Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~

日記

投稿者: ryosuke

寒さと物価高、アラスカの洗礼

2024.04.24

【9日目 318km】

 

 

休業中カフェでの野宿場所から撤収。

あまりに寒くまともに動けるのは朝10時頃からでしょうか。

あと5分、もう5分なんて思いながら

やっと重い腰が上がりました。

 

 

さぁ、今日も張り切っていこう

とペダルを踏みこむと

前輪がパンクしてました。

「もう今日休んでいいですか」

って言いたくなるけど

仕方ないのですぐ直す。

 

 

 

再び漕ぎだすとかなり長い上り坂。

ただ傾斜はゆるいので

時間をかけてゆっくり上っていきます。

今日は天気が良いうえに

風も穏やかで

比較的漕ぎやすい日です。

 

 

 

キャンピングカー旅行者の方に

差し入れを沢山いただきました。

冒険的なことが大好きな

アメリカの方々。

実は道中かなりたくさんの人に

話しかけられています。

 

 

 

 

 

 

この日も道は激しいアップダウン。

極寒のキャンプがこたえて

はやくも体力が尽きそうです。

徐々に体を慣らせばいいけれど

ウォーミングアップにしては

このあたりの山々はかなり厳しい。

 

 

 

とはいえ眼前の山々は

やっぱり美しい。

3日ほどずっとこんな景色ですが

特に晴天の下だと目を奪われます。

はやく町に着きたいけど

ずっと見ていたいような気持ちもある。

 

 

 

 

 

15時頃、へとへとになりながら

“ガンサイト・マウンテン”という地域に到着。

久しぶりに商店を見つけました。

「お前、アンカレッジからここまできたのか!

お疲れ様、もうここからは道は緩やかになるぞ」

とガタイのいい店主が労わってくれました。

 

 

 

とたんに道が平らになり

すぐそこに見えた山々も

ほとんど見えなくなってしまいました。

どうやら一番厳しい地域は

走り終えたようです。

ちょっとした達成感。

 

 

 

周囲の針葉樹が

どんどん深くなっていきます。

本当にわかり易く地形も

かわってしまいました。

それにしてもアラスカはだだっ広い。

3日間ずっとまっすぐ。

 

 

 

さきほどの商店の店主から聞いていたロッジを発見。

かなり疲れ果てておりキャンプをする元気がありませんでした。

値段は¥10,000、高い!

夕方を迎え既に寒くなりつつあるけど、すぐイエスといえる値段じゃない。

「仕方ないわね、¥8,000でいいわ」

 

 

 

体が凍えていたので

「ノー」という言葉は出ませんでした。

疲れもありベッドに倒れこみます。

ストーブが暖かい。

ダウンを着込まずに

寝られるって素敵。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、引き続きグレンハイウェイを東に走ります。

もう山中じゃないのでほぼ平坦ですが

ずっと同じ景色が続いて退屈。

 

 

 

横を見れば針葉樹の森。

これが延々と数十kmほど

続くことになります。

昨日までさんざん山に

苦戦してたけど、それが懐かしいほどに

変化のない道が続く。

 

 

 

途中、川が凍っていました。

この日の最高気温は0℃。

ただ夜中の-15℃が厳しすぎて

0℃は暖かいという感覚に

なりつつあります。

寒いの嫌いだけど順応しているのか。

 

 

 

昨日までの道を思えば

「今日はのんびりデイでしょ」なんて思ってましたが、

地味に厳しい日となりました。

道路わきにある商店がことごとくシーズンオフで休業しており

食べるものが無くなってしまったんです。

“オープン”なんて書いてあるけど全然やってない。嘘つき。

 

 

 

昨日、道中もらった

ナッツとチョコレートで食いつなぐ。

ホントこれが無かったら

どうすればよかったんだろう。

リスのように

ちまちま食べていきます。

 

 

 

 

正面に白い山、脇に針葉樹。

この景色が数時間変わることなく

続いていきます。

途中漕ぎながら眠たくなってくるほど。

「わー!」とか「おー!」とか

叫んで眠気を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてジェイソンさん宅から4日。

“グレナレン”という町に到着。

町というよりも交差点に建物が数軒ある程度ですが。

 

 

 

グレナレンの町で

一回疲労をリセットしたかったので

宿を探すことに。

数軒訪ねて一番安かったのが

¥22,000!

噓でしょ…と愕然としました。

 

 

 

ただ空腹と寒さと疲労で

体力の低下を感じたので

ちょっとだけまけてもらい

泊まることに。

この時期のアラスカの宿泊事情

かなり厳しいです。

 

 

 

という具合に、

走行序盤から苦戦を強いられています。

反省点としては、分かってたことだけど来る時期が早すぎました。

キャンプ場やお店が本格オープンするのは

春を迎えた5月から。

 

また、食料をどれだけ持っておく、行動食を切らさない、など

これまでの旅で培った勘もだいぶ鈍っておりました。

まあ、でもそんなこんな含めての旅です。

徐々に慣れていこう。

 

 

 

氷点下の日々

2024.04.20

【7日目 175km】

ジェイソンさん宅でひと休みすると東へ向け出発。

いよいよ都市部を離れ山岳地域に突入します。

「ここから先は寒くなる。道中かなり苦しむはずだぞ」

ジェイソンさんの忠告にビビりつつも、

ペダルを漕ぎ始めました。

 

 

 

進んでいくのは

「グレンハイウェイ」という

町と町を結ぶ一本道。

交通量はさほどでもなく

追い越していく車も

しっかり自転車を避けてくれます。

 

 

 

気温は0℃ほど。

漕いでいる間は大丈夫でも

休憩で立ち止まると

すぐに体が冷え込みます。

荒涼とした景色もあいまって

心細い気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎに商店を発見。

ずっと何もない景色が続いていたので

ホッとします。

小さなお店で飲み物買って休憩してると

「自転車旅ってこうだったなぁ」

と徐々に感覚が蘇ります。

 

 

ジェイソンさんからもらっていた

スモークサーモンでサンドウィッチ。

物価高地獄のアメリカ。

“ちょっと食堂で食べてこか”

とはなりません。

また日用品の値段まとめてみますね。

 

 

 

 

 

 

川沿いを行くのでずっと平坦と思いきや

起伏もかなり多いグレンハイウェイ。

標高300~800mを絶えず上がったり下がったり。

寒くさえなければ何てことない道なのに。

 

 

 

地元の人曰く、シーズンオフの

無人キャンプ場は野宿し放題。

それをあてにして到着すると

50cmの雪に閉ざされてました。

入口まですらたどり着けそうにない。

そりゃ無人になるわ。

 

 

 

少し進んだ川辺に

人目を避けるポイントを発見。

あらいいじゃない、

とテントを張ったとたん猛吹雪。

夜を越せるだろうか…。

不安になります。

 

 

 

山の天気は変わりやすく

すぐに雪はやみました。

暖を求めて焚火開始。

この時間こそひとり旅の醍醐味。

川の水を汲んでパスタを茹でます。

シュラフにくるまりそのまま就寝。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明け目を覚ますと気持ち良く晴れていました。

目の前には“キングス・マウンテン”の頂きがくっきり。

歯を磨いたら今日も漕ぎ始めます。

 

 

 

平らな道はほとんどなく

上るか下るかのどちらか。

まだ体が旅モードに

仕上がってないのだろうか、

ペダルを踏みこむ力も弱まってきます。

そして身を切る寒さ。

 

 

 

前日よりは日が差す時間が

増えたのが救い。

気温そのものより

風の強さと日照具合に

体感温度が左右されるのがよく分かる。

必死に漕ぐ上り坂は暑いほど。

 

 

 

この日もサーモンサンドウィッチ。

同じ食べ物が続くのも旅あるある。

ただジェイソンさんには言えないけど

流石に毎日食べると飽き…、

いや、何度食べても

アラスカサーモンは美味しい。

 

 

 

15:00頃、道端に教会を発見。

水を求めてコンコンとノック。

快く飲み水を下さいました。

「君は神がいると思うかい?」

話長くなりそうだったので

良いところで切り上げさせてもらいます。

 

 

 

夕方、道端に夏場は営業しているであろう

カフェらしき施設を発見。

ホントに誰も出入りしないようで

ももの付け根の高さまで新雪が積もっています。

荷物を抱えズボズボ埋まりながら

屋根付きのテラスにたどり着きました。

 

 

 

人目を避け道路から離れすぎると

今度は熊やムースが心配で…。

ここはほどほどの良い距離感です。

夜中にはフクロウの

「ホーウ、ホーウ」という鳴き声が

気持ち良く響いてました。

 

 

 

 

 

 

と、ここまで野宿が続きましたが

たった2日でもかなりしんどいです。

日照時間は朝6時から夜10時前まで。

 

活動時間多くていいじゃんって話ですが、

特に朝なんてもう寒いのなんの。

最も気温が下がるのは明け方6~7時で-15℃ほど。

旅ではもちろん、人生で一番の寒さじゃないかな。

 

上の写真分かりにくいですが、前日履いた靴下が凍ってます。

水筒の水はもちろん、テントの幕から骨組みのパイプまでカチコチ。

バッテリー関係も放電ですぐなくなっちゃいます。

 

スタートからかなりハードなキャンプが続いてますが、

疲れ果てながらもなんとか前に進んでいます。

 

 

 

自転車旅スタート!

2024.04.16

【4日目 走行距離73km】

 

アンカレッジのマーティンさん宅に3泊お世話になった後、

ついにアラスカの地を走り始めました!

気温は5℃ほどでしょうか、

意外に寒さを感じません。

幹線道路沿いの自転車道を進みます。

積雪が気になるけど、

遅いながらも難なく走れそう。

 

 

 

と思った矢先、気を抜いた瞬間に

雪の上で派手に滑って転びました。

そして、なんとカバンを

くくりつけるキャリアが破損。

出発前に溶接で強化したのに…。

根元からボキッと折れてます。

 

 

 

嘆いても仕方ないので

ネジで留めて応急処置完了。

日本にいる間に折れてくれてたら

良かったのに…。

言ってもしかたないので

ポジティブポジティブ。

 

 

 

 

 

 

気を取り直してまた走り始めます。

昼頃にイーグルリバーという町に到着。

朝作っておいたサンドウィッチを食べて

ひと休みしたら午後の部スタート。

朝からトラブルがあったけど

気を引き締めてしっかり走ろう。

 

 

 

と思った矢先、気を抜いた瞬間に

氷の上で派手に転びました。

そして、ドリンクホルダーが破損。

初日から2回も転ぶなんて…。

ボキッといっちゃってもう

新品と取り換えるしかなさそう。

 

 

 

現場はトンネルの中でした。

日光が当たらないので

つるっつるに凍ってるんです。

「2回もコケてどんくさい」

って思うでしょ?

