Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~

日記

ミニ・グランドキャニオン

2018.07.20 | カザフスタン

【57日目 2,596km】

 

無事カザフスタンに入国して、いよいよ2カ国目の走行開始です。

といってもすぐに南下して次の“キルギス”に向かうので、

とりあえずの滞在期間は1週間ほど。

キルギスを走った後で再入国する予定です。

 

中国の終盤戦が過酷だったことを言い訳に

カザフスタンに対する予習を全くしていませんでした。

通貨は“T(テンゲ)”。こんにちわは“サラム”。

基本情報をその場その場で調べつつ勢い任せに走りはじめます!

 

国境の町“ジャルケント”を抜けると建物の少ない荒野が広がります。

ロシア語に代表される「キリル文字」で書かれた看板を見れば、

間違いなくここは東アジアとは違う文化圏。

 

大地と空のほかに何も見えない道をひたすら数十km進んでいきます。

時折あらわれる道端の露店で

トラックのドライバーたちにケバブをごちそうになったり、

スイカ売りのおっちゃんにスイカを丸ごともらったり。

透明な瞳がどことなく冷淡なイメージを与えるカザフスタンの人々ですが、

訪れた外国人をやさしく受け入れてくれる心を感じました。

 

 

そして、90kmほど進んだ“チュンジャ”という小さな町で

中国で分かれたステファンさんと再合流することに。

 

二人ともこの先の目的地でそれぞれキャンプをする予定だったんですが、

事前に現地の人から、

「この地域ではオオカミが出るので一人でキャンプをしないように!」

との警告を受けていました。

オオカミなんて日本人には馴染みがないですが

ロシアや周辺国では死亡例も数多く出ているほど危険な動物です。

ということで、連絡を取って落ち合ったホテルでこの日は宿泊。

 

 

翌日、チュンジャの町からさらに荒野のど真ん中に突き進んでいきます。

緑も徐々に減っていき、ほとんど砂漠地帯のなか

オフロードに苦戦しながらも走り続けました。

 

 

そして、周囲数十kmに渡って何もない広大な荒野の中に

突如現れたのがこの日の目的地「チャリンキャニオン」。

チャリン川が削りだした渓谷は

“カザフスタンのグランドキャニオン”の異名を持ちます。

 

本家アメリカのグランドキャニオンのスケールには及びませんが

日に照らされた赤土の崖は圧巻の風景です。

カザフスタンからはもちろん、

アメリカやヨーロッパなどからも観光客が来ていました。

 

ちなみに1日目に上海で出会って以来、日本人には1人も会ってないです…。

別にいいんですけどね。…寂しいワケじゃないですし。

「お寿司食べたいね」とか、「W杯良かったね」とか話せたらいいですけども。

まあ、別にいいんですけどね…。

 

 

ぐるっと回ってくれば谷底に降りられるようになっています。

底から崖を見上げるのもなかなか素晴らしい景色。

 

 

谷底を流れるチャリン川のほとりには簡単なアウトドア設備が整っており

この日はここで1泊。

 

オオカミも現れることなく、

大自然に囲まれた静かな夜を過ごしました。

 

 

バイバイ中国

2018.07.18 | カザフスタン 中国

【55日目 2,448km】

 

西の果ての町・霍尔果斯(コルガス)。

この町にある国境線を超えればいよいよカザフスタン入国です。

 

滞在していたホテルからほんの1km進めば国境なのですが、

ここもなんだかややこしいみたいで…。

 

前日にカザフスタンに入国したステファンさん曰く、

自転車で突入しても門前払いを食らうだけ。

町のバスターミナルから出ているバスに乗らないと

出国の手続きをしてくれないそうです。

 

過去には自転車で越境した人も沢山いるみたいですが、

事情がコロコロ変わってこちら思い通りにいかないあたりは最後まで中国。

 

 

ということで自転車を載せて国境を超えるバスに乗車。

満員のバスの乗客は瞳の色が透明がかったカザフスタン人が大半を占めています。

 

国境に着くと、空港の荷物検査や出入国審査と同じ要領で進んでいきます。

中国側の出国審査はスマホの中のデータをじろじろ見られたくらいで

思いのほかスムーズに完了。

 

