転車乗ってるの?」

 

彼女の話を聞いて、

この日自転車を漕いでいたことがいかに愚かなことだったか

思い知ることとなりました。

 

 

朝から吹き荒れていたのは、

「ボラ」と呼ばれ

冬の間にアドリア海沿岸の地域一帯に吹く季節風。

 

特に、この日がそうであったように

3月下旬に吹く強い風は

春の到来を告げるこの季節の風物詩になっているそう。

 

一方で、

風速200km/hを記録したこともあるというこの暴風は

自動車や船の交通網を停止させ、家屋の屋根を吹き飛ばし、

時に死者を出すほどの自然災害にもなり得るとのこと。

 

ちなみに、

この日は注意報も発令されず“よくあるレベル”の風だったそう。

日本人の僕からすると

まるで雨と雲のない台風だったんですけど…。

 

 

 

首都ザグレブで暮らしている

娘さんの目標が

「日本へ留学すること」ということで

親近感を感じてくれたナダさん。

そのまま

泊まらせてもらうことになりました。

 

 

 

愛犬のデイジーちゃん。

アメリカンなんとかっていう犬種です。

この上目遣いでジーッと

見てくるのが堪らなく愛おしい。

僕の足の裏をずっと舐めてきます。

 

 

 

 

 

 

ナダさん宅の前から見た夕陽。

穏やかな景色に似合わない激しい風は

夜中になっても止むことはありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝になっても風は吹き続けており

自転車を漕ぐのは困難だということで、

ナダさん、デイジーと付近を散策することに。

山の中腹にある家から海辺まで一気に下りていきます。

 

 

 

夏になると涼を求めて人が集まるものの

ガイドブックには大きく載らない

穴場観光地「ザブラトニッツァ」。

お馴染みの散歩コースらしく

先々進んでいくデイジー、

あぁ、可愛い…。

 

 

 

入り江とそれをとり巻く岩山が

国立公園に指定されている

ザブラトニッツァ。

第2次世界大戦中のドイツ軍の

ボートが沈んでいます。

 

 

 

 

入り江の奥から海側を見渡した風景。

両腕で抱え込むように

岩山が囲む一帯の水辺は

水が澄んで底がはっきりと

見通せるほどでした。

 

 

 

 

高台に上って記念撮影。

左の彼女がナダさん。

首都ザグレブでの“管理職・高給取り”

という立場を捨て、自然豊かな故郷に

戻ってきたキャリアウーマンです。

 

 

 

 

2日間も寝床のみならず

食事まで提供してもらって

どうやってお礼をしていいやら。

数えきれないほど多くの人に

助けてもらっていますが、

良い感謝の方法が未だ見当たりません。

 

 

 

 

 

 

「春の到来を告げる“ボラ”と同時に

あなたがやって来たのは、

新しい何かを始めなきゃっていう私へのメッセージよ」

 

 

助けを求めて転がり込んだだけの僕との出会いに

価値を感じてくれるなんて、

なんと素敵な感受性の持ち主なのか。

 

旅を通じて、出会いを通じて

自分自身変わっていかねばと気づかされる

クロアチアの春の嵐でした。

 

 

 

世界で1番美しい

2019.03.27 | クロアチア

【300日目 11,345km】

 

鮮烈メディアデビューを果たした

スプリトを後にして、

引き続き北へと向かいます。

 

 

 

スプリトは

クロアチアでも2番目に多い人口を抱える都市

ということで、

街中を抜けるまでにはかなりの交通量があります。

 

 

 

それでも1時間ほど走れば

落ち着いた田舎道へ。

気候が穏やかなことに加えて

車もまばら。

静かな海岸をのんびりと

漕ぎ進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わずか70kmほど走ったこの日は

「シベニク」という町に到着。

ほどよい賑わいもありながら

落ち着いた場所です。

 

 

 

ガイドブックなどでは

あまり紹介されていないこの町も

古くからの歴史ある建物が見所だそう。

旧市街を歩くと

漂う中世の雰囲気が感じられました。

 

 

 

 

世界遺産に登録されている

「聖ヤコブ大聖堂」。

見た目の派手さはないですが、

木やレンガなどの補助材が

一切使われていない石造教会の中では

世界で最も大きな教会だそう。

 

 

 

旧市街の中で

サッカーに熱中する子供たち。

歴史ある家屋の壁に

ボールがバンバンと

当たりまくってます。

 

 

 

 

翌日は雨の予報なので

1日まったり。

オフシーズンに泊まるゲストハウスは

人が少ないので

居心地が非常に良いんです。

結局、ほとんど雨降らなかったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シベニクで一休みした後、

再び海岸を北へ進んでいきます。

ずっと同じような景色だから、

ずっと気持ちが良い。

 