でも、ホントつるっつるなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車道にウンザリしたので

幹線道路沿いを進むことに。

路肩に余裕もあってスイスイ走れます。

始めからこっち通ればよかった。

 

 

 

アンカレッジから30kmほど離れると

かなり景色も開けてきました。

遠くに見える雪をかぶった

山稜が美しい。

気温が低いと

空気もパリッと澄んでいます。

 

 

 

“ムースに注意”の看板。

熊が怖いけど地元の人は

「熊よりムースに気をつけろ」って

言います。

舞茸みたいな角が後ろに倒れたら

怒ってるから注意らしいです。

 

 

 

そして至る所で

こんなコロコロした糞を見かけます。

これがムースの作品だそう。

やっぱり最初に出会う動物は

彼らだろうか。

ちょっと怖いけど楽しみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンカレッジから北東に70kmほど走ったこの日は

「ビュート」という町に到着。

今朝お別れしたマーティンさんが

「俺の友達がその町にいるから泊まってきなよ」

と紹介してくれて、また人のお家にお邪魔することに。

 

 

 

食べることが好きな

陽気なカナダ人ジェーソンさん。

僕が到着した時も

キッチンで何か作ってました。

豆腐とギョーザとチンゲン菜。

アジアフリークだそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

雪がひどくなる予報だった到着翌日。

「今日はもう止めとけ。

代わりに俺の仕事についてきたらいいよ」

ということで水槽管理の会社を運営するジェーソンさんの

仕事についていきました。

 

 

 

主に病院の待合室に

置かれている水槽を回って

清掃したり水質の調整など

をしているそう。

家で魚飼い始めたのが発展して

会社まで始めたらしいです。

 

 

 

家に戻ると壊れたパーツの修理。

エポキシ樹脂で固めます。

壊れたボトルケージも

新しいのを買いました。

こんなことにならないように

事前に国内旅したのに…。

 

 

 

二日目のディナーは

“アラスカサーモンのオーブン焼き”。

「冷凍庫がサーモンだらけだから

減らすの手伝ってくれよ」

こんな美味しいものが余ってるのか。

贅沢ですこと。

 

 

 

 

 

 

アンカレッジを出発したものの

天候不良もあり、なかなか進めずにおります。

ホストファミリーとの日々ばかりで、

楽しいアラスカライフを送っております。

このブログも女子大生の留学日記の様になってきました。

 

これからアラスカの荒野で過酷な旅が始まるとも知らずに…。

 

 

 

 

日本出発、北の大地アラスカへ

2024.04.11

【走行距離0km】

4月7日、ついに旅立ちの日がやってきました。

出発は成田空港。

 

前もって空港宛に送っていた梱包済みの自転車を受け取ると

チェックインカウンターへ向かいます。

自宅で何度も体重計に乗って量ったので重さはバッチリ、超過料金なし。

 

 

 

経路は成田→インチョン(韓国)→シアトル(アメリカ)→アラスカ、

待ち時間も合わせると合計25時間の移動です。

飛行機で海外を旅すること自体久しぶりでしたが、

色々と事情が変わって驚いたことが多々。

 

まず準備段階ですが、日本の郵便局って

2020年以降外貨両替やってないんですって。

銀行もサービス廃止してるところが多くて

金券ショップでやっと米ドルをゲットできました。

 

大きく進歩したのがWi-Fi環境。

空港内のフリーWi-Fiって「繋がるけど通信悪い」というイメージでした。

ところが韓国もアメリカも本当にどこでも良く繋がるようになってます。

 

一番驚いたのは出入国時のパスポートへのスタンプ。

ICチップ管理になってスタンプ押さない国が増えたそうです。

どんどんスタンプ増えるのが楽しかったけど、もうそれも終わり。

日本の出国もアメリカの入国も押してもらえませんでした。

寂しいけど、まぁ時代ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本時間の8日(月)AM10時頃。

ついにアラスカ・アンカレッジの

空港へ降り立ちました。

自転車も無事送られてきました。

箱はダメージ少なそうだけど

中身も大丈夫だろうか。

 

 

 

自転車の箱を受け取ると背後から男性に声を掛けられました。

「君がリョウスケかい?」

男性は出発前からメールのやり取りをしていたマーティンさん。

アンカレッジでお世話になるホストファミリーです。

 

 

 

特に欧米で盛んな「Warm Shower(ウォームシャワー)」という

自転車旅行者のオンラインコミュニティがありまして。

旅行中は無料で泊めてもらう代わりに、

自分が旅に出ていない時にはゲストを迎えてあげようというもの。

実際、僕も神奈川にいる時はこれまで5組のゲストを迎えたことがあります。

(うちのアパート狭いので、広いお家の友達の協力も得ながらですが…。)

 

 

 

タクシーでマーティンさん宅まで

向かう予定でしたが、

「空港まで迎えに行くよ」

という申し出に

甘えてしまいました。

 

 

 

 

マーティンさんは奥さんと

5歳の娘ちゃんの3人暮らし。

子供が生まれる前には

日本にも自転車旅行に来たことがあるそう。

自転車乗り同士で理解しあえるのも

Warm Showerの良いところ。

 

 

 

 

 

 

 

 

到着してからひと晩明けたら、

旅の準備に、街の散策に、と活発に動き回る予定でした。

しかし、目が覚めて時計を見ると昼の12時!

完全なる時差ボケです。

実はうまく眠れず、深夜未明に3時間ほどベッドで起きたままでした。

 

三半規管が強くて、バランス感覚が良い人ほど

時差ボケしやすいそうですよ。

ハワイ含めアメリカ来るの三回目ですが毎回のことです。

しんどい…。

 

 

 

体だるいけどこれだけやんなきゃと

自転車の組み立てを始めます。

ご近所さんに

「グッモーニン」と声を掛けると

「もう、アフタヌーンよ」と笑われました。

あぁ、時差ボケ…。

 

 

 

心配していた自転車輸送ですが

破損などは何も問題なし。

飛行機の窓から

たまに積み込みの作業見えるけど

荷物めっちゃ乱暴に投げますよね。

もうあれが嫌で嫌で…。

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、大きなトラブルもなく

まずはスタート地点のアラスカに到着しました。

しばらく準備を整えたら、

いよいよ自転車に乗って走り始めます!

 

 

旅を支えてくれる方々

2024.04.3

アラスカへの出発も迫り、今は装備品の最終チェックをしています。

装備品をざっと並べてみると写真のような具合。

これらが前後タイヤの両側に取り付けるバッグに収まるわけです。

 

野宿道具としてテント、マット、寝袋。

料理用のクッカー(鍋)、バーナー、ガソリンボトルなど。

冬用のダウンや手袋を含む服や下着。

パソコン、ミラーレス一眼、Go Proやそれに伴う充電器類。

予備のタイヤチューブなどの簡易的な修理キットに工具。

合計でおよそ25kgほどの重さになっています。

 

 

 

こうした装備品を用意するうえで

とても大きな力を貸してくださったのが、

アウトドア、自転車用品に携わる企業の皆さま。

そして、今回の広島~神奈川の自転車旅では

一部の企業様に直接ご挨拶周りもさせてもらいました!

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初にお邪魔したのは大阪に本社を置く「モンベル」さん。

国内での高い認知度を誇りますが、

海外でもモンベルのテントを立ててると

「あなた日本から来たのね」って認識してもらえます。

 

 

 

今回ご提供いただいたのが

設置と撤収がとても容易な

「ムーンライトテント2型」、

氷点下にも耐えるシュラフ(寝袋)

「ダウンハガー#2」。

寒い地域でも心強いです。

 

 

 

またダウンやジャケット、

LEDライトなど

アウトドアに関する様々なグッズを

使わせていただきます。

ご担当の安藤さんはじめ

モンベルの皆さんありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

続いては、京都に拠点を置く

自転車用品の商社「ダイアテック」さん。

自転車乗りならだれもが知るGIRO社のヘルメットをはじめ

有名メーカーの製品を数多く取り扱われています。

 

 

 

ご提供いただいたのは

GIRO社「Syntax MIPS」ほか、

ABUS社のチェーンロック、

LEZYNE社の携帯ポンプなど。

また、訪問の際にGIROのキャップと

ソックスまで下さいました!

 

 

 

そして、サイクリストにとって

普遍の憧れであり定番

BROOKS社のサドルも頂いております。

本革がなじんでいくのが楽しみ。

加納さん、中里さんはじめ

皆さんありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

次は愛知県に本社のある「新富士バーナー」さん。

キャンプ好きの人に馴染み深い

“SOTO”ブランドの調理用ストーブが有名です。

 

 

 

ご提供いただいたのは

前回もお世話になったガソリンストーブ

「ストームブレイカー」。

強風にも負けない安定した炎。

ガソリンを扱うのって怖いですが

あっという間に誰でも慣れちゃいます。

 

 

 

なんと工場見学もさせてもらいました。

火を扱う器具だけに

とても精巧な作業をされています。

世界の旅で使用することが誇らしい。

坂之上さん、夏目さんはじめ

皆さんありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

続いては大阪に本社のある

「ティー・アール・エイ」さん。

モバイルバッテリーの“cheero”ブランドなどを展開されています。

 

 

 

ご提供いただいたのは

電力を持ち運べるモバイルバッテリー

「cheero Power Plus13400mAh」

野宿が続く時の心強い味方です。

松本さんはじめ

皆さんありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お次は東京に本社のある「昭文社」さん。

“まっぷる”“ことりっぷ”などの

旅行ガイドの出版で有名です。

 

 

 

「世界地図帳」のご提供に加え

SNSでの情報発信などにも

ご協力頂いております。

コラム記事も書いて頂きました。

竹内さんはじめ

昭文社の皆さんありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、南北アメリカ旅から新たに

ご支援いただくことになったのが東京の「スター商事」さん。

アウトドア用品の製造・輸入をされています。

 

 

 

提供いただいたのは

TOAKS社の

「ウッドバーニングストーブ」。

煙突効果を利用して

効率的に薪を燃やす小さな焚火台。

大自然の調理にぴったりです。

 

 

 

ほかにもSIGG社の水筒や

SEIRUS社のグローブなど

沢山のアウトドア用品を

ご提供頂きました。

佐々木社長はじめ

スター商事の皆さんありがとうございます!

 

 

 

 

ということで、これらの企業様から

物資の支援を頂いております。

決して予算に余裕が無い中で、

製品を無償提供して頂けるということももちろん嬉しいのですが、

それ以上に、

一個人の挑戦を企業様が応援してくださっている

という事実がとても大きな励みになります。

 

頂戴した製品がこれから

大切な旅の相棒になっていくのがとても楽しみです。

ご支援いただいた企業の皆さまへ、心より御礼申し上げます!

 

そして、あと4日。

身近な方々にご挨拶をしながら一日ずつ出発が近づいております。

ワクワク…。

 

 

 

神奈川到着、ウォーミングアップ完了。

2024.03.31

これまで、6日間かけて広島から京都まで走行。

日々の走行とテント泊を繰り返すことで

着々とアウトドアモードの心と体を取り戻しています。

 

 

 

 

 

雨に降られた京都到着翌日、旅の7日目。

ここまでスムーズに来ていることから

先を急がずもう一泊することに。

午後の晴れ間を見計らって、少しばかり観光しました。

さくっと滞在時間が短くなるのは一人旅あるある。

 

 

 

そして翌日、曇り空の下

京都を発ちました。

滋賀との県境、逢坂の関。

“これやこの、行くも帰るも別れては…”

バシンッ、て

札を叩きたくなりますな。

 

 

 

この日は90kmを走り

鈴鹿峠を越え、三重県に突入。

伊勢湾沿いの公園でテント泊です。

ここまで、割と綺麗な芝生の

公園を簡単に見つけることが出来てます。

意外と野宿できるぞ、日本。

 

 

 

 

 

 

 

三重県は伊勢半島へと南下。

名古屋を通れば最短ルートですが、大都市って

道は複雑だし、車多いし、なるべく避けたいんです。

 

おかげで人生初の“お伊勢参り”ができました。

平日でも人は多いけど、やはり荘厳な雰囲気で

心を清めてもらった気がします。(もともと清らかですけど…)

 

 

 

名物の“伊勢うどん”。

全然コシがなくてふにゃふにゃです。

香川県に2年住んでた身としては

価値観の覆るうどんでした。

うどん県過激派は認めないかもですが、

これはこれで美味。

 

 

 

鳥羽からフェリーで対岸の渥美半島へ。

半島の付け根、田原市にてテント泊。

「野宿の時って何してんの?」って

よく聞かれますが、

20時過ぎには夢の中です。

疲れてるので小学生より良く寝ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

京都出発3日目に静岡県に突入しました。

各所に関所のある東海道に沿って進みます。

いよいよゴールの神奈川も射程圏内。

 

 

 

静岡の誇るハンバーガー

レストランチェーン「さわやか」へ。

もうね…、これからもずっと好きです。

工場から店舗への輸送時間を考慮して

県外進出しないんですって。

誇り高きハンバーグ。

 

 

 

この日どうしてもシャワー浴びたかったので、

友人からのアドバイスを元に、

人生初のネットカフェに泊まってみました。(写真なし)

けど、ちょっと狭いし音もするし、テントの方が良く寝られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

京都出発4日目。

この日ついに、富士山をおがむことが出来ました。

特に綺麗だったのが静岡市は“さった峠”からの景色。

ただここに来るまでの斜度が約26%という、

海外でもお目にかかれない激坂でした。

 

 

この日は富士市の

“田子の浦”にてテント泊。

夜の公園って

結構若い人が集まるんですよ。

「えっ?誰かキャンプしてない!?」

ってヒソヒソ声をよく聞きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして京都から5日目、スタートの広島からは12日目。

ついにゴールの日だと意気込み

荷物を積み込んでペダルを踏みしめると、

前輪が伊勢うどんのようにふにゃふにゃ…。

「やれやれ全く」と愚痴を言う相手もおらず

黙々と修理し、走り始めました。

 

 

 

急峻な坂の続く箱根を避け

御殿場方面へ。

なだらかな坂を下ると

神奈川県に突入しました。

ここまでくればもう道も

頭に入っています。

 

 

 

そして、ゴールである平塚市の自宅へ。

最後まで大きなトラブルもなく

気持ち良く

走り切ることが出来ました。

二週間足らずですが

ささやかな達成感があります。

 

 

 

ということで、12日間、およそ800kmに及ぶ

広島から神奈川への自転車旅は無事終了。

 

予想以上に体のコンディションも良く、

追加で必要なものなども分かったし、とても有意義な旅でした。

出発までもう少し。

不安と期待を胸に日々過ごしております。

 

 

 

故郷・広島、出発!