そのままバスに乗ってカザフスタンの入国審査。

こちらも特に何も聞かれることなくさらっと完了。

 

・荷物を全部ひっくり返される

・パソコンやカメラのデータを全部見られる などなど

やっかいそうな前評判を聞いていたコルガスの国境ですが

本当に拍子抜けするほど順調に進みました。

 

国境を越えたバスはそのまま30kmほど進み、“ジャルケント”という小さな町に到着。

とりあえずここのホテルでゆっくりします。

 

 

 

記念すべきカザフスタン第一回目の食事はウイグル地区にもありました「ラグマン」。

茹でた麺にトマトと牛肉(もしくは羊肉)ベースの炒め物が乗っかっています。

非常に食べやすく日本人なら誰もが好むであろう一品。

中国生まれ、中央アジア育ちのようです。

 

 

 

これといった見どころのない田舎町をぶらつくと、

ごちゃごちゃと乱立したビルや13億人のかもし出す活気はなく

ここはもうすでに中国ではないことを実感。

 

 

ついにアジアの大国・中国の旅を終えました。

鉄道を利用してではありましたが振り返ってみれば長い道のり。

世界地図を見ても、東西の幅でいうと

広大なユーラシア大陸の3分の1ほど占めているのではないでしょうか。

 

たくさんのトラブルをもたらし、たくさんのトラブルから救ってくれた中国の人たち。

一カ国目にして、旅の大変さと楽しさを同時に教えてくれました。

 

まだまだ最高の出会いを求めて、旅は続きます!

 

てことで、

バイバイ中国!!

 

 

 

山を越え、国境の町へ

2018.07.14 | 中国

【53日目 2,446km】

 

乾いた土壌に高いビルが連なっていた新疆ウイグルの土地も

西に進むにつれて街は減っていき、そこには何もない荒野が広がっています。

 

 

 

カザフスタンへ向け真っすぐ伸びる道路に並行して

東西を貫くようにそびえるのは、

7,000m超のポベーダ山を含む広大な群山“天山山脈”。

 

ここ数日間、どこまでいっても続く山々を左手に見ながら走っています。

延々とつづく壮大な自然の景色はまさに大陸ならでは。

 

そして、中国~カザフスタンの国境を通過するためには

この天山山脈を超える必要があります。

 

 

真夜中に公安に連れられたどり着いたホテルで1日休んだのち、

中国人チェンくん、イギリス人ステファンさんと一緒に

2日間かけての山越えに挑みます。

 

泊まっていた町“精河”の標高は約350mほど。

そこから出発して目指す峠の頂上はなんと標高約2,000m。

西へ130km進むと同時に、1,700mも登っていかなければなりません。

そして、この日の予想気温は40℃近くまで上がる見込み。

中国最後にして最大の難関が立ちはだかります。

 

1日目に頂上の盆地に到着して、2日目は下るだけというプラン。

9時ごろに出発し、午前中は順調な走り出し。

意外に勾配は緩やかでスムーズに進んでいきました。

 

しかし、70kmほど走りお昼を済ませた2時頃から一気に余裕はなくなります。

目の前にはどこまでも続く果ての見えない上り坂。

村や集落はとっくに見えなくなり、周りにはとてつもなく広い荒野と山々。

 

照り付ける太陽から隠れる陰なんてあるわけがなく、

体力は少しづつ奪われていきます。

気温が上がっても乾燥しているのでほとんど汗はかかず、

肌の表面には塩田のように乾いた塩分が浮かびあがってきました。

 

砂漠みたいに建物が何もない空間にいると距離感がなくなるのか

漕いでも漕いでも進んだ気がせず精神力も奪われていきます。

 

そんななか突如ぽつんと現れた建物。

どうやら食堂のようで、ここで休憩しました。

こんなに水をありがたいと思ったことはないというほど美味しかった。

オアシスってこういうことです。

でも周囲10km以上何もなかったけど、お店の人どんな生活を送ってるんだろう。

 

徐々に日は暮れて少しずつ涼しくなってきました。

道路わきでお菓子をつまんだり、袋ラーメンをそのままバリバリ食べたり、

疲れ果ててしまいそうな中、何とか体力をつなぎ留めます。

 

この坂を超えれば頂上かと期待するたびに

その先には上り坂があって何度も心をくじかれましたが、

日没直後の22:30頃、燃え尽きそうな状態で頂上の盆地に到着しました。

 

 

この盆地には“賽里木(サリム)湖”という湖がありホテルの建つ観光地にもなっています。

湖のニックネームは「大西洋が流した最後の一滴の涙」。…素敵。

でもこの時の写真はありません。

 

夕暮れに染まる湖だったり、放牧中のラクダの赤ちゃんだったり

ぜひ写真に撮ってここに載せるべき景色は沢山あったんですが

カメラを取り出す体力すらなかったんです。

本当に疲れたら、そんなもんなんです!