 

 

ここしばらく道路わきの安い食堂で

ささっと昼食を済ませることが

多かったけど、

1食当たりの値段が上がってきてるので

スーパーで適当なものをつまんでます。

 

 

 

 

午後からも、さっき見たような

どこまで行っても変わらぬ景色。

クロアチア以降も

地中海沿いを走っていくつもりなので

これがずっと続くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シベニクからおよそ80kmを走って

やって来たのが「ザダル」。

昨年のFIFAワールドカップで大活躍した

クロアチアのスター選手「モドリッチ」

を生んだ場所です。

 

 

 

これまでに訪れた街と同じように

海辺に広がる旧市街。

ドゥブロヴニクとスプリト以外は

あまり予習をしてなかったのですが、

アドリア海沿いには歴史深い街が

ズラリと並んでいるようです。

 

 

 

90年代のユーゴスラビア紛争の際、

大きなダメージを負ったザダル。

荒廃してしまったこの街は、

クロアチアの人たちにとって

紛争を思い起こさせるということで

負のイメージが付きまとったそう。

 

 

 

少しづつ復興の道を歩み

明るさを取り戻しているザダルの街。

海外からの観光客も多くおり、

現在の様子からは

過去の悲劇を匂わせる景色は

見当たりません。

 

 

 

 

 

 

復興のシンボルとして

波打ち際に創作されたのが

「海のオルガン」。

波の力を利用して

金管楽器の低音のような音が鳴る

不思議な楽器です。

 

 

 

不規則にあたり一帯で鳴りつづける

無機質で宇宙的で

サイケデリックなサウンド。

寄せてはかえす波を眺めながら

いつまでも座っていたくなります。

 

 

 

 

 

 

 

旧市街には現地の人たちが

買い物をしにやってくる市場もあります。

地元の野菜は彩り豊かで

慢性的に栄養不足気味の旅人には

非常に魅力的に見えてしまう。

 

 

結局、色々買っちゃいました。

というか物価上昇により

ゲストハウス滞在中は

自炊せざるを得ないというのが

本音です。

 

 

 

 

調理のしやすさと値段の安さから

行きつく先はパスタ、パスタの日々。

これからイタリアで

山ほど食べられるというのに。

でもパスタってどれだけ食べても

飽きないですよね。

 

 

 

 

 

 

かの名監督ヒッチコックをして

「世界で1番美しい」と言わしめたザダルの夕陽。

 

 

沢山の島が浮かぶ穏やかなアドリア海に

ゆっくりと沈んでゆく太陽を見送った後、

次なる場所を目指すつもりでしたが

実はしばらく天気が悪くて4日間もこの街に停滞してます。

 

早く走りたい…。

 

 

 

鮮烈メディアデビュー

2019.03.23 | クロアチア ボスニア・ヘルツェゴビナ

【296日目 11,187km】

 

ジブリの街ドゥブロヴニクを後にして

また海岸線を北へ上がっていきます。

 

 

 

ドゥブロヴニクの北側には大きな橋が

かかっています。

しばらく快晴の日が続いてましたが、

この日は久しぶりに怪しい雲行き。

 

 

 

途中でにわか雨も降り

雨宿りをしながらゆっくりと

進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゥブロブニクが位置しているのは

クロアチアのほぼ南端。

実はこのあたりの地域は、

海側へとはみ出した隣国ボスニア・ヘルツェゴビナの領土により

本国と分断されてしまっている

いわゆる「飛び地」。

 

背景は複雑なのですが、

およそ300年前にアドリア海沿岸の覇権を争った

ヴェネツィア帝国とオスマン帝国の紛争を緩和するために

引かれた当時の国境線が現在も引き継がれているそう。

 

つまり、これだけ国が密集していれば

いろいろな事情が発生するということです。

 

 

 

 

 

ということで15ヵ国目となる

ボスニア・ヘルツェゴビナへの

国境に到着。

従来通りスタンプを押されると

すんなり入国できました。

 

 

 

 

国は変われど、

この地域に住んでいる人は

クロアチア人が多いらしく

クロアチア通貨の「クーナ」も

使えてしまいます。

 

 

 

 

黙って通り抜けるだけ

というのも寂しいので、

入国記念として

食堂に寄ってランチを食べました。

ボスニア・ヘルツェゴビナでの

唯一の思い出。

 

 

 

飛び地と本国との距離は

わずか15kmほど。

たった1時間で走り抜けた

ボスニア・ヘルツェゴビナ。

1ヵ国の滞在時間としては

この旅での最短記録です。

 

 

 