2024.03.24

去る3月6日(水)、

地元・広島県から現在住んでいる神奈川県への

自転車旅に出発しました!

 

4月初旬にアメリカへ向けて飛び立つのは成田空港。

単純に移動するだけでなく装備品のチェックと同時に、

寒さの残る中での野宿、毎日100kmほどの走行に慣れること。

要は旅の感覚を取り戻すことも大きな目的です。

 

 

 

スタートは実家のある広島市。

両親や応援してくださるご近所さんたちに見送られ

午前9時頃に走り始めました。

荷物はおよそ30kg(はかってないけど…)、

数年ぶりの重量級自転車の走行に苦戦すると思いきや、

意外なほどすぐに順応できてしまいました。

2大陸を走った経験を体は忘れていないようです。

 

 

 

造船の街・呉を経由して

瀬戸内の海沿いを東へと

進んでいきます。

信号待ちで停まると

よく声を掛けられます。

「その荷物でどこまで行くの?」って。

 

 

 

午後からは途端に

足が動かなくなりました。

向かい風もあるけど、

おそらく主には疲労のせい。

先が思いやられます。

「こんなので、大陸を走れるだろうか」

 

 

 

70kmを走り竹原市についた初日は

旅を応援してくれている知り合いのお宅に泊めてもらいます。

ベッドに倒れこむと泥のように眠りに落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝を迎えて2日目。

「はぁ、今日も走るのか…」と

筋肉痛だらけの重たい体を引きずって自転車にまたがります。

すると、気持ち良く漕げちゃうんですこれが。

疲れない体というより、疲れに慣れる感じ。

 

 

 

80kmを走った2日目は

岡山県に突入。

笠岡市の公園に良い場所を発見し

数年ぶりの野宿をします。

水道と芝生さえあれば

そこはもうホテル。

 

 

 

野宿に関しては

まだ寒いしかなり億劫だったけれど、

テントを広げるとワクワクするんです。

ただ深夜になると

寒さで目が覚めました。

まだまだ対策が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

続く3日目以降も、

国道2号線に沿うように

日々80km前後のペースで進んでいきます。

日本は信号が多いこともあり、序盤はなかなか

1日に100km漕ぐこともできませんでした。

 

 

 

3日目は岡山県の東端、

日生にて公園泊。

野宿も連泊したら

ちょっとずつ体から犬みたいな

匂いがしてきますよね。

(犬に失礼。)

 

 

 

4日目には兵庫県突入。

西寄りの姫路市には母校があります。

大学4年間を過ごした思い出の街。

道路も開かれ変わったとこもあれば

変わらないところもあり。

ノスタルジーに浸りました。

 

 

 

3年間ほどアルバイトでお世話になった

喫茶レストラン「コットンキャンディ」へ。

ご馳走してもらっただけでなく、

犬みたいな匂いのヤツを

一晩泊めてくださいました。

(犬に失礼)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5日目に神戸に到着。

大阪を中心とした関西都市圏は野宿が難しそうなので

ゲストハウスに泊まることに。

インバウンド需要の高まりで¥2,000ほどで

割と良い宿が見つけられるんです。

 

 

 

大阪・京都では

ご挨拶したい人もおり

寄り道をしながらゆっくりと

進んでいきました。

交通量も信号も多いので

焦らずゆっくりゆっくり。

 

 

 

そして、広島出発から6日目。

行程のちょうど半分にあたる

京都に到着しました。

人多いけどやっぱり

京都の街って落ち着きありますよね。

写真映えするし。

 

 

 

ということで、

体も自転車も大きな問題なく前半終了。

特に、体力面は心配してたけど

それなりにトレーニングしていれば体って動くもんです。

 

大きな反省点として、

食べ物とか寝床とか

ブログに使いやすい写真を全然取ってないことに気づきました。

何にしてもコツってものがあります。

そのへんも含めリハビリですのでお付き合いくださいませ。

では、後半へ続く。

 

 

 

広報ツアー in 広島

2024.03.2

 

出発まで一カ月余りとなりました。

なんとなくそわそわしてはいるものの、

「これから2つの大きな大陸を旅するんだ」という実感はあまりなく

穏やかな気持ちで準備を進めております。

 

準備ったって毎日なにをするんだという話ですが、

2月は地元の広島県で人前に立って旅の話をさせてもらっていました。

せっかく長期の旅をするので

「たくさんの人に旅について知ってもらおう」と思い、

ぜひお話をさせてください、と各所にお願いをしたのが4カ月ほど前。

 

 

 

昨年度、書籍出版の際にお邪魔した学校の先生に再度お願いすると、

「あの学校でも話してみませんか」

「この学校も興味持ってくれてます」

と、おかげさまであれよあれよと予定が埋まってしまいました。

かつてこんなにも人から必要とされたことがあったでしょうか。

あぁ、嬉し…。

 

 

 

2月に入るとすぐに帰省し、

小学校ツアーがはじまりました。

自転車を持参し

写真を見せながら話をすると

児童の皆はすぐに夢中になってくれます。

1コマ45分がホントあっという間。

 

 

 

時には1日3講演もさせてもらい、

巡りに巡って11校。

母校である中筋小学校にもお邪魔しました。

時には1~2年生にもお話ししましたが、

これがちゃんと理解してくれるんです。

子供の理解力、想像力は侮れない。

 

 

 

質問も山ほどしてくれるし、本にも興味持ってくれるし。

嬉しいこと尽くしだったのですが、

一番嬉しかったのがこの言葉、

「今日の授業、マジ神回。」

かつてこんなにも人に喜んでもらえたことがあったでしょうか。

あぁ、幸せ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに小学校だけではなく、

週末には色々な場所で

一般の方向けのトークイベントも実施しました。

 

 

 

サイクリング協会の皆さん。

公民館に集まってくださった方々。

経営者の方々。

ヨガインストラクターさん達。

本当に色々でした。

 

 

 

 

実は、これらの会場ではある挑戦をしておりました。

それは、“旅の支援金を募る”ということです。

再出発を決心した1年半前に予算組みをしたのですが、

円安が大きく影響し、大きなズレが生じていたのです。

 

「最低限旅には出られるけど、余裕が無さすぎる…。」

周囲のアドバイスもあり、

クラウドファンディングも考えたけれど

“個人の旅”を顔の見えない不特定多数の方に支援してもらうのもちょっと違う…。

 

そこで実行したのが、イベント会場での寄付のお願い。

つまり、顔が見えて直接お礼の伝えられる

特定少数の方に支援をして頂こうというもの。

 

 

 

そして、ご来場いただいた方に

心苦しくもお願いをしたところ、

多くの方々に温かくご支援いただけることになりました。

結果的に、目標としていた金額を上回るご寄付と

沢山の応援の声を頂くことができました!

(ご協力頂いた皆様には、改めて心より御礼を申し上げます。)

 

 

 

 

また、今回の広報ツアー中にも

複数のメディアに取り上げて頂くことが出来ました。

広島の朝を代表するラジオ番組

『本名正憲のおはようラジオ』 (RCC中国放送) に出演。

根強いファンの方がとても多い番組で、反響も大きかったです。

 

 

 

授業の様子を

中国新聞さん、朝日新聞さん

に掲載して頂きました。

イベントの告知もしてくださり

おかげで沢山の方に

ご来場頂きました。

 

 

 

広島に戻る直前には

TBSラジオにお招き頂き

高嶋ちさ子さん、山内アナと

対談してきました。

「私、すごく心配よ!」

by 高嶋さん

 

 

 

一人ぼっちで始まった旅のプロジェクト

「Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~」。

当初は予想もしなかったほどの広がりを見せ、沢山の人に応援頂いております。

 

ブログやSNSを通じて、ちょっとでも楽しんでもらえるよう

引き続きなんやかんやと報告させてもらうので、

ぜひ旅を追いかけてみてくださいね。

 

 

南北アメリカ大陸旅の予定

2024.02.17

 

出発の時が日に日に近づいており、

期待と不安を膨らませながら準備を進めている

ここしばらくでございます。

ここで、次の旅で走る予定の道のりを説明させてもらいます。

(※これからゆく場所の話なので、写真ではなく

フリーのポップなイラストでご紹介します。)

 

 

 

大まかに言うと、南北アメリカ大陸を

北から南へほぼ真っすぐ下りる行程です。

旅の期間は13カ月、

走行距離はおよそ18,000km。

通過する国の数は意外と少なく、7つ。

今回は一つ一つ国土が大きな国ばかりなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

4月7日に成田空港を発ち、降り立つのはアラスカ。

州都アンカレッジからサイクリングをスタートします。

まだ本格的な春とは言えない4月のアラスカ。

平均気温は3~4℃ほどらしく、寒さとの戦いになりそうです。

 

 

 

楽しみなのは雪原の景色や動物たち。

寒い地域ほど動物は体が大きくなるそう。

ムースなんて近くで見てみたいです。

グリズリーと出会ったらどうしよう。

ほんとにどうしよう…。

 

 

 

 

 

 

 

アラスカを抜け、カナダを走ると

アメリカ本土に突入。

目の前いっぱいに広がる大陸的な風景を駆け抜けます。

 

 

 

西側を進んでいくけど海沿いは走りません。

海沿いって一見気持ちよさそうだけど、

大都市ばかりが続いて

車多いし、物価高いし。

野宿場所限られるし、風の影響受けるし。

これはヨーロッパの地中海沿いで学んだ経験則。

 

 

 

 

 

 

アメリカを抜けるとメキシコへ。

西の半島部、バハ・カリフォルニアから入る予定です。

 

 

 

背の高いサボテンがいくつも生える

荒涼とした景色を進みます。

やっぱり自転車旅は

人の少ないところを行くのが魅力。

いっぱいパンクするんだろうな。

 

 

 

 

メキシコで旅の一区切り。前半戦終了といったトコでしょうか。

予算に限りがあることから、約1年を旅の期限としているので、

飛行機に乗り南米ペルーまで移動します。

 

 

 

 

 

 

 

 

後半戦はペルーの首都・リマからスタート。

南米大陸は世界を巡る旅の全行程におけるハイライトと捉えています。

 

 

 

海抜の低いリマから登っていくのは

太平洋に沿ってそびえるアンデス山脈。

標高3~4千mの場所に挑みます。

体力的に過酷な分、

最高の景色が拝めるはず。

 

 

 

マチュピチュ、ウユニ塩湖

など世界的に有名な絶景も眺めつつ

南へと進んでいきます。

標高数千mの大地に砂漠があり

時には自転車を押しながら

やっと進めるような場所もあります。

 

 

 

大陸南部・パタゴニア

と呼ばれる地域を進んでゆき、

目指すのは南の端に位置する

アルゼンチンの“ウシュアイア”。

世界の果てとも言われる

この町をゴール地とします。

 

 

 

 

 

 

ざっとですが、こんな具合で

旅をしていこうと考えています。

アラスカやアンデス山脈など

寒さの厳しい地域は走れる時期が限られるため、

前回のユーラシア・アフリカよりもきっちりと旅程を守る必要があります。

 

とはいえ、

なんとなーくで走っていくのも旅の魅力ではあるので予定はあくまで予定。

気分次第で進む道を決めながら“良い感じ”で走ってまいります。

 

 

 

 

 

新たな旅立ち

2024.02.3

皆さん、大変お久し振りです。

 

ついにこのブログを更新するときがやってきました。

タイトルの通りですが、旅を再開します!