 

 

ホテルで1泊したのち、翌日は山の反対側に下っていくだけ。

お昼頃にのんびり出発し、湖畔のサイクリングを満喫しました。

 

山脈の北側から南へ超えると、

これまでの乾いた土地が嘘のように青々とした景色に変わります。

連なる山々を縫うように敷設された道路はまさに天空の道。

絶景の中を颯爽を下っていけば、前日の苦労が一気に報われました。

 

 

山を下って平坦な道を50kmほど進むと国境の町・霍尔果斯(コルガス)。

故郷の町へかえるチェンくん、先にカザフスタンへと入国するステファンさん

二人ともお別れ。

 

 

新疆ウイグル自治区に入ってからいっきに過酷な自転車旅になりましたが、

見計らったかのように新しい出会いが待っていてくれました。

しんどい時も誰かが支えてくれれば思ったよりも頑張れるもの。

 

この調子で進んでいきます!

 

 

 

最長記録

2018.07.12 | 中国

【50日目 2,208km】

 

不安定な情勢ゆえの公安による厳しい取り締まり。

新疆ウイグル自治区の“ルール”に翻弄される日々が続いています。

 

 

いちおう中国では自転車は高速道路を走ってもいいようで、

ここしばらく無料で料金所を抜け

無数のバスやトラックに追い抜かれながら進んでいます。

路肩の幅も広いので、わりとゆったり走れるんです。

 

 

日本と同じように数kmごとにサービスエリアが設けられており、

この日もお昼頃に休憩に立ち寄りました。

 

休んでからさぁ出発しようと自転車のところへ戻るとそこには

旅の荷物を積んだ二人のサイクリストが居ました!

 

国境付近の町に帰る中国人チェンくんと

故郷のスコットランドまで自転車で旅をするステファンさん。

向かう方向はみな同じということで一緒に走ることに。

 

のんびり話しながら、ときに休みながら数時間走りました。

19:00には目的地である“托托”という町に到着。

 

 

 

のんびり休もうと思った矢先、この日はこれからが長かった…。

 

高速を降りるため料金所を通過するとそのすぐ先には

例によって公安の検問が待ち構えています。

 

3人そろって進んでいくと、通過できたのは中国人のチェンくんだけ。

保安上、僕たち外国人2人はこの街には入れないとのこと。

検問を通過できなければ高速に戻るしかありません。

つまり、高速道路に閉じ込められた状態。

 

この日はすでに10時間、120kmを走りぬいた後で疲れは溜まってます。

聞いてみると次に外国人が立ち入れるのは60km先の町。

「今日はお疲れさん!」って気分だったのにこれはしんどい。

 

どうするべきか悩みつつも進むしかないので重い足でペダルを漕ぎだします。

当然、昼間と同じペースで進むことはできずダラダラと走ってしまいました。

 

途中、インスタントラーメンを食べたり、

「宿が高い!」と再合流したチェンくんのタイヤがパンクしたりと

予想以上に時間が掛かり、

外国人が滞在できる町“精河”に着いたのは

すっかり日付も変わった真夜中0時過ぎのこと。

 

高速を降りた先には当然のように公安の検問がありましたが、

何とか通過できることに。

しかし宿泊先は公安の指定するホテルで、

そこに着くまではパトカーの誘導のもと全員揃って移動する

という条件付きでした。

 

日をまたぐ大移動の結果、

走行時間15時間、移動距離180kmという最長記録をみごとに樹立。

 

 

色んなことが思い通りにならない場所ですが、

これも旅の醍醐味だと自分をなだめながら眠りに落ちました。

 

ホントに疲れた…。

 

 

 

身柄拘束、そして移送

2018.07.10 | 中国

【48日目 1,917km】

 

烏魯木斉(ウルムチ)を出発し、

隣国・カザフスタンを目指してさらに西へ向かいます。

 

街を出てからの道のりは内陸の乾いた荒野の風景をイメージしていたんですが

実際は、ところどころ建物が途切れるものの立派な都市空間が続いていました。

 

走行していると横からはみ出してくる羊たち。

(羊ですよね? ヤギじゃないですよね?)