クロアチアに再入国して

しばらく走ったところで

この日は久々の野宿。

名前もわからない湖のほとりで

のんびり過ごします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続くこの日も

海沿いを北へと進んでいきました。

 

 

 

木がほとんど生えていない岩山が

延々と続くアドリア海沿岸。

起伏がかなり激しい分、

高いところから見下ろす海を

たっぷり堪能できます。

 

 

 

 

水辺の向こうにそびえる岩山。

写真を撮り終えた途端、

警察に職務質問されました。

…なんでされたんだろう、

事なきを得たのでいいですけど。

 

 

 

 

小さな港町が数十kmおきに

あらわれます。

目的の街が近づくにつれ

交通量も少しずつ増えてきました。

 

 

 

 

 

 

そして、ドゥブロヴニクから

2日かけてたどり着いたのは、

クロアチア第2の都市「スプリト」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3世紀ごろに

古代ローマ皇帝の宮殿が建てられたこの都市。

 

皇帝が逝去して数百年たった後、

荒廃してしまったかつての宮殿を見つけて

「何ここ、良い場所あるじゃん!」と、

中世の人達が住み始めてしまったという

珍しい歴史を辿った街なのです。

 

 

 

かつての宮殿の壁は

中世の人たちにとっての城壁と

なったそう。

一度はボロボロになった古代の遺跡が

人々の生活する街として

息を吹き返したということ。

 

 

 

皇帝のために捧げられた

建物ということで

門構えからして、かなり立派。

古代ローマの気分を味わいながら

生活していた当時の人たち。

何とも贅沢な街です。

 

 

 

現在もこの街には

人々が暮らし続けており

ところどころに

生活感がうかがえます。

 

 

 

 

 

北門を出たところにあるのが

大きな「グルグール像」。

この銅像の左足の指をなでると

幸運がおとずれるそうですが…

 

 

 

 

 

大勢の人が触りすぎて

表面がテカテカになってるというのは

もはや世界各地の

観光地あるあるですね。

僕もしっかりなでなでしたので、

幸運がおとずれることが確定しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近くの丘から見渡す

スプリトの街並み。

 

写真中央あたりがかつての宮殿ですが、

城壁もあまり高くないうえに範囲が広いわけではないので

パッと見には分かりにくいです。

 

 

 

 

現代の都市空間と

歴史遺産である旧市街が、

自然に溶け合うようにして成り立った

スプリト。

海沿いの通りには

暖かい海風が吹き抜けます。

 

 

 

半日もあれば十分歩けてしまう

旧市街周辺。

のんびりあたりを散策するだけで

気持ちが良くなる、

ドゥブロヴニクとはまた違った

魅力のある街です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなふらっと訪れたスプリトで

面白い出来事が起こります。

 

Warm Shower のホストが見つからず

やむを得ずとあるゲストハウスに身を寄せたところ、

到着直後から宿主は自転車旅に興味津々で

あれやこれやと旅についてお話しました。

 

すると翌朝、

「新聞社の友達が取材したいって言ってるけどいい?」

と思いもよらぬ展開に!

 

断る理由もないので「是非どうぞ」と告げると、

2時間後にはスプリト地方紙の

カメラマンと記者の方がやってきました。

 

そのまま始まったインタビューと写真撮影は

1時間ほどであっという間に終了。

「楽しみにしといて!」と

去っていった新聞社の方たち。

 

 

 

しばらく時間がかかると思いきや

翌朝の新聞には掲載されてました。

あまりの急展開に

驚きがついていきませんが、

旅をしてれば予想外のほうに

ことが進むことなんてよくあること。

 

 

 

新聞を抱えて

スーパーのレジに並んでる時

後ろのおばちゃんに

見て見てと自慢すると、

「えーー?これアンタなの!?」

とビックリしてました。

 

 

 

↓電子版もあるのでご覧ください。

https://www.slobodnadalmacija.hr/dalmacija/split

 

 

 

 

 

ところが驚きはまだまだ止まりません。

のんびり新聞を眺めていると、

宿主のもとにまた連絡がやってきます。

 

取材をしてくれた新聞社の母体が

EU全土に展開するテレビの放送局だったらしく

「いまから取材にいってもいい?」とのこと。

しかも今度はローカルではなく、クロアチアの全国放送。

 

2日連続で、

またもやインタビューと撮影。

旅について根掘り葉掘り聞かれながら

2時間ほどで終了しました。

 

 

 

放送されたのは撮影当日。

しかも、夜の7時という

なかなか良い時間。

しゅっとしたキャスターが

読んでくれます。

 

 

 

日本でも見たことがない

テレビに映る自分の顔。

これまでどんな旅だったのか

偉そうに色々とお話ししました。

あぁ、恥ずかし…。

 