コロナ禍による“無期限の中止”を決断してから、実に3年半。

来る2024年4月、南北アメリカ大陸の旅へと出発します!!

 

 

 

何から書けばいいのかも分からないほど

紆余曲折のあった、帰国からのこの4年間あまり。

これからの南北アメリカ旅の詳細は次回にまとめるとして、

今回は、「中断から旅の再開」への顛末をつづってみようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

さかのぼること4年前の2020年冬。

アフリカから帰国して間もなく、次なる旅の資金を調達するため

神奈川県の温泉旅館で働き始めました。

しかし、ほんの一カ月ばかり働いたところでコロナが蔓延。

旅館の営業停止とともに当然仕事は無くなってしまいました。

(でもね、ここで今の“アモーレ”と出会うんです。いひひ…。)

 

 

 

国境はどんどん閉じていき、

予定していた南北アメリカ旅は中止に。

そこで、

じっと何もしないわけにはいかず、

旅を全て終えてから書くつもりでいた

旅行記に手を付けることにしました。

 

 

 

 

ネットを検索すると、ちょうど某出版社が開催する旅行記のコンテストを発見。

2か月後の締め切りに間に合うよう、すぐさま執筆開始。

旅の記憶をたぐりよせつつ、せっせせっせと書き進めました。

 

そして、締め切りぎりぎりに完成した作品を提出してから3カ月ほど。

結果は、残念ながら受賞ならず。

ただ、200あまりの応募作品の中から

最終選考6作品まで残っていたことがわかりました。

 

 

 

「むむむ…。

これは日の目を見るべき作品なのでは!」

なんてポジティブな勘違いをした僕は

別の出版社に作品を持ち込むことに。

すると、興味を持ってくださったのが

「みらいパブリッシング」さん。

 

 

 

 

無事契約を交わし、書籍の製作開始。

そして編集・デザイン・校閲など

着々とプロセスを経た後、

2022年4月

『二輪一会 二度と出会えない人』

が出版されました!

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで書くと、我ながらトントン拍子ですが

心中は意外と複雑なものでした。

“目標だった旅行記出版は叶ったものの、世界一周は走り切れていない”。

とはいえ、すぐに旅の再出発を考えられる状況でもない。

 

ちなみにこれらの期間は、一時的なアルバイトで食いつないでいました。

国際的な通販サイトの倉庫で働いたり、

国際的なハンバーガーショップの配達員をしたり。

はたまた、チョコレート工場でチョコを流す仕事をしたり、

コンベアの上に延々と10cmほどの木の棒を置く仕事をしたり。

 

この状況下、経済的な不安定さや重ねていく年齢もあり、

旅を半ばあきらめていたんです。

「はぁ、どこかに勤めて“普通”の生活しよかな」って。

 

そんな時、「もう一度旅に出よう」と

くすぶっていたものがまた燃え始めたのは、

出版を機に恵まれた沢山の人との出会いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

出版直後に実施したのが、

地元・広島県での写真展や公民館などでのトークイベント。

さらに小学校での特別授業です。

旅に区切りをつける意味でも

多くの人の前でお話しさせてもらいましたが、

そうした場では心を動かされる言葉をたくさん貰いました。

 

 

 

リタイアされた年代の方々からは、

「話を聞くだけで元気が出るよ」

「若い時に君みたいに挑戦しておけば…」

「私の分まで旅をして

たっぷりと世界を見てきて欲しい」

などなど。

 

 

 

 

そして未来ある小中学生たちは、

「何でもやっていいんだと思いました」

「こんな大人がいることが嬉しいです」

「世界一周の旅これからも応援しています」

なんて言ってくれました。

 

 

 

 

お金のこと、年齢のこと、将来のこと。

諸々の現実問題ばっかりを考えがちだった頭を

ぱっかーん、と叩き割られたようでした。

「あぁ、まだ旅やっていいんだ。」

 

 

 

ということで、南北アメリカ大陸を走ってきます。

出発は2カ月後の4月初旬。

またあの興奮に満ちた旅の日々がはじまるんだと

ワクワクしながら準備をすすめています。

 

また、出発前には地元の広島でお話の場を頂戴しているので

ちょこちょこ人前に立ちます。

それでは、またこれからもブログをのぞいてみてくださいね!

 

計画の変更について

2020.07.18

 

 

日本に戻ってから、

あっという間に7ヵ月が経ちました。

 

標高2,000mの山中や40℃を越える砂漠を旅していたのが

自分でも信じられないほど、

日本でのほのぼのとした日常に溶け込んでいる

今日この頃でございます。

 

 

さてさて、

日本のみならず世界全体を大きく揺るがすほどの災厄

「新型コロナウイルス(Covid-19)」が蔓延する今。

現代に暮らす全ての人に少なからぬ影響を及ぼすこのウイルスによって、

旅の計画も大きな変更をせざるを得なくなってしまいました。

 

世界を取り巻くこの状況を考慮した結果、

9月に出発を予定していたアメリカ大陸の旅を

「無期限の延期」とすることに決定しました。

 

 

 

日本国内でも終息の兆しが見られず、

アメリカ大陸においては感染が拡大していくばかり。

コロナ鎮静の鍵となるワクチンが完成し

世界中に行き届くまでの目途が立たない中で、

海外への自由旅行が可能になるのは1年先か、2年先か…。

 

旅が再開できる日を待ちながら過ごすことも考えましたが、

あちこちと落ち着きなく駆け回る旅人としての性分が

骨の髄まで染みついてしまったからなのか、

やっぱりじっと待ってなんかいられません。

日本にいながら、新しい目標に向かって動きだします!

 

旅の途中からぼんやり思い描いていたこの目標には

時間もお金もかかります。

多くの人に会ったり、知識を蓄えたり、

やるべきことは山ほどあります。

それでも長い旅への一歩を踏み出すようで

今はとてもワクワクしています。

 

 

 

とはいいつつも、

自転車旅への思いが消え去ったわけではありません。

これまでの旅の写真を見ていると

「はぁ、旅に出たいわ」と思ってしまうし、

北米のアラスカや南米のパタゴニアの絶景への憧れは

今でも持ち続けています。

何より「自転車世界一周の旅」をうたっている以上、

このまま終わらせるわけにはいきません。

 

いつになるかは分かりませんが、

いつの日か必ず南北アメリカ大陸の旅を再開し、

世界一周を実現して見せます。

 

これからはずっと旅の途中ということで

このブログも残しておこうと思います。

 

それでは、いつの日か再びお会いするまで!

 

 

 

 

 

久しぶりの日本

2020.01.13

南アフリカ・ケープタウンを出発し、

18時間のフライトの果てに

ついに日本に到着しました。

 

573日間かけて走った距離も飛行機に乗ればたったの1日。

地球は大きいのか、小さいのか…。

 

 

 

1年7か月ぶりに目にする日本の大地。

(写真は九州上空)

 

まだ旅が終わったわけではないけれど、

ひとまず戻ってくることができてひと安心です。

 

 

飛行機ってあまり乗りなれないので

乗り換えなど色々と不安ごとが多いのですが、

問題なく関西国際空港に降り立つことができました。

 

ただケープタウンで預けたはずの自転車は

そうはいかなかったみたいで、

待てど暮らせど運ばれてきません。

 

係のお姉さんに尋ねると

どうやら香港での乗り換えの際に置き忘れられたとのこと。

まあ、海外でのトラブルに比べると大した問題じゃありません。

(後日、自宅に届きました!)

 

 

 

 

 

 

 

 

広島の自宅に戻ってからは、

出発前の準備段階から

お世話になっていた方々へのご挨拶なんかもしつつ

のんびりと過ごしていると、

あっという間に年は明け2020年を迎えました。

 

 

 

世界各地の料理を口にしてきましたが

やはり1番美味しいのは日本の料理。

時期的なこともあり

豪華なご馳走にありつく機会が多く

質素な食事が続いていたお腹が

ビックリしております。

 

 

 

久しぶりに帰ってきた日本。

モノやサービスに満たされた豊かな母国に

感動の連続かと思いきや、

新鮮さなどほとんど感じることもなく

出発前日にタイムスリップしたかのように

あっという間に日本の生活に慣れていました。

 

おそらく次々と経験する異文化体験が蓄積され

環境適応能力があまりにもつきすぎてしまったのかなと思います。

「あぁ、はいはい次の国ね」って感じで。

 

 

 

旅の途中ではあれだけ

パシャパシャ撮ってた写真も、

帰国してからはおせち料理以外

何も撮ってません。

日本に戻ったとたん

旅人スイッチはオフです。

 

 

 

 

 

現在は、

ビザの手配をしたり装備品の手入れをしたり

再出発に向けての準備をのんびりしています。

(新たにご支援いただく企業様も決定しました!)

 

 

これからは予算拡充のためにアルバイトをしながら、

アメリカ大陸の旅がより良いものになるよう勉強もしながら、

日本での日々を過ごしていきます。

 

 

再出発の9月頃までこのブログもお休みとなりますが、

世界をめぐる旅の後半戦ももっと面白いものになるはずですので

ぜひぜひご期待くださいませ。

 

それでは、また!

 

 

 

バイバイアフリカ、最後の日々

2019.12.30

【579日目 25,562km】

 

ついに6カ月におよぶ

アフリカ旅を終えることができました。

 

ここから日本に帰るわけですが、

フライトまで6日間あるので

帰国準備とケープタウンの観光を楽しむことにします。

 

 

 

滞在していたのはケープタウン中心部の外れ

「モウブレイ」という地区にあるゲストハウス。

旅の終わりはちょっと贅沢しようと

1泊¥4,000の所を選んじゃいました。

いいんです、頑張ったんだから。

 

 

 

宿というよりも、

自室に簡単なキッチンも付いている

アパートメントのような所。

快適だけど、もう田舎の小さな村で

テントを張ることもないんだと

少し寂しい気持ちになります。

 

 

 

フライト前の儀式といえば

自転車解体、そして箱詰め。

近くの自転車屋さんで

段ボールをもらうことができました。

セネガル以来2回目なので

あっという間に作業は完了。

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車の梱包がすんでしまえば

いよいよ観光に繰り出します。

まず向かったのは

ケープタウンのトレードマークでもある

「テーブルマウンテン」。

 

 

 

テーブル状の真っ平らな頂上部分は

高さ1,000m。

歩いて登ることもできるのですが

疲労もたまってるので

ここはケーブルカーを利用。

 

 

 

 

実はこのケーブルカーも名物で、

面白いのが

床の円盤がゆっくりと1周回ること。

頂上へと上昇しながら

360°の景色が見渡せるというのは

世界的にもかなり珍しいそう。

 

 

 

5分ほどの空の旅を終えると

あっという間に頂上へ。

12月のケープタウンは

半袖ですごせるほど快適ですが、

ここは山の上とあって

かなり寒い。

 

 

 

3kmにわたって

平らなテーブル部分が広がる山頂。

遊歩道が敷いてあり

景色を眺めながら

のんびり散策することができます。

 

 

 

 

 

地層の研究により

6億年以上前に誕生したとされる

このテーブルマウンテン。

その歴史はヒマラヤ山脈より古く

地球最古の山だという説もあります。

 

 

 

 

 

 

 

西のほうを見下ろすと、

ビルと住宅が並ぶケープタウンの街に

左側には切り立った岩山・ライオンズヘッド、

さらにどこまでも続く大西洋と

かつてネルソン・マンデラ大統領が収監されたロベン島

などを一望することができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

明くる日は少し離れた場所にお出かけ。

移動手段は地元の人も多く利用するこちらの電車。

 

旅行者がトラブルに巻き込まれることも

少なくないとのことですが、

昼間のうちなら大丈夫だろうと乗ってみることに。

 

 

 

1時間ほどかけ半島の東側へ。

郊外に差し掛かり乗客も減ると

車窓をながれていく

海辺の景色を楽しむことができました。

そういえばアフリカで電車に乗るのは

初めてだ。

 

 

 

 

 

 

やってきたのはケープタウンの南東に位置する港町

「サイモンズタウン」。

スッキリしたヨーロッパのような景観が印象的です。

 

 

 

さっそく食べたのは

イギリス文化圏ではおなじみ

フィッシュ&チップス。

この料理ってどこで食べても

対して味に違いはないんだけど

ここのは割と美味しかったです。

 

 

 

さらに町から

3km離れた海辺にやってきました。

わざわざ電車に乗ってきたのも

この白い砂浜

「ボルダーズビーチ」

にやってくるため。

 

 

 

 

 

 

波打ち際へやってくると姿を現してくれたのは

ケープタウン名物「ケープペンギン」!