 

 

鉄道に乗ってやってきたウルムチをはじめとする“新疆ウイグル自治区”ですが、

民族間の歴史的な遺恨があり、

数年前には死者を伴う暴動やテロ事件も発生している地域です。

 

今でも厳戒態勢は続いているようで、

それを象徴するのが街のあちこちで市民を監視する公安(警察)の姿。

スーパの入り口、ガソリンスタンド、バス停、交差点…など、

いたる所に立っています。

 

 

自転車で走っていても市や町をまたぐ位置に検問が設けられていて

トラックのドライバーたちと一緒にセキュリティチェックを受けました。

 

パスポートを渡すと、通行の目的や行き先などの質問に答えて5分ほどで終了。

一回目の検問は少しドキドキでしたが問題なく通過できました。

悪いことしてるワケじゃないんだし、特に構える必要もないはず。

 

そして、しばらく走ってお昼頃に2回目の検問所に到着しました。

今度は余裕しゃくしゃくでリラックスして臨みます。

 

簡単な質問をされパスポートをじろじろ見られた後に言われたのが

「ちょっとこちらへ来てもらえますか」。

あれ、さっきと様子が違う。

椅子だけが置かれた真っ白な部屋に通されました。

 

すると、「水を飲みますか?」とコップを渡され一人ぼっちにされます。

何か取り調べられるんだろうか?

次は牛丼が出てくるんだろうか?

ソワソワして待っていると再び現れた警官が一言、

「あなたをこの先の検問所まで車で連れていきます」。

 

 

まったく何の説明もないままコトが進むのでびっくりでしたが、

言われるがままパトカーに自転車を積むと、

そのまま若い二人の警察と一緒に出発しちゃいました。

 

 

50kmほど進んで次の検問所に着くと、

自転車を降ろして二人の警察はどこかに行ってしまいます。

そのままキョロキョロしても誰も来ないので、

何事もなかったように再び走りはじめました。

 

 

急に連れてかれて急に置いてかれるという謎の展開。

しかも公安たちは互いに中国語で話すばっかりで誰もこちらには

いきさつを伝えてくれませんでした。

 

自分たちの管轄内でトラブルに遭ってほしくないのか。

外国人に変にうろちょろしてほしくないのか。

理由は不明ですが、先へ進めてくれたので良しとします!

 

 

ドライバーになってくれた若い警官も運転ありがたいんだけど

爆音でBGM流して、スマホいじりながら、タバコ吸いながら

運転するのはヤメて。

 

いざ、シルクロードへ

2018.07.8 | 中国

【46日目 1,812km】

 

中国内陸の大都市、“西安”でしばしゆっくり過ごしたのち

遂に、はるか西の果て“ウルムチ”まで向かう日がやってきました。

 

 

こうして見ると自転車を漕いだ距離なんてほんのわずかだと情けなくなりますが

予定通り旅を進めるためには仕方がありません。

鉄道に乗っての大移動です!

 

中国の鉄道には荷物を一緒に輸送してくれるサービスがあるので

カバンをずた袋に詰め込んで、愛車とも束の間のお別れ。

 

 

ここから、ちょっとしたトラブルというか勘違いがありまして…。

 

出発前日に駅で切符を購入したんですが、

売り場のお姉さん曰く「夜8時に出て翌朝7時には着くよ」とのことだったんです。

だったんです!