 

 

 

放送時間は3分ほど。

中国から中央アジアにかけての

道がちょっと間違ってるけど、

こうして地図にして道のりを見ると

はるばるやってきたなぁと

感慨深いです。

 

 

 

新聞を読んで興味を持ってくれた

近くに住む「ゴランさん」。

わざわざ宿にやってきて

晩御飯をご馳走してくれました。

他にも多くの方から

メッセージを頂きました。

 

 

 

 

 

こちら宿主の「ボリスさん」。

スプリトについてたったの2日間で

あれよあれよと物事が進んでいきましたが

全てはこの人との出会いがきっかけ。

 

異国の地にまた一つ

忘れられない場所が増えました。

 

 

 

ジブリの世界

2019.03.19 | モンテネグロ クロアチア

【292日目 10,969km】

 

 

コトルを後にして、

海岸線を北に向かうと

次なる絶景が待っています。

 

 

 

地震によって生み出されたといわれ、

陸地をえぐる様に広がるコトル周辺の入り江は

山と青空を水面に映し出すほどの透明度。

 

 

 

複雑に湾曲しているがゆえに

車もあまり通っておらず

この静かな景色を1人占めにしながら

ゆっくりと進んでいきました。

 

 

 

 

 

最短ルートを行くために

船に乗って対岸へと渡ります。

この旅では5度目くらいでしょうか、

結構船に乗ってます。

 

 

 

 

 

乗船中、興味を持ってくれた

セルビアからの観光客に

質問攻めにあいました。

終始たばこスパスパ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出発から2時間ほどで

モンテネグロ-クロアチア国境に到着。

国旗もないし、あまりに簡素なつくりなので

ただの料金所か何かだと思ってしまいました。

パスポートを見せると一瞬で越境してしまいます。

 

 

 

 

 

やってきた14ヵ国目は「クロアチア」。

 

サッカーのユニフォームでもお馴染み

赤白のチェックがトレードマークのクロアチアは、

北マケドニア、モンテネグロに続いて

旧ユーゴスラビアの国の一つ。

どんな旅路が待っているのか。

 

 

 

 

4つ前の国ブルガリアからEU圏内に入っていますが、

いよいよ本格的に

思い描いていたヨーロッパの文化圏に突入する

という気がしてきます。

 

 

 

モンテネグロの通貨は“ユーロ”だったので

クロアチアも同じでしょと思いきや

全く使えませんでした。

どんどん国が変わるので

基本情報の予習を怠ってます。

この国の通貨は“クーナ”。

 

 

 

しばらく走ると

海岸線に出てきました。

アップダウンを繰り返しつつ

少しづつ目的の街へと

近づいていきます。

 

 

 

 

常に視界の片隅にあるのに

見晴らしのいい場所があると

つい自転車を置いて眺めてしまう。

そんな美しい水平線が

どこまでも広がっています。

 

 

 

 

 

 

クロアチア最初の目的地

“ドゥブロヴニク”が見えてきました。

実はヨーロッパの旅でもかなり楽しみにしていた場所。

 

はやる気持ちを抑えて、

この日は郊外のゲストハウスで一休みすることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゥブロヴニクの全景を

目の当たりにするには

高い場所にのぼる必要があります。

到着の翌朝、

旧市街を取り巻く住宅地の合間を

せっせと登っていきました。

 

 

 

 

住宅地を抜けると

今度は山登りが始まります。

コトルでも散々登ったのに…。

休みたい気持ちもあるけど

絶景を見るために頑張らねば。

 

 

 

 

 

 

30分ほど登った山から見下ろした

ドゥブロヴニクの街。

 

海のほうへとせせり出し

高い壁に囲まれた一画が

世界遺産に登録されている旧市街。

 

 

このドゥブロヴニクの街、

スタジオジブリ作品「魔女の宅急便」「紅の豚」

の舞台になったとか、なってないとか。

 

真偽のほどは分かりませんが

広がる圧倒的な青と鮮やかなオレンジの景色は

確かに創造力溢れるジブリの世界を思わせます。

 

 

 

 

 

山を下りて、

傍らに立つ砦から見た旧市街。

岸壁に打ち付ける荒々しい波が

城壁の頑強さを際立たせます。

 

 

 

 

 

街の北側にある“ピレ門”をくぐり、

いよいよ

旧市街の中へ入っていきます。

 

 

 

門をくぐった先には

大通りが旧市街の中心を貫いています。

久々に中国や韓国、日本など

アジア系の観光客の人が増えました。

やはりここは

アドリア海で1番の観光地。

 

 

 