実は彼らに会えることをすごく楽しみにしてました。

 

 

 

アフリカ大陸南沿岸部に生息する

ケープペンギン。

40年前に沖合の島からやってきた

1組のカップルがこの浜辺に居つき

今ではアフリカ有数の

ペンギン繁殖地になったのだとか。

 

 

 

海水浴客も多く訪れる

このボルダーズビーチ。

人間の生活圏であり

さらに温暖な地域で

野生のペンギンが見られるのは

世界でもここだけだそうです。

 

 

 

 

保護対象の彼らに触れることは

禁止されていますが

撮影しようと近づくと

左腕を噛まれちゃいました。

ペンギン好きなだけに、ショック…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカ最後の街ケープタウンでの滞在を

より思い出深いものにしてくれたのは“ウッドさん一家”。

 

到着4日前のキャンプ場でたまたま隣同士にテントを張っており

「ケープタウン着いたら一緒にご飯いこうよ」と

お誘いいただいてたんです。

 

 

 

郊外の有名なレストランでランチ。

こないだも食べたタラのフライですが

これはかなり美味しかった。

人にごちそうしてもらうときは

いつもの倍美味しくなります。

卑しい人間なので…。

 

 

 

店内から向こうに見えるのは

登ったばかりのテーブルマウンテン。

滞在中の6日間で

終日快晴ということはほとんどなく

残念ながら、見上げた時はいつも

雲をかぶってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづくこの日はテーブルマウンテンに次ぐ

ケープタウンの観光名所「ライオンズヘッド」。

ウッド家の息子・クレイグさんに連れてきてもらいました。

 

大航海時代にこの地に流れ着いた

オランダの船乗りたちが

「山のカタチがまるでライオンのようだ」と

名付けたそう。

どこがライオンなのか、

僕にはよくわからなかったです。

 

 

 

頂上付近からはテーブルマウンテンが

すごく綺麗によく見えました。

海のすぐそばなのに

これだけの山が

そびえたっている光景は

かなり独特です。

 

 

 

 

 

 

わずか45分の登山を終えて頂上へ!

後半はかなりロッククライミングの様相を呈してましたが

待っていたのは街を見下ろす絶景。

テーブルマウンテンよりも街を間近で見ることができます。

 

 

 

こちらは2010年の

ワールドカップの際に建設された

スタジアム。

本田△(ほんださんかっけー)

が流行った時です。

 

 

 

 

頂上で見つけたのは「ハイラックス」

というげっ歯目の生き物。

かわいいんだけど、

なんでわざわざ

こんな高いところを選んで

暮らしてるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでのんびりしながら、

疲れを癒しつつ

これまでの旅を振り返りつつ

6日間を過ごし

ついに出国の日がやってきました。

 

 

 

出発の朝はウッドさん一家が

空港まで見送りに来てくれることに。

荷物が多くタクシーを手配するとなると

一苦労なので本当に助かります。

1週間ほど前に

たまたま知り合ったばかりなのに…。

 

 

 

 

 

 

そしてついにアフリカを発ち、

日本へ戻る時が来ました。

 

 

日本から東シナ海を渡り中国に上陸した時、

ジブラルタル海峡を越えアフリカ大陸に足を踏み入れた時、

旅のはじまりはいつも“不安と恐怖”ばかりで

楽しい出来事なんて想像する余裕すらありません。

 

しかしその道のりで待っていたのは、

温かい手を差し伸べてくれ

心から歓迎してくれるたくさんの人達。

 

ハグをして別れた後には、

また新しい誰かと出会い握手をする。

そんなことを幾度となく繰り返すうちに

気が付けばこんなところまで来ることができました。

 

 

 

“なぜ長い時間をかけ

こんなにも遠い場所まで

旅をすることができたのか?”

 

空港で撮影したアフリカ大陸最後のこの1枚の写真が

ひとつの答えを提示してくれているような気がします。

 

 

 

未知なる出会いに満たされた旅の日々は

ここでひと休み。

日本でからだを休め、気持ちを整えたら

続く南北アメリカ大陸をめぐる旅が

より良いものになりますように。

 

てことで、日本に帰ります!

 

 

 

アフリカ大陸完走!

2019.12.28

【573日目 25,562km】

 

キャンプ場を後にすると

いよいよアフリカ旅・最後の地へと向かって

走り始めます。

 

ゴールまではあと2日。

思い焦がれた最後の景色が近づいていても

意外と気持ちは冷静。

最後まで気を抜かず安全に。

 

 

 

南アフリカ共和国のみならず

アフリカ大陸を代表する国際都市・ケープタウン。

きれいに整えられた幹線道路を

中心に向けて進むにつれて車が増えていきます。

 

 

 

街の郊外から

向こう側にうっすらと見え始めたのは

“テーブルマウンテン”。

名前の通りテーブルのように

まっ平らな頂上部分が

はっきり見て取れます。

 

 

 

そして市街地へ。

アフリカのほかの国とは違い

走っているのは

新しい日本車や欧州車。

横すれすれを追い抜かれながら

ゆっくり進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

目指す喜望峰は街から60km。

観光は後でのんびりするとして、

中心部の混雑を避け

街を南へ抜けていくことにします。

 

 

 

 

 

ケープタウンから突き出た半島部は

ゴツゴツとした岩肌が

存在感を現すかなりの山岳地帯。

右へ左へと曲がりながら

道はすすんでいます。

 

 

 

 

やがて半島東側の海沿いへ。

スピードに乗った時の

吹き抜ける風が気持ちいい。

日本でいうと

湘南ってたぶんこんな場所、

行ったことないけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は「フィッシュフック」という

海辺の町のキャンプ場で1泊。

いよいよ明日はアフリカ走行の最終日。

 

 

 

まだ走り切ってないけど

ご褒美のステーキ。

この旅を通じて、

焼き加減の好みが

レアからミディアムに変わりました。

肉の旨味がよく分かる、…気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、いよいよ最後の地へ」と張り切って

目を覚ました翌朝。

見上げるとぎゅうぎゅうに綿をつめたような厚い雲。

ゴールの瞬間は晴れていてほしいのに…。

 

ただ、“1日のうちに4つの季節が訪れる”といわれるほど

気まぐれな天気で知られるケープタウン。

好転してくれることを祈りつつペダルを踏みだします。

 

 

 

進み始めるとそこは濡れた道路。

さっきまで雨が降っていたようです。

しかし西のほうには微かな晴れ間。

なんとかもってほしいけど…。

 

 

 

 

 

町を抜け半島を

まっすぐ南へ降りる道路に合流したとき

強い風とともに灰色の雲が

流れはじめました。

太陽が最後の瞬間を

見守ってくれますように!

 

 

 

波が豪快に打ち付ける

半島西側の海岸線。

いよいよ大陸最果ての場所という

雰囲気が漂ってきました。

起伏は激しいけど

勢いをなくさず前へ進む。

 

 

 

どこまでも青い大西洋。

風が強いこともあり

この日の波は高い。

モロッコから眺めてきた

この大海とももうすぐお別れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、岬までおよそ15kmというところで

国立公園の入り口に到着。

 

外国人入場料は¥2,500と高め。

そしてなぜか、サイクリストは

一般の人よりも¥50上乗せ。

なぜだ?

 

 

 

「あんた、日本から

ずっと漕いできたの!?」

と驚いてくれた係のお姉ちゃんが

現地人価格の¥560に

まけてくれました。

今日は良い日だ。

 

 

 

所々に雲はかかってるけど

かなり青空が広がってきました。

心配してたゴール時の天気も

なんとかなりそう。

運が良くて良い風が吹いてるときって

色んなことが上手くいきますよね。

 

 

 

すると突然、道路上に

野生のダチョウ。

何度も見てきたけれど

こんなとこにもいるとは…。

アフリカは

最後までアフリカです。

 

 

 

うねりながら続く1本の道を走ると

やがて海際へと降りてきました。

そして曲がりくねった崖の向こうには

少し高い岩山が見える。

ついに、

その時が近づいてきたようです…

 

 

 

しばらく進んだところ、

あたりには

多くの車と観光客の方々。

どうやらここが目指してきた

アフリカ最後の場所。

胸がドキドキ高鳴ります…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに立っていたのは

“Cape of Good Hope”と書かれた木の看板。

 

ついに、南アフリカ・喜望峰に到着!

アフリカ旅終了の瞬間です!!

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカ大陸に上陸してから

およそ6カ月、距離にして1万km。

 

さらにこの旅の始まり中国・上海から数えて、

 

掛かった日数:573日

走った距離:25,562km

訪れた国:30ヵ国

起こした事故(単独):2回

病院に行った回数:1回

 

そして数字では計り知れないほどの

素晴らしい風景、忘れられない出会いに彩られた長い旅でした。

 

まさか自分がこの道のりを進んでこられるなんて

十分な自信もありませんでしたが、

それも多くの方の温かな助けが得られたからこそ。

旅を支えてくれた方、すべての人に感謝です。

 

 

 

 

 

さて、

当初の予定ではこのまま南米大陸へと渡るつもりだったのですが

大きく計画を変更する運びとなりました。

 

季節の都合上、

余裕がなくなりつつあった旅のスケジュールなのですが

今後訪問予定国のビザ申請に

予想以上に時間がかかってしまうという事実が判明し、

このままでは5,000mのアンデス山脈で

真冬をむかえてしまうことが必至であるため

一度、日本に帰国することにしました。

 

日本で心身ともにリフレッシュし、

ボロボロになった旅の道具の見直しもして

万全の態勢でアメリカ大陸の旅へと臨んでまいります。

(2020年9月、再出発予定)

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで

世界一周の旅・前半戦は

ここ喜望峰で終了。

居合わせた方々からも激励の言葉を頂き

素晴らしいゴールとなりました。

この景色は一生忘れられない。

 

 

 

岬の高台からの風景。

喜望峰はアフリカ大陸の

最南端ではなく“最南西端”。

東のインド洋、西の大西洋を分ける

場所でもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大航海時代のポルトガルが発見し

インド航路の確立・貿易拡大の足掛かりとして

まさに国の発展への希望の光を見いだしたのが

ここ、“喜望峰”。

 

人類史の標石の一つともいえるこの岬が、

僕の旅にとっても大きな意味を持つ

特別な場所になったような気がします。

 

 

“ここまで何とかたどり着くことができた”

という事実を自信に変え、

長い旅の一つの区切りをむかえたいと思います。

 

 

 

アフリカ大陸ラストスパート

2019.12.25

【571日目 25,434km】

 

南アフリカ最初の街・スプリングボックでひと休みしたら

一気にアフリカ大陸最後の地へとアプローチしていきます。

 

 

 