 

2,500kmという日本列島縦断ほどの長い距離もわずか半日で着くなんて、

「中国の鉄道も意外と発展してるんだね、どんなスーパー新幹線だろう?」

と思ってホームに降り立つとそこにはごく普通の電車。

 

まぁ、動き出すと猛スピードで加速するに違いないと予想しつつ

いざ出発するといつまでたってもトコトコトコトコ…。

「ありゃ?」と思って隣の人に筆談で聞くと

「到着は明後日の朝7時だよ。」とのこと。

 

この瞬間、乗車予定が24時間延長されました。

いやいや怪しいとは思ってたんです、

だって調べたら30時間くらい掛かるってネットにも書いてあったし。

 

でもお姉さんが翌朝着くっていうから、

それを信じて食料も持ち込まず軽やかなステップで跳び乗ったらこの始末。

ブーブー言っても仕方ないので割高な車内販売で食いつなぎつつ

寝心地の悪い通常座席で2つの晩を越してなんとか到着しました。

 

 

 

やってきたのが新疆ウイグル自治区・烏魯木斉(ウルムチ)。

イスラム教徒であるウイグル族が大勢暮らす都市です。

一番近い海からも2,300km離れているウルムチは

“世界で最も海が遠い都市”だそう。

 

砂漠の中の伝統を色濃く残した街並みを想像してましたが、

以外にも高層ビルの立ち並ぶ大都会。

漢民族の流入もあってか、かなり発展している様子です。

 

これまでの都市と比べても大きな違いはないかと思いきや、

街を歩けば、看板には今回の旅ではじめてアラビア語が現れました。

道行く人の顔立ちも目や鼻がくっきりした中東系のルックス。

 

観光スポットでもある「新疆国際大バザール」には

香辛料や民族衣装、伝統楽器のお店がずらっと並び

中華と中東文化の分岐点の街であることに気づきます。

 

中国各所で味わえる羊肉のケバブもこのウイグル地区が本場。

臭みはほとんどなく香辛料がしっかり効いた熱々のお肉はホントに絶品です!

 

 

ユーラシア大陸を横切るシルクロード。

その東の端は西安ですが、このウルムチにやってくると

いよいよ目の前に歴史を築いた“悠久の道”が広がっていることを実感します。

この旅もさらに興奮に溢れたものになっていくはず!

 

ここから目指すは西の端、“イタリア・ローマ”。

いざ、シルクロードへ!

 

 

西安到着!

2018.07.1 | 中国

【42日目 1792.4km】

 

霊峰・崋山から黄河に沿ってなだらかな道を走ること130km、

ついに中国内陸の大都市「西安」に到着しました!

 

上海に上陸してから6週間ほど、

ウォーミングアップをしつつ観光も楽しみつつ

予想以上に時間とお金を注いでしまいましたが、

とりあえず第一の目的地にたどり着くことができました。

 

 

以前も触れたのですが、

2カ月のビザ猶予期間中に中国を横切ることは難しいので

この都市から新疆ウイグル自治区・烏魯木斉(ウルムチ)まで鉄道で移動する予定です。

 

 

 

さてこの西安ですが、

こないだ寄った“洛陽”と同じように古代から都が置かれてきた場所とあって

多数の歴史遺跡を有する、中国でも指折りの観光都市となっています。

 

 

<大雁塔>

市内中心部から真っすぐ南下したところにそびえたつ石でできた塔。

実はこの西安で最も古い建造物は、かの有名な玄奘(三蔵法師)が

インドから持ち帰った経典を保存するために建立されたものなんです。

 

当時主流だった木造建築では火災の可能性があるから政府にお願いして

石で作ってもらったんだとか。

それでも、一回燃えちゃってるらしいです…。

 

 

<青龍寺>

見た目は普通のお寺なんですが、

日本文化にも大きな関わりがある場所です。

 

唐の時代に日本からやってきた空海が教えを受けたのがこの青龍寺。

1000年以上も前に瀬戸内海を抜け、東シナ海を渡ってここまでやってきた空海。

つまり旅の大先輩でもあります。

 

空海が切り開いた“四国霊場八十八箇所”の第0番札所でもあるそうで。

旅立ち前の巡礼を思い出して参拝してきました。

 

 

<兵馬俑>

西安観光のハイライトになっているのが有名な“兵馬俑”。

秦の始皇帝を埋葬する際の弔いとしてつくられたもので、

始皇帝の軍団を模しているそうです。

 

何千という数も圧巻ですが、紀元前200年ほどの昔に

これだけ精巧なものをつくる技術があったことに驚きです。

現在でも解明されていない技術も用いられていたそう。

 

1974年に井戸を掘っていた農夫さんがたまたま兵馬俑の破片を見つけ、

それをきっかけに研究が始まり、そのままドームをかぶせて博物館にしてしまっています。

そして、破片を見つけた農夫さんは現在博物館の名誉館長に!