定番のアトラクションは、

街を取り囲む2kmにもなる城壁を

歩いてまわるというもの。

入場料¥3,500と

かなり足元見てきます。

一生に一回なので払いますけど…。

 

 

 

街がまるごと「ラグサ共和国」という

1つの都市国家だったドゥブロヴニク。

地中海沿岸という地の利を生かし、

15世紀頃には

貿易でかなり栄えていたそうです。

 

 

 

 

世界遺産に登録されていたこともあり

数十年前から観光客で賑わっていたものの、

90年代初頭の

ユーゴスラビア崩壊に伴う内戦により

砲撃を受けて部分的に崩壊してしまった

こともあるのだとか。

 

 

 

海から押し寄せる波を

跳ね返すように、

数百年に及ぶ歴史の荒波に耐えてきた

旧市街とそれを守る城壁の姿が

強く逞しく感じられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでいろんな国で

古い歴史を持つ旧市街を覗いてみると

ぐにゃぐにゃと

迷路のように入り組んだ町並みがほとんどでしたが、

ここドゥブロヴニクは碁盤の目のように

縦横すっきりとした配列。

 

 

 

さらに綺麗に整列した家々が

海から山の方面に向かって

階段状になっているのが特徴。

もちろん現在も人々が暮らしており、

猫もたくさんいました。

 

 

 

 

上へ上へと続く階段の先が気になって

どこまでも散歩したくなる街。

真っ白の石が積まれた

家の壁と階段に囲まれ、

物語の世界に迷い込んだような

空間でした。

 

 

 

 

 

ドゥブロヴニクで気にくわなかったのは

レストランの値段。

 

城壁内の旧市街だと、

安いサンドウィッチやハンバーガーでも¥1,000前後。

まともなランチを食べると¥1,600。

 

ゲストハウスの主人に教えてもらって

なんとか安いレストランでありついた

写真のポークステーキが¥800。

 

 

これまでの国の水準からすると、

うーんって感じの値段です。

 

うーん…。

 

 

 

13ヵ国目・モンテネグロ

2019.03.15 | モンテネグロ

【289日目 10,892km】

 

 

シュコドラの滞在を終えると

北の隣国モンテネグロへと向かいます。

 

 

この日も天気は良好。

海岸線に近いので

気温もさらに暖かくなりました。

 

 

 

シュコドラを出発して

わずか1時間ほどで国境に到着。

中央アジアのような簡易的な

荷物チェックすらなくなりました。

EU圏内の越境は実に楽チン。

 

 

 

 

 

 

13ヵ国目にやってきたのは「モンテネグロ」。

 

旧ユーゴスラビアといわれる国の1つで、

2006年にセルビア・モンテネグロから

分離独立した若い国家。

人口わずか65万人ほどの小さな国の

素晴らしい風景に期待です。

 

 

 

国境を越えると何もない荒原が広がります。

遠くに見える、岩がむき出しになった

ゴツゴツとした山が印象的。

 

 

 

しばらくすると

アドリア海の海岸線に出ました。

くっきりと濃い水平線に

おもわず目が奪われます。

そして、

春を予感させる暖かい地中海気候。

 

 

 

このあたりは海岸の際まで

山がせせり出た地形なので、

平坦な部分はほとんどなく

アップダウンを繰り返しながら

せっせと進んでいきました。

 

 

 

 

ランチは

ポークウインナーと豆のスープ。

これでおよそ¥500。

着実に物価は上昇してきてます。

節約、節約!

 

 

 

 

午後からも

青い海を左に臨みながら

坂道をのぼったりくだったり。

海沿いを走るのは

本当に気持ちが良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

80km走ったこの日は

海岸のバカンス地「スヴェティ・ステファン」に到着。

海辺からちょこんと突き出た離れ小島が有名だそう。

 

 

 

さっそく島を散歩しようと

島に向かいますが、

島内の高級ホテルの

宿泊客以外は立ち入り禁止。

手前から眺めるだけです。

 

 

 

 

島には入れないし、

逆光で良い写真も撮れないし、

「来た意味ないじゃん!」

って感じでした。

通り道だから寄っただけなので

別にいいですけど。

 

 

 

浜辺沿いにも

宿泊施設が並んでいます。

ただ、今は観光シーズンではないので

人も少なく閑散としていました。

 

 

 

 

 

最安値のホテルは¥1,800。

これから走る地中海沿岸は

観光地ばかりなので、

どんどん値段が上がるのは確実。

もうぼちぼちホテル生活も終わりです。

野宿モードに切り替えねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あくる日も

スカッと抜けるような青空の下、

北へと走っていきます。

この日の目的地はわずか30km先。

 

 

 