荒野のアップダウンがひたすら続く

南アフリカの北部。

アフリカ旅のゴールまで休みなく走れば1週間ほど。

はやる気持ちからか足にたまる疲れももはや気になりません。

 

 

 


途中で出会ったのはスウェーデンの3人組サイクリスト。

喜望峰から北上して走っているそう。

 

 

 

驚いたのは

こちらのカップルが乗っていた

2人乗り用のタンデムバイク。

これに乗って夫婦で旅をされる方も

いると聞いてましたが

見るのは初めて。楽しそう。

 

 

 

心配していた向かい風も

意外に穏やかで

予想以上にスムーズに進んでいきます。

気温もナミビアに比べて

かなり落ち着いてきました。

30℃くらいかな。

 

 

 

70kmを走って

「カミエスクルーン」の町に到着。

平日なのに商店も開いていない

とても小さな町です。

 

 

 

 

 

すぐに見つけたキャンプ場に

チェックイン。

ナミビア以降はかなりの数の

キャンプ場があります。

利用者はヨーロッパからの

観光客がほとんど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


スプリングボック出発2日目。

ここしばらく天気が安定してて安心。

南アフリカの天候は不安定と聞いてましたが

せめてアフリカ大陸ゴールの瞬間は晴天に迎えられたいです。

 

 

 

キャンプ場の人曰く

この日の行程は平坦とのことでしたが

やっぱりかなりのアップダウン。

車で移動する人と

自転車を漕ぐ人間の目線は絶対に違う。

 

 

 


ひとつひとつの坂が

まぁ大きいこと。

傾斜が急ではないとはいえ

これが続くと

かなり疲れが溜まってしまいます。

 

 

 


ところどころに現れる

休憩所の東屋でひと休み。

町と町の区間が広く

冷たい飲み物も補給できません。

 

 

 

 


120kmを走って

「ビターファウンテン」に到着。

前日に引き続いて

予想よりもずっと小さな町でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事前に調べていた宿へ。

観光地でもないこのあたり、

旅行者少ないだろうけど経営できてるのだろうか。

 

 


シングルルームの部屋が

なんと¥1,500。

アフリカ南部でこの値段は

破格といってもいいくらい。

屋根の下、ベッドで寝られるって

本当に幸せなことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


スプリングボック出発3日目。

ケープタウンまで400km足らず。

少しずつ距離が近づいてまいりました。

 

 


幹線道路を真っすぐ進む予定でしたが

「海側を走らないと面白くないぞ」と

複数の人に言われたので

道をそれて海側へ。

久しぶりに未舗装路が待っていました。

 

 

 


砂がそこまで深くはないので

ナミビアに比べてかなりスムーズに

進むことができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未舗装路を走り終わってしばらく走った

ところにある「ルッツヴィル」という町。

少し早いけど次の町が遠いようなので

ここに泊まることに。

 

 

 

キャンプ場もないこの町で

1番安い宿は¥3,000。

高いけどもうすぐアフリカ終わりだし

奮発することに。

こないだも高めのホテル泊ったのに

これは絶対散財しすぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スプリングボック出発4日目。

まずは海に向かって西側に走り始めます。

 

 


町を抜けると

すぐに何もない荒野に。

ただ幹線道路をそれてから

起伏がほとんどなくなりました。

青空の下

平坦な道を気持ちよく進みます。

 

 


そして海岸線に到着。

およそ半年前に西サハラを走って以来、

久しぶりに大西洋を拝みます。

海沿いを走るのは気分爽快。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにすすむと漁師町があり、

レストランがたくさん並んでました。

新鮮な魚介類を堪能することに。

 

 


頼んだのは“メルルーサ”という

タラの仲間。

衣の中の白身をかじると

ホロホロと柔らかい絶品でした。

日本人なのでやっぱり

魚が落ち着く。

 

 

 

 

 

 

 


午後からは未舗装路。

ケープタウンへ一直線に続く鉄道の線路が敷かれているのですが

すぐ横に整備車両が通るための道がずっと続いてるんです。

 

 


線路沿いなのでひたすら真っすぐ。

砂地でスピードは出ないけど

交通量もほとんどなく

非常に快適に走れました。

 

 

 

 


80kmを走ったこの日は

「ランバーツベイ」に到着。

キャンプ場なのに¥1,500。

南アフリカの宿泊施設

高いのか安いのか

イマイチ分かりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スプリングボック出発5日目。

ひたすら走るばかりの日々が続いております。

 

 


この日も進んでいくのは

線路沿いの未舗装路。

相変わらず車の量も少なく

のんびり穏やかな気分で走ります。

 

 

 

 


鉱石を運ぶ貨物列車。

百を優に超える無数の車両。

踏切を10分待っても

なかなか渡ることができませんでした。

 

 

 

 


やがて道は海のそばへ。

大西洋の色を反射するからだろうか

空はいつもよりもさらに

深く濃い青を見せてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

100kmを走って「クイフコップ」に到着。

この日もキャンプ場です。

 

 


目の前には穏やかに流れる川。

宿泊客も少なく

野鳥が水面を静かに泳ぐ

川辺の夕暮れ。

アフリカ大陸終盤は刺激も少なく

非常にのんびりとした毎日です。

 

 


夕食後にはハマり続けている

牛肉のビルトン(ジャーキー)。

最近食べまくってるから

塩分取りすぎな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


スプリングボック出発6日目。

この日からは再びアスファルトの舗装された道。

 

 


道はきれいだし

幅も広くて最高なのに

残念ながら向かい風。

なかなかスピードには乗れません。

 

 

 

 


といいつつも

ケープタウンまでは残り90km。

不安だらけで始まった

アフリカ大陸の旅も

終わりの時がすぐそこに来ています。

 

 

 


このまま海岸線をまっすぐすすめば

翌日には南端の町・ケープタウンが、

そしてその先にゴールである

喜望峰が待ち構えています。

鼓動が高まる…。

 

 

 

 

 

 


100km近く走り「ハンツェクラル」という町に到着。

海のすぐそばのキャンプ場にチェックイン。

青々とした芝生は

寝るとき最高に気持ちいいんです。

 

 


隣に泊っていた“ピーターさん”が

自転車に興味を持ってくれて

そのまま食事を頂くことに。

近くで取れたという魚のフライが

本当に美味しかった。

 

 

 


さらに気持ちよく目覚めた翌朝は

朝食までごちそうに。

アフリカ旅の終わりの瞬間まで

気を抜くことがないようにと

激励の言葉と温かい紅茶を頂きました。

 

 

 

 

 

 

ピーターさんとお孫さんと一緒に。

 

彼らの優しいまなざしに見送られたら

いよいよ最後の地へと向かい走り始めます!

 

 

 

 

30ヵ国目・南アフリカ

2019.12.16

【565日目 24,948km】

 

風に大苦戦しながらもフィッシュリバーキャニオンに到達。

圧倒的な大自然を味わったら

あとはナミビアを抜け出るだけです。

 

 

 

120kmの長距離を走る予定だったこの日。

 

早起きして荷物をまとめ、

WiFi電波のある売店で朝食をしている15分ほどの間に

悲劇は起こっていました。

 

パンを食べ終わり荷物の所へ戻ると、

綺麗にまとめていたはずのバッグは写真の通り散乱。

中身もあたりにバラまかれ何が起こったのか意味が分かりませんでした。

 

 

すると10mほど離れたところから

「キキッ!」という鳴き声、

バブーン(ヒヒ)です。

 

 

 

リュックに詰め込んだテントも

引きずり出され収納袋がズタズタに。

せめて食べ物だけ

持ってってくれればいいのに…。

もう、ヒドい…。

 

 

 

 

前日のジャッカルによる食料盗難に続く“獣害”。

もう食べ物持ってないのに、さらに攻めてくるなんて。

「これ以上あたしから何を奪っていくの…」

とハンカチを噛みしめながら涙しても誰も慰めてくれないので

早く出発することにします。

アフリカで旅をするとはこういうこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は120km先の国境付近の

町まで移動する予定。

間に村や集落はなく水も補給できないはず。

食料は全部ヤツらに奪われているので

どこかで野宿とはいきません。

 

意気込んで走り出すけれど

ここに来るまで吹いていた強烈な向かい風が今日も吹くとなれば

当然到着は不可能となります。

 

 

 

すると出発10分でパンク。

道が悪いのもあるだろうけど

もうタイヤも相当傷んできてるはず。

アフリカを走り終わるまで

もうちょっと頑張ってくれ。

 

 

 

 

 

そして残念ながらこの日も

ものすごい向かい風でした。

1時間で10kmも進むことはできず

朝の時点で、この日の到着は

困難となる見込みです。

誰かに乗せてもらうしかないのか…。

 

 

 

車はほとんど通らないので

自力で進めるところまでは進もうと

昼までの5時間で進んだのが

わずか30kmあまり。

日が沈むまでに

着けるはずもありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

わずかに残っていた最後のパンをかじりながら休んでいるところを

通りがかったのはドイツ人家族“ヨハンさん一家”。

 

「ふらふらとタイヤ痕が続いてると思ったら君か!

俺たちになにかしてやれることはあるかい?」

 

先日の砂漠で助けてもらったばかりなのに

またしても人のご恩にすがり先へと進むことに。

 

 

感謝の念を抱きつつも、

他人の助けがないと前に進むことができなかったナミビア旅において

情報収集と事前準備の甘さを深く反省しながら車に揺られました。

 

でも、

動物に食料持ってかれるなんて想像もして無かったんだもの…。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方に着いたのは

70kmほど離れた国境付近の

キャンプ場。

ヨハンさん一家と一緒に

テントを張らせていただくことに。

 

 

 

 

横には国境である“オレンジ川”。

これまで砂漠の景色ばかりだったので

涼しげに流れる水に

疲れた心が癒されます。

自然の厳しさに翻弄されたナミビアの旅も

この日で終わり。

 

 

 

夜はドイツ式バーベキュー。

ただ肉を並べて焼くだけでなく

マッシュルームやらポテトやらの

ひと手間加わった小洒落た料理が

コースのように次々出てきます。

 

 

 

人類史を代表する狩猟民族の末裔である

ドイツ人の皆さんとあって

肉料理はお手のもの。

いつも1人だけど

やっぱりみんなでワイワイ過ごす夜が

楽しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、ヨハンさん一家とはお別れ。

自転車を車に乗せていただく時はものすごい葛藤があるのですが、

楽しい時間を共に過ごせば

どんな形であれ出会えたことに感謝せずに入られません。

本当にありがとうございました。

 

 

 

キャンプ場から

国境までは10kmほど。

思いもよらぬことが多かった

ナミビアの道中ですが、

とりあえず元気な状態で

出国することはできそうです。

 

 

 

財布にものすごい数の

コインが余っていたので

出国前に“ビルトン(ジャーキー)”

を購入。

これを3日かけて食べようと思ったけど

結果的に1日で食べ切ってしまいました。

 

 

 

そして国境へ到着。

両国をつなぐ主要道なので

大渋滞かと思いきや

かなり閑散としています。

物流のトラックばかり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってきた30ヵ国目は「南アフリカ共和国」。

 

アフリカ大陸の南端に位置する国で、

ついこないだ日本で行われたラグビーワールドカップで

優勝したことで国中が沸いたであろう南アフリカ。

(僕は1試合も見てないのでルールも未だにわかりません。

日本でも相当盛り上がったみたいですね。)

 

いよいよアフリカ旅もここで最後。

無事にここまでたどり着けるとは思いもしませんでした。

気を引き締めてゴールの地・喜望峰を目指します。

 

 

 

向かう「ケープタウン」までは700km足らず。

向かい風が気になるけど

焦らず着実に進んでいこう。

 

 

 

入国直後はとにかく上り坂。

勾配は決して急ではないけれど

数十kmに渡って

平坦になることがないので

ずっと上りっぱなし。

標高を1,000m近くもあげます。

 

 

 

夕方ごろにやっと平坦になってきました。

風はいろいろな方向から吹くので

今後はナミビアのように

ずっと向かい風ということがないように

お願いしたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南アフリカ初日は荒野の真ん中「ステインコフ」に到着。

思ったよりもずっと小さな町でした。

 

 

 

事前にチェックしていた宿へ。

なんと¥1,000ちょっとで

ベッドとご飯がついてます!