掘ってみるもんですね。

 

ドーム内では今でも発掘作業や壊れた個体の修復作業が行われていますが、

まだ全体の1/10しか発掘されていないという話もあるとか。

 

 

こちら市内にある“回民街”というイスラム街で食べた「びゃんびゃん面」。

太いしっかりとした麺が特徴的でかなり美味。

びゃんびゃんの「びゃん」の字はこれまでに見たこともないほど

画数が多くて(58画)、変換もできないので

気になる人はぜひ検索してみてください。

 

 

大きな街だけに見て回るのにも時間がかかる西安ですが

たっぷり満喫してから次の街へ向かいます!

 

 

はるか雲の上

2018.06.27 | 中国

【39日目 1672.3km】

 

古都“洛陽”を出発してから、400kmほどの道のりを3日で走り切って

当面の目的地である大都市「西安」に到着する予定だったのが、

思いのほかのんびり進んでしまいまして…。

 

 

まず洛陽を発った日に到着したのが“三門峡”という街。

ここで野宿をするつもりだったのですが、実はこの日は6月24日。

そう、「日本vsセネガル戦」です。

テントでのんびり寝ている場合ではないと思い、観戦すべくホテルにチェックイン。

 

深夜放送だったこともあり、ゆっくりもう1泊してしまいました。

もはや旅人でもなんでもないです。

でも、本当に楽しい試合だったので良しとします。

2点入ったので2回ほど夜中に一人で叫んでました。隣室の人、ゴメンナサイ。

(いよいよ明日3戦目! 頑張れ、ニッポン!!)

 

 

なかなか前に進もうとしないバチがあたったのか

曇り空のもと次の街へ走りはじめると、中国にきて一番ヒドい大雨に降られました。

びしょ濡れで重くなった服と靴を身に着けたまま130kmほど走りました。

 

 

たどり着いたのが「華陰市」という小さな街。

田舎の小さな街ですが、ここにはホテルが数多く立ち並び

たくさんの観光客が押し寄せます。

 

訪れる人々の目的は「崋山(かざん)」。

少林寺を有する嵩山とならぶ霊峰で、古くから僧侶が修行をした山だそうです。

 

 

花崗岩がむき出しになった堂々たる風格は街からも拝めます。

 

 

到着翌日、早速登ってみることに。

登山道もありますが、自転車を漕ぎつづけて足がパンパンなので

ロープウェーに乗ります。

何百メートルの高所に宙ぶらりんになるゴンドラはもはや絶叫マシーン。

 

到着後しばらく歩けば頂上です。

たどり着いた山頂ははるか雲の上、標高2,154m。

 

頂上からは切り立った岩山の数々が見下ろせます。

高い山が連立しており、寺院などもあって散策できるようになっていました。

踏みしめる山道も土ではなく岩なので歩くのにもの凄く疲れます。

 

雲がかかっていたので下の街まで見えなかったのですが

もやがかった景色はまさに神秘的。“幽玄”とはこのこと。

仙人が住んでそうな雰囲気です。

古くから霊峰として称えられてきたことも納得でした。

 

 

山頂付近はご覧の人だかり。

13億人の国はどこにいっても大渋滞です。

 

 

古都へ”上洛”

2018.06.23 | 中国

【34日目 1406.3km】

 

ここしばらく気温26℃前後が続き、

外を散策しているだけでじとっと汗ばむような日が続いています。

走行の疲れも相まって夏バテ気味(早いけど)ですが、しっかり食べて乗り切っています。

 

 

 

この日は2日間滞在した“登封”の街を出発。

屋台で朝ご飯を済ませて荷物をまとめると、

少林寺を中腹に抱える嵩山(すうざん)の峠越えルートに向けて漕ぎだします。

 

もちろん頂上まで登るわけではないですが、

思えば中国に来てから山らしい山を走っていませんでした。

1,000km以上も山にぶつからず来れたのは広大な大陸ならでは。

起伏の多い日本では考えられません。

 