走り始めて間もなく

道端の家で庭仕事をしていたおじさんに

声をかけられ一休み。

「泊まっていきなよ」とも

言われますが、

まだ走り始めなのでここはお断り。

 

 

 

ごちそうになったのは

自家製のオレンジスカッシュ

のようなもの。

何か浮いてたけど気にしません。

自家製のものって

だいたい何か浮いてますよね。

 

 

 

ふたたび自転車にまたがり

先へと進みます。

アルバニアから

路肩の狭い道路が増えてきて

ちょっと走りにくい。

 

 

 

 

もうすぐで目的地到着というところで

久々のトンネル。

山を丸ごと1つ通り抜けるため

2km超の長さがあります。

幅の狭い歩道部分を

ゆっくりと進んでいきました。

 

 

 

長くて暗いトンネルを

抜けた先には

高くそびえる灰色の岩山。

傍らには、目的地の町を

示す看板も立っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たどり着いた場所は

マケドニア随一の観光地「コトル」。

 

目の前に青く広がるのは、

河川でもなく湖でもなく

内陸に深く切り込んだ海なんです。

 

 

 

港にズラリと停泊しているのは

おそらく個人所有であろう

高級ボートたち。

水際は優雅な散歩道になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、このコトルの正体は

富豪たちの集まるビーチリゾートではありません。

 

高く積まれた石の壁に囲まれた旧市街が

まるごと世界遺産に登録されている

歴史ある町なのです。

 

 

 

旧市街のメインゲートをくぐると、

町のシンボルでもある時計台の姿。

ヨーロッパを中心に

各国から集まった観光客たちが

あたりを散策しています。

 

 

 

 

バルカン半島の多くの都市が

そうであるように、

東ローマ帝国、セルビア帝国など

支配者を変えてきたコトル。

現在の街並みは、およそ1千年前に

ヴェネツィア帝国が築いたものだそう。

 

 

 

旧市街の中にはいくつかの教会が

建っています。

いずれも500年以上の

歴史を持つ古いものばかり。

 

 

 

 

 

石造りの重厚な見た目が

この町の荘厳な雰囲気を

つくり出しているように感じます。

そして、今もこの場所で

暮らし続ける人がいることで

受け継がれていく町としての美しさ。

 

 

 

滞在するゲストハウスも

旧市街の中。

幅が狭く迷路のように入り組んだ町を

さまよいながらなんとか

場所を見つけることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトルの美しさは、

旧市街を散策するだけでなく

町の背後にそそり立つ岩山の高所から

その全貌を見下ろしたとき、

より一層感じられるとのこと。

到着の翌日朝早くから登ってみることに。

 

 

 

山の中腹に古い教会がいくつかあり、

それらを囲うように

山の斜面に建てられていたのは

全長5kmほどにもなる城壁。

オスマン帝国の侵略も防いだという

偉大な石の壁を登っていきます。

 

 

 

傾斜はかなり急です。

昨日の自転車の疲れもあって

脚にどしっと疲労がやってきました。

サクッと登るつもりでしたが

思いのほか長い階段。

 

 

 

 

山の斜面に沿ってジグザグにつくられた

階段を見下ろすと、

登ってきた高さを

直に感じることができます。

自転車を漕がない日は休みたい…。

 

 

 

 

遠くを見渡せば、そこには

うねうねと湾曲しながら

陸地に入り込んだ海と

オレンジの瓦が並ぶ町。

この旅においても

似たような景色は見た覚えがありません。

 

 

 

 

 

 

そして、

城壁の高台から見下ろした景色がこちら。

 

ぎゅっと三角形にまとまった旧市街と

青空を映す澄んだ入り江が

眼下に広がります。

 

自然によってできた地形と

そこに人間が作り出した町並みの

美しい情景。

 

 

これから進んでいく

地中海沿岸の旅路に待ち構えるのは

このように歴史深い市街の数々。

ヨーロッパの気品あふれる風景に

期待高まるコトルでの滞在でした。

 

 

 

寿司 in アルバニア

2019.03.11 | アルバニア

【285日目 10,781km】

 

 

世界遺産の町「ベラト」の後は、

さっそく次の国へと向かうべく

真っすぐ北上していきます。

 

 

相変わらずの良い天気。

相変わらずの平坦な道。

 

交通量も決して多くなく、

朝からのんびりした気分で走っていきます。

 

 

 

広大な盆地の途中、

こうしてときに町が現れます。

高層ビルはなく雑多な感じがしないのが

アルバニアの町。

 

 

 

 

 

あまり声をかけてこない

アルバニアの人々。

鎖国していたことも影響して

外国人に対してシャイなのだろうか。

楽な反面、ちょっと寂しい。

 

 

 

 

お昼に食べたのは

キョフテ(ハンバーグ)とサラダ。

サラダの味付けが

オリーブオイルとバルサミコ酢である

あたりにヨーロッパを感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は100kmを走って

“ドゥラス”に到着。

トルコのイスタンブール以来1ヵ月振りの海です。

 

ブーツの形をしたイタリアとバルカン半島に挟まれ、

地中海の一画を成している“アドリア海”。

この街も夏場は多くのリゾート客で賑わうそう。

 

 

 

夕食にて、「ビーフステーキ」

と書かれたメニューが

¥500だったので頼んでみると

出てきたのは思いっきり豚肉。

食べられれば何でもいいけど…、

嘘つき。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日も変わらぬ景色の中を

漕ぎ進んでいきます。

幹線道路の路肩が狭いのが難点。

 

 

 

 

道は平坦でしたが、

敵は“風”。

数時間にわたって向かい風の中

ゆっくりゆっくり走りました。

 

 

 

 

 

この日の距離は110km。

山がないので楽かと思いきや

風のせいで走り終わるころには

脚がクタクタです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たどり着いた街は「シュコドラ」。

古き良きアルバニアが残っているといわれる

歴史ある街です。

 

街の真ん中に位置する大通りを歩くと

これまでのアルバニアの街にはない

活気を感じることができました。

 

 

 

発展しすぎておらず

路地に入り込めば落ち着いた

雰囲気も味わえます。

アルバニア北部に位置する

この街から、隣のモンテネグロは

もうすぐそこ。

 

 

 

シュコドラの誇る遺跡が

街の南西の外れに位置する

「ロザファ城」。

周囲の城壁が今もその形を

残しています。

 

 

 

 

紀元前の昔、

古代ギリシャ人によって

建てられたこの城。

シュコドラの観光名所であるらしく

多くの人が訪れていました。

 

 

 

 

お城から見下ろす

シュコドラの街。

左側には

モンテネグロとの国境をまたぐ

大きなシュコドラ湖が見えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滞在先のゲストハウス。

Warm Showerの利用者があまり多くないのが

この国で残念だったところ。

やっぱり地元の人と交流できたほうが楽しいです。

 

 

 

アルバニアでは3軒目のゲストハウス。

毎度ドミトリー(複数人の相部屋)

に泊まるのですが、

いずれも一人っきりの貸切状態。

誰もこんな時期に

この国を旅行しないということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

街の中心から通りを少し南西に下ると

「Sushi Te Shoki」という

お寿司屋さんがあります。

 

実はここ、

シュコドラの街で1番楽しみにしていたところ。

 

 

 

足を踏み入れると

机やイス、装飾など

和風に整えられた店内。

旅をする日本人にとって

落ち着きの空間です。

 

 

 

 

店主は「横山翔来さん」。

日本から遠く離れたアルバニアの地で

1人お店を切り盛りされています。

ご自身も旅人として

世界を巡っていた最中、縁あって

シュコドラで開業することになったそう。

 

 

 

外国人の経営する和食レストランに

行ったこともありますが、

やはり日本の方が調理するのを見ると

落ち着きが感じられます。

滑らかかつスピーディーな手つき。

 

 

 

 

こちら「海老天ロール」。

付け合わせのから揚げと味噌汁も美味!

海外でお寿司といえば

“握り”よりも“巻き”だそうです。

地元の人も来店して

美味しそうに食べてました。

 

 

 

 

 

 

お店を開くに至った経緯、今後の展望など

旅の話を交えつつ色々お話させていただきました。

 

現地の人との交流ももちろんですが

海外での日本の方との出会いは本当に刺激的。

人生是、旅の如し。

それぞれの生き方で我が道を行く旅人たち。

 

↓横山さんのブログもぜひご覧ください!

http://albania-kaigyou.blog.jp/

 

 

 

 

 

 

昼に寿司を食べておきながら

夜は、この1週間で3枚目のピザ。

文化的にも閉鎖的だった

アルバニアにおいて

アドリア海対岸のイタリアからは

割と文化が入ってきたそうです。

 

 

 

通りを歩けばピザ屋さんだらけ。

1人には十分のこのサイズで

たった¥350!

そして味も申し分なし。

 

 

 

 

 

本場イタリアに到着する前に

食べ飽きてしまうのでないか、

という深刻な問題が懸念されております。

 

しばらくピザ自粛しよ。

 

 

 

12ヵ国目・アルバニア

2019.03.7 | アルバニア

【281日目 10,573km】

 

 

湖畔の町オフリドを後にして

北マケドニアから次の国へと向かいます。

 

 

宿を出発してから、

ペダルを漕ぎつつ

左手に見えるのはオフリド湖。

背景の雪山と青空が綺麗に映えます。

 

 

 

向かう国境はやはり山の上、

のぼる高さはほんの300mほど。

雲のないこの日ですが、

気温は低めで

冷たい風が吹きつけてきました。

 

 

 

 

オフリドの町から2時間ほど漕ぐと

北マケドニア-アルバニア国境に到着。

列をなす自動車の間をすり抜け

無事ゲートを通過しました。

1週間ほどの滞在を終えて

北マケドニアとはお別れです。

 

 

 

 

 

 

 

 

やってきた12ヵ国目は「アルバニア」。

双頭の鷲をモチーフにしたカッコいい国旗です。

 

日本人にはなかなか馴染みのないこの国。

その特徴は、

■約30年前は周辺国との国交を断絶した「鎖国状態」であった。

■かつて、いかなる宗教の信仰も許されない「無神国家」であった。

■90年代、紛争中の旧ユーゴスラビア諸国に武器を秘密裏に供給。

―密輸組織の資金源として国民の大多数が「ネズミ講」の被害者となり

―国内経済が破綻して、大暴動が起こった。

という、

近年までかなり閉鎖的かつ不安定だった国なんです。

 

あまり長く滞在する予定ではないのですが、

どんな景色を見せてくれるのでしょうか。

 

 

 

国境を超えると長い下り坂。

これがかなり急で、

ジェットコースターのように

猛スピードで駆け下りていきます。

 

 

 

 

 

しばらく山間の谷を流れる

川沿いをのんびり走っていきます。

下りがほとんどなので

気持ちよく進みました。

 

 

 

 

 

とある村を通り過ぎようとした時、

橋の上には人だかり。

パトカーも駆けつけて

何やら物騒な出来事の予感。

 

 

 

 

 

近づいてみると

高校生のサッカーの試合でした。

この日は日曜日で大勢の人が

観戦に集まっていました。

ヨーロッパだけにサッカー熱は

かなりのもの。

 

 

 

 

 

 

国境から60kmほど走った町、

「エルバサン」にてこの日は宿泊。

民家の広い庭の一画を宿泊部屋にしてあるという

とても落ち着いたゲストハウスです。

 

 

 

冬はオフシーズンなので

部屋も貸切状態。

「千円でこれなら良いじゃないの」

という快適な宿でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日も晴れた空の下

穏やかな丘陵地帯をのんびり進んでいきます。

 

天気が良いっていうだけで

もうこの国のこと好きになりそう。

それくらい気持ちのいい道のりでした。

 

 

 

丘一面には

田園地帯が広がっています。

まだ冬なので

何を育ててるのか分かりませんが

イメージ通りのヨーロッパの田舎

といった風景。

 

 

 

前日に山を下りきっていたので

この日の道はとにかく平坦。

ペダルを踏むのにも力はいらず

午後から太陽に照らされると

なんだか眠くなるほどでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

65kmを走ったこの日は

目的地「ベラト」に到着。

北マケドニアのオフリドに続き、

同じく世界遺産に登録されている町です。

 

 

 

町の中心にある小高い山の岩肌に

古い住宅が隙間なく建てられています。

 

窓を多く持つオスマン様式の建物が

互いにぎゅっと身を寄せ合っている様子から

呼ばれている名は「千の窓の町」。

 

 

 

 

家々が並ぶ旧市街に足を踏み入れると

傾斜はかなり急。

石の階段があちこちへと伸びており

あたり一帯がまさに立体迷路。

家はどれも似てるので

どこから来たのかわからなくなります。

 

 

 

路地から見上げると

ずらっと並んでいる家の窓。

日光がしっかり入るから

家の中は気持ちよさそう。

もちろん現在も地元の方が

住んでいます。

 

 

 

家と家の隙間の幅はかなり狭く

人がすれ違うのがやっと。

白い石がびっしりと敷き詰められた

石畳の道が風情を醸し出します。

 

 

 

 

 

ものを運搬するのには

馬が利用されています。

車は当然入れないし、

あまりに急なので

自転車も入れないです。

美しくても、住むのが大変そうな所。

 

 

 

高くへと登っていけば

スーパーやレストランもある

新市街が見下ろせます。

この後、迷いながらも

なんとか旧市街を抜け出せました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな国なのかよくわからないままに

やってきたバルカン半島の小国「アルバニア」。

 

入国2日目にして、

穏やかな道と趣のある街並みのおかげで

良い印象を持つことができました。

 

やっぱりヨーロッパって

落ち着いてていいですね。

 

 

 

CATEGORIES

PAGE TOP