キャンプ続きのアフリカ旅とも

お別れの時が近づいてるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明くる日もさらに南へ向かいます。

とにかく上るか下るかばかり。

道は整ってるし交通量もそんなに多くはないけど

やっぱり疲れます。

 

 

 

南アフリカってだけで

発展したイメージがありましたけど、

もちろんそれは一部の都市だけで

おそらく大概はだだっ広い荒野が

続いているみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして出発から70km、昼頃に着いたのは

最初の比較的大きな街「スプリングボック」。

車も多く割とにぎわってる様子です。

 

 

キャンプ場という選択肢もあったけど

ナミビアの疲れを癒したい気持ちもあり

¥3,000弱のホテルへ。

アフリカの終わりが見えて

確実に財布のヒモがゆるんでます。

 

 

 

喜望峰へのラストスパートに備えて

ここでひと休み。

体調を万全にしたら、

大陸の終わりへ向け

一気に距離を縮めていきます。

 

 

 

絶景フィッシュリバーキャニオン

2019.12.14

【561日目 24,771km】

 

砂漠地帯の走行をあきらめ、

親切なホテルオーナーの二人のお陰で

舗装されたメインロードに復帰。

 

ここから南を目指しますが、

少し西へ寄り道して

砂漠に続くもうひとつの見所である

“フィッシュリバーキャニオン”に向かっていきます。

また少し、未舗装路があるのが気になるけど…。

 

 

 

1週間振りのアスファルト。

心地良くスイスイ進んでいきます。

自転車って押すものじゃなくて、

やっぱり漕ぐものですよね。

もう楽しくてしかたない。

 

 

 

しかもこの日は嬉しい追い風。

かなり強く吹いてくれるので

平らな道をどんどん進んでいきます。

事故の時に速度計壊れたので

もうスピード計れませんが…。

 

 

 

 

ただ砂漠を離れたぶん

景色は本当に退屈。

まわりに何もない平原が

延々と続いていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追い風の力でとても順調に150km走ったこの日は

“チェズ”という小さな村に到着。

野宿のつもりだったけどキャンプ場があったので

泊まることに。

 

 

 

一度テントを張ったけど、

風は強いしやたら暑いしで

結局ブランケットのうえで寝ました。

夏のナミビアまだまだ40℃の日が

続いております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリエンタル出発2日目。

この日から苦難の始まりでした。

昨日味方してくれた追い風が

この日は向かい風となって真っ正面から吹き付けてきます。

 

 

 

漕いでも漕いでもスピードが

まったく上がらない。

風を遮るものがなにもないから

とてつもない強風が

一瞬たりとも止むことなく吹き荒れました。

 

 

 

 

1時間で10kmは進んだでしょうか、

平坦路でこのスピードは

ありえない遅さです。

速度計がないと走行距離も分かりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、お昼には着く予定だった80km先の

「ケートマンズフープ」に16時すぎにようやく到着。

山をいくつも越えたような疲労感です。

この日も暑いのでテント張らずに直寝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリエンタル出発3日目。

この日も前日と同じくひどい向かい風。

 

基本的に大陸の風は赤道の方へ吹くので

喜望峰へ向かって南下しているいま

向かい風を受け続けることになります。

だけど、時速10kmの遅さでは

いつまで経ってもつかないし、そもそも疲れる…、

 

 

 

フィッシュリバーキャニオンに向かうため

再びメインロードを外れてしまいます。

ということでここから未舗装路。

ナミブ砂漠に向かった時に比べると

かなり漕ぎやすいようですが。

 

 

 

 

道沿いに突然現れたレストランで

ランチのサンドウィッチ。

ナミビアは南部を中心に旅してますが

人があまり住んでおらず

ローカルフードを味わえていません。

 

 

 

 

午後からは風が一層強くなりました。

砂が浅くてせっかく漕ぎやすいのに

風に真正面から押されてしまうせいで

ほとんど進めない。

しかも昼過ぎは毎日40℃越えだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強風と日差しのせいで

のんびりと休憩を取ることもできないまま、

荒野のど真ん中にあるキャンプ場に到着。

 

 

 

景色は非常に穏やかなのですが

ゴーゴーと恐怖すら抱かせるような

風の音はいつまでたっても止みません。

テントをたてるのも

苦労しながらやっとという感じ。

 

 

 

 

ここ最近のマイブームが

アフリカ南部名物の“ビルトン”。

燻製肉なのですがこの日食べた

牛の仲間“クーズー”はかなり美味。

お酒飲めないので

コーラで晩酌してます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリエンタル出発4日目。

この日はなんと無風!

前日まで踏ん張りながら進んでいたのが嘘のよう。

 

(しかし、結果的にナミビア出国するまで

無風状態はこの日が最後となりました。)

 

 

 

ゆとりを持って漕ぐことで

やっと周囲の壮大な自然の素晴らしさに

目をやることができます。

風が強いと前に進むのがやっとで

まともに景色なんて見てられません。

 

 

 

分岐を西方面に向かうと

いよいよ

フィッシュリバーキャニオンが

近づいてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渓谷のある国立公園内のキャンプ場で

2泊するつもりだったのですが、

値段が高いそうなので

本日はキャニオンから20km離れた

公園外のキャンプ場に泊まることに。

 

翌朝、ここで悲劇が起こるとも知らずに…。

 

 

 

ディナーはウシの仲間

“スプリングボック”のステーキ。

値段は高いけど

一生食べる機会なさそうなので。

味はぼちぼちでした…。

オリックスのほうが美味しい。

 

 

 

キャンプ場の値段は¥1,800。

テント張るだけなのに

なんでここまで取られるのか。

観光地ってどこも

足元見てきますよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テントの中で目を覚ましたマリエンタル出発5日目。

いつも通り朝食のリンゴとパンと食べようと

食料用リュックに手にしようとした時でした。

 

 

「あれ?…ない。

食料を詰めたリュックがない!」

 

ここまで旅をして盗難・紛失にあっていないので

何が起こったのかすら分かりませんでした。

でもどこを探したってリュックはない!

 

 

「リュックが盗まれた!」

 

すぐさまキャンプ場のスタッフに報告すると、

「食べ物が入ってたんでしょ。それ絶対“ジャッカル”よ」

 

確かに、隣に置いてたパソコンとカメラは残ったまま

食料入りのリュックだけがなくなってました。

 

犯人はおそらく夜中に食べ物を探し徘徊する

イヌの仲間“ジャッカル”。

このあたり被害者続出だそうです。

 

嘆いてもリュックは帰ってこないし

メシ抜きで走ることはできないので、

やむなく朝食ビュッフェ¥1,200を食べました。

(高すぎる!!)

 

 

 

そして目的の

フィッシュリバーキャニオンまでは

あっという間。

1時間ちょっとで到着です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渓谷を見に行く前に

ますはキャンプ場にチェックイン。

¥3,000の高額とあって

他の観光客はほぼゼロ。

確かに自動車ならわざわざ泊まる必要もないと思います。

 

 

 

ナミブ砂漠にあったのもそうですが

ナミビアの政府が運営する

キャンプサイトで、

設備は大したことないのに高額。

ここ自体に魅力はないので

さっそく渓谷に向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてキャンプ場から10km離れたところに

悠然と広がるのは“フィッシュリバーキャニオン”。

 

展望台から見下ろすと、

アメリカ・グランドキャニオンに次ぐ

世界で2番目に大きな渓谷のスケールを感じることができます。

 

 

 

全長は160km、

最も深い箇所で高さ550m。

ナミビア最長の川・フィッシュリバーが

5億年もの年月をかけて

削り続けたこの渓谷は

まさに地球の芸術。

 

 

 

グランドキャニオンも見たことますが

流石にここまで大きいと

どちらがどうだなどと

比べることは無意味で

ただただ圧倒されるのみ。

 

 

 

 

アフリカの旅・終盤にして、

この大陸のみならず

地球を代表する素晴らしい自然遺産を

目前にできる

素敵な場所でした。

 

 

 

 

渓谷の絶景を味わい尽くしたら

いよいよナミビアともお別れ。

アフリカ最後の国が近づいてきました。

 

 

 

無念の砂漠リタイア

2019.12.11

【555日目 24,428km】

 

困難な道を乗り越え、ナミブ砂漠の絶景に出会えた翌日。

 

首都・ウイントフックを出発して5日間で

砂漠の洗礼を受け続けた体を癒すために

キャンプ場でもう1泊したかったのですが…

 

 

 

国立公園内のキャンプ場は

¥3,000を上回る高額なので連泊したくない。

ということでお昼前にチェックアウトして

公園外のキャンプ場を訪ねますが

付近の施設はすべて満員。

 

 

泊まる場所がないとなればもう走るしかありません。

最低限の食料を調達したら

予定変更で出発することに。

嫌がる体にムチを打ちます。

 

 

 

未舗装の道はまったく

走りやすくなる様子がありません。

自転車に乗ったり下りたりを繰り返し

牛の歩みで進んでいきます。

砂漠地帯を走り切るには10日以上

かかるけど、自信がなくなってきた。

 

 

 

次の補給地点は150kmほど先。

通りすがる車も減っていき

秘境感が増してきました。

この日の気温は43℃…。

暑い、暑い…。

 

 

 

深い砂と猛暑に加えて

非常に強い向かい風が止むことなく

吹き続けたこの日の午後、

結局6時間走って進んだ距離が

わずか30km。

景色は何も変わらない。

 

 

 

夕方、木の下に休憩所を発見し

ここでテントを張ることに。

あまりの風の強さに

火を起こすこともできず

パンだけかじって

眠りにつきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、砂漠突入7日目。

自然の猛威は夜明け前の4時頃から

その唸りを響かせていました。

 

台風かと思うほどの風がテントを揺らすなか

夜明けと同時に外をのぞくと

すさまじい砂嵐。

 

 

周囲に誰もいない辺境の地に鳴り響く轟音を耳にして

しばらくどうすればいいのかわからなくなり、

ただただ呆然としました。

 

 

 

ふと落ち着きを取り戻して

思ったのは、

「無事にこの場から逃げ出さねば」

ということ。

砂漠を走破できるかどうかなど

この時、頭からは消えていました。

 

 

 

飛ばされそうになるモノを必死に抑え

なんとか荷物をまとめました。

しばらく待っても誰も通らないので

昨日漕いできた道を戻り

風下へ向かっていくことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体にぶつかる砂のつぶてをこらえながら

1時間ほどかけて10km進んだところに

ホテルを発見。

周囲にはなんにもない僻地の

高級リゾートホテルのようです。

 

砂にまみれた体を落ち着けるべく

とりあえず避難したこのホテルで、

思わぬ展開が待っていました。

 

 

 

「この先で野宿してたんだけど

砂嵐に襲われたからちょっと休ませて!」

 

事情を説明すると

納得してくれた受付の女性に

とにあえず飲み物でも飲みなさいと、促されるまま

奥のバーに向かい歩き始めたとき

上方のバルコニーから声を掛けられました。

 

「リョウスケじゃないか!ここまで来たんだな」

 

 

見上げるとなんとそこにいたのは、

2日前にセスリエムの国立公園のキャンプ場まで

車で送ってくれた2人組のうちの1人の男性

“ナイルさん”でした!

 

 

 

「俺たち

このホテルを経営してるんだよ」

もう1人の“アドさん”もやってきて

ゆっくり話ができました。

「実はお前を車から下ろして

ずっと心配してたんだよ。」

 

 

 

「この地域を走るサイクリストを見かけることはあるけど

みんな涼しい冬の時期ばっかりだ。

厳しい夏にこれ以上進むと本当に死んじまうから

アスファルトのメインロードまで

俺たちがお前を連れていくからな」

 

この言葉を聞いた時、

砂漠を走り切れない悔しさよりも

過酷な自然環境から抜け出せる喜びが

ぐっと心からこみ上げてきました。

 

 

 

翌日じゃないと移動できないとのことで

この日はご厚意により

無料で宿泊させていただくことに。

一目見てわかるこの豪華な部屋、

アプリで検索すると

なんと1泊2万円でした…。

 

 

 

中庭にはプール付き。

この旅において1番の高級ホテル

であることは間違いないけど、

これまでの人生においても

最高ランクに近いはず。

昨日は路上で野宿だったのに…。

 

 

 

外から見ると

お城のような外観の素敵なホテル。

砂漠に沈んでいく夕陽をバックにすると

まるで映画のセットのような場所。

ホントにこんなトコ泊まっていいの?

やっぱ払えって言われても無理ですよ。

 

 

 

夜はレストランでコースディナー。

これまでたまに奮発することは

あったけれども

さすがに旅でコース料理は初めて。

出てくるもの全てが

もうホント美味しい(タダだから)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

贅沢な1日を過ごしすっかりリラックスできた翌日、

いよいよメインロード沿いの町まで送ってもらうことに。

 

 

右側がオランダ人オーナーの“アドさん”。

同じ規模のホテルをもう2軒経営されています。

おそらく懐がかなりホックホクなお方かと…。

この方に旅を褒めてもらったおかげで良い思いができました。

 

左側が共同運営者のナミビア人“ナイルさん”。

陽気な彼はアドさんの大親友であり良きビジネスパートナー。

この人もおそらくホックホク。

 

ナミビアにお越しの方は

ホテル「Le Mirage (レ・ミラージュ)」へどうぞ!

 

 

 

自転車と荷物を載せると

車はいよいよ走りだします。

走り切れなかったことは残念だけど

自然の恐怖を肌で感じられたことは

きっと今後の旅で活きるはず。

この借りはどこかで必ず…。

 

 

車から景色を眺めてみても

すごい所を走っていたんだなと

気づかされます。

時速100kmで走っても

なかなかたどり着かない

果てのない砂漠地帯。

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間のドライブの後、

「マリエンタル」の町に到着。

お世話になったお二人ともここでお別れ。

 

走りだす前に

砂漠でボロボロになった身の回りを整理するため

キャンプ場で少し休んでいきます。

 

ちなみにここでも

「自転車で日本からってスゴイわね!」と

宿泊代を¥500割引きしてもらいました。

自転車旅って良いことがいっぱいなんですよ。

 

 

 

あまりに過酷な

真夏のナミビア砂漠地帯。

思わぬ形での幕引きとなりましたが

これも旅だと受け入れ

再び先を見据えて走り出します!

 

 

 

 

 

 

 

ナミブ砂漠を進む

2019.12.9

【552日目 24,369km】

 

思わぬ事故を起こしてしまった翌朝。

警察から首都・ウィントフックまで送ってくれる提案もあったのですが、

なんとか走ることは出来そうだし

まだまだ砂漠の景色に満足していないので

踏ん張って前へと進むことを決意。

 

精神論は嫌いですが、ここはもう気合です。

まだ前には進める。

 

 

 

ということで砂漠4日目スタート。

事故の光景が頭をよぎり

やはりすくんでしまう。

同じ誤りを繰り返さぬよう、

特に坂道は気をつけて進まねば。

 

 

 

わずか10分で

前日の事故現場に到着。

ブレーキをしっかり握って

ゆっくりゆっくりと

下っていきました。

慎重に進めばなんてことない。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく進むと視界が途端に開けて

一帯を見渡すことができました。

眼下には砂の大地がどこまでも続いています。

 

この先に目指すのは、ナミブ砂漠の核心部。

なんとしても砂漠の絶景を見るまでは止まれない。

 

 

 

 

ものすごい急な下り坂とあって

さすがにここだけは舗装してありました。

見晴らしがいいからドライブコースに

なってるようです。

ブレーキをしっかり握り

一歩一歩確実に下りていく。

 

 

 

長い長い坂を下り

一気に標高は500mも下がりました。

このあたりはわりと砂が浅く、

走りやすかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎに着いたのは「ソリタヤ」。

砂漠を渡る観光客たちの

休憩所になっているよう。

ちょっとした商店もあり

3日振りに買い物ができるのが嬉しい。

 

 

 

 

ここで偶然出会ったのは

ウィントフックのゲストハウスで

一緒だった日本人の旅の方たち。

突然の再会に驚きつつ、

労いのドリンクを山ほど

ごちそうしてもらいました。

 

 

 

 

 

 

それぞれ一人旅だったのに、

アフリカの土地で出会い

今はみんなで車に乗ってナミビアを巡られてるとのこと。

 

一人だからこそ出会いが尊いんです。

みなさん、良い旅を!

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに午後からもう少し進んでおきます。

すんなりいけると思いきや、

砂がひどく1時間で7kmしか進めない。

標高が下がった分、気温はあがり42℃。

深い砂だけでも過酷なのに…。

 

 

 

 

夕方6時頃、道端の木の下で野宿決定。

寝入った後の10時頃、

「ここは私有地だ!

朝がきたらすぐ出てけよ、ったく」

とやってきたおじさんに怒られました。

本当にごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠5日目。

この日は朝から砂に悩まされます。

タイヤが沈んで走ることはままならず、

照りつける太陽の下せっせと押しつづけました。

 

 

 

どこまでも続く砂の道に

体力のみならず精神までも

削られていきました。

終わりが見えないし、

頑張ろうにも暑すぎる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

食料が底をつくこの日、

野宿をするわけにもいかず

やむを得ず目標のキャンプ場までヒッチハイクをすることに。

悔しいけど、

このままでは日が沈むまでに

到着する目処が立たない。

 

 

 

しばらく待って乗せてくれたのは

このあたりのホテルで働いてるという

“アドさん”と“ナイルさん”。

 

車で移動するのは本意ではないけれど

そんなこと言ってられないほど、

暑く、辛かった…。

 

 

「日本からずっと漕いでるのか!?スゴイな!」

と、大いに感心してくれた彼ら。

この2人は

この後の砂漠走行における超重要人物として

再登場してくれることになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

20kmほど車で進み

下ろしてもらったのは「セスリエム」。

 

砂漠に入って5日間で進んだのが

わずか200km。

苦戦し続けながらも最初の目的地には到着しました。

ここからナミブ砂漠の一番の見どころへと向かいます。

 

 

 

まずはキャンプ場にチェックイン。

国立公園内ということで

¥3,000の強気な価格。

キャンプ場としては

旅での最高価格じゃなかろうか。

泣く泣く払います。

 

 

 

 

 

 

 

 

荷物を片付けてさっそく向かったのは

キャンプ場から70kmにあるナミブ砂漠の核心部。

自転車走行不可の為、

チェコ人カップルの車に乗せてもらいました。

あまりにも砂が深く看板が埋まっています。

 

 

 

そして、ナミビアで最も楽しみにしていた風景が

コチラの「デッドフレイ」。

 

砂丘に囲まれた一帯に

枯れた木が立っている何とも不思議な風景。

 

 

 

1,000年前に

川の氾濫でできた沼地が枯れてしまい、

取り残された木だけが今も残っている

このデッドフレイは

“死の沼”という意味だそう。

 

 

 

 

夕陽に照らされた橙の砂丘を背景に

黒い木の影がそそり立つ

まるで絵画の様な空間が

ここにやって来る人を魅了しています。

自然が生み出した景色なのに

すごく無機質な印象を受ける絶景です。

 

 

 

およそ8,000万年前に生まれ

地球上で最も古い砂漠であり、

南北には1,300kmにも広がる

ナミブ砂漠。

とにかくスケールの大きさに

圧倒される場所でした。

 

 

 

夕陽にじんわり赤く染まる砂を見ると

ここに至るまでの苦労も

報われる気分です。

自力だけではたどり着けなかったけれど

なんとかここにこれて本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

キャンプ場に戻り

ちょっと奮発して食べたのは

地元に生息する牛の仲間

“オリックス”のステーキ。

変わり種の肉って外れが多いけど

これはなかなか美味しかったです。

 

 

 

ということでかなり苦戦しながら

まずはナミブ砂漠の第一チェックポイントに到着。

まだまだ未舗装路は続くけれど

少しづつでも前に進んでいきます。

 

 

 

砂漠でアクシデント

2019.12.6

【550日目 24,255km】

 

首都・ウィントフックでは4日間ほどのんびり。

久しぶりの都会に羽を伸ばしてしまいました。

 

ここからまっすぐ南下すれば

アフリカ大陸のゴール・喜望峰へと到着するのですが、

ナミビアの見所であり世界遺産にも登録されている

ナミブ砂漠の世界を堪能するために

少し海側に迂回して行きます。

 

 

 

そこで問題は未舗装路。

南アフリカへとまっすぐ続くメインロードを西に外れてしまうので、

ガタガタのオフロードを数百kmにも渡り進んで行かねば

なりません。

 

しかも、南半球は現在は夏の真っ只中。

アフリカ最後にして最大の難関となりそうです。

 

 

 

ウィントフックを出発すると

10kmも走らないうちにこの風景。

首都とはいえ栄えているのはほんの一部だけのようです。

 

 

 

都市を取り囲む山を超えてしまえば

割と平坦。

向かい風だけれど

そんなに強くはありません。

天気の良さは相変わらず。

 

 

 

 

90kmを走った昼過ぎ、

砂漠突入前の

最後の補給地点である

「レホボス」に到着。

大きなスーパーがありました。

 

 

 

 

ウィントフックで

ひと通り必要なモノは

揃えていたので、

傷みやすいものを改めてここで購入。

どれだけ持っても足りない気がする…。

緊張感が高まってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに進むこと5km。

分岐を西に向かうと

ついに未舗装路がその姿を現しました。

これからしばらくはアスファルトとお別れ。

覚悟を決めて漕ぎ始めます。

 

 

 

いよいよ砂の世界に足を踏み入れると

これが予想以上に進めない。

車体、荷物、体重合わせて

100kgの重みは

細かい砂の粒に埋まっていくばかり。

不安が一層つのっていく。

 

 

 

未舗装路を10km走ったところで

この日は終了。

車もほとんど通らないようなので

道を少し逸れたところで野宿です。

 

 

 

 

 

これまでのアフリカ旅のように

順調に進めるのかしらと

不安を抱きつつ、

パスタを茹でます。

ドキドキワクワク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠突入2日目はパンク修理でスタート。

前日に気づいてたけど、

日が沈んだ後に直す元気がなかったんです。

 

 

 

走り出しはかなり順調。

砂もあまり深くなく

ゆっくりながら

なんとか漕ぎ進むことができます。

 

 

 

 

 

途中で牧場を発見。

ほとんど人は住んでいない地域ですが

まれにキャンプ場や農場らしき

建物が目に入ります。

まだ完全な砂漠ではない様子。

 

 

 

 

すかさず「水をください」とお願い。

猛暑日が続く真夏のナミビアで

水が絶えることは

旅の中断を意味します。

もらえるところでは

とにかくもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

大変だったのは午後から。

徐々に砂は深さを増していき

やがて漕ぐことはできなくなってしまいました。

40℃におよぶ暑さのなか

5km進むのに掛かるのは1時間ほど、

歩くほうが早いです。

 

 

 

限られた食料でやり繰りせねばならず

常に空腹気味。

自転車を押す手に力は

ほとんど入りません。

体力と同時に気力も

奪っていく砂の大地。

 

 

 

 

 

 

 

 

このままでは予定していたキャンプ場には到着できず

さらには

隠れて安全に野宿できそうな場所もないということで、

やむを得ず通りがかった車に乗せてもらうことに。

 

まだ砂漠地帯を走り始めて間もないのに

悔しいやら情けないやら…。

 

 

 

10kmあまり乗せてもらい

着いたのはキャンプ場。

ベッド・シャワー付きの

シングルルームももあるけど

¥3,000なんて泊まれません。

 

 

 

 

日が沈む前に

なんとかテントを張ったけれど

まれに見るほど体