必死に坂道をのぼって、颯爽と風を切りくだっていく。

「これこれ!」と自転車の醍醐味を思い出しながら走りました。

 

 

70kmほど走行した後、

お昼過ぎに目的地「洛陽」に到着しました。

 

 

この洛陽は非常に歴史深い都市で、かつて王朝の都が置かれた場所なんです。

京都を指して“洛中”といったり 、“上洛”という言葉なんかも

この都市の名に由来するそうです。

しかし、数々の内乱でその美しい街並みも残念ながらほとんど失われてしまったそうな。

 

近代的なビルが立ち並ぶ現在の洛陽ですが、

トレードマークである“麗景門”をくぐった先にある旧市街をねり歩けば

昔ながらの雰囲気を味わうことができます。

立ち並んだ露店と食べ歩きをする人々。

平日にもかかわらずお祭りのような気分を楽しめました。

 

 

 

そんな洛陽の観光の目玉になっているのが

市内から数km離れたところにある「竜門石窟」。

 

今から1500年ほど前に山肌の岩を削って彫られた数万体の仏像たちは、

少林寺に引き続きこれまた世界遺産に登録されています。

 

これまでに巨大な文化遺産、自然遺産をたくさん見てきましたが

毎度思うのが写真にはその圧倒的存在感を写し出すことができないということ。

枠内に収まったとしても、実際に目の前に立ったときの

言葉も出ない感動は現地でしか味わえないんだと思います。

デカいものは美しい。

 

 

汁モノが有名な洛陽での一品「不翻湯」。

ものすごく美味しくて奥の深い味なのですが、

上に乗っかったネギと牛肉以外は“はじめまして”な食材ばかり。

 

どことなく薬っぽい不思議な味が美味しいけど伝えられない…。

料理の味も写真に写せません。

 

 

カンフーの故郷へ

2018.06.20 | 中国

【31日目 1334.0km】

 

先週1週間ジタバタして時間とお金を費やした結果、

何とかビザを取得することができ自転車旅を再開しています。

 

旅立ちから1ヶ月が経ち

順調に肩慣らしもできているのではないでしょうか。

(誰に聞いているのでしょうか。)

 

 

停滞していた河南省・許昌の街を発つべく、

1週間ぶりにサドルにまたがるとあいにくの雨。

1ヶ月の滞在延期が認められ心機一転と意気込んだのに、

上海上陸のときもそうでしたが、はじまりはいつも雨。

 

ただ、割高なホテルにこれ以上滞在もできず

どこかで止むことを信じて出発しました。

 

 

結果的に雨はやまず

体も荷物も自転車も泥だらけになりながら1日中進みました。

 

たどり着いたのが許昌から北西方向にちょうど100kmの場所、

「登封」というこじんまりとした町。

 

この町自体に大きな見所はないのですが

北に数kmのところにそびえる嵩山(すうざん)という山は

古くから山岳信仰の対象だそう。

地質学的にも貴重で一帯はユネスコの指定公園にもなっています。

 

その山麓に点在する史跡は世界遺産にも登録されているので、

さっそく観光に行ってみました。

 

広大な自然風景のなかには寺や遺跡だけでなく、宿舎やグラウンドなどもあります。

 

そこにはたくさんの少年たちがおり、あちこちで剣舞や棒術の組み手をしています。

グラウンドでは体育の授業のようなものがおこなわれてますが、

少年たちの動きはあり得ないほどアクロバティック。

 

 

圧倒されながら先へ進んだところには、堂々と構えられた寺の門。

看板に刻まれた文字は「少林寺」。

そう、ここはカンフーの誕生したかの有名な少林寺です!

 

かなり観光地化されており、

荘厳な雰囲気の中、境内で拳を突き出しているイメージとは

少し違いましたが…。

鍛練に励む少年たちの姿を眺めるのはなかなかの見ものです。

(ちなみに日本で有名な“少林寺拳法”の直接のルーツではこちらではないそうです。)

 

 

劇場もあって、ステージで繰り広げられる流麗な武術の数々は圧巻でした。

 

「ホワタァァーーー!!」とか「アチョーーー!!」とかは無かったですけど、

「セイッ!」とか「ハッ!」は言ってましたよ。

 

 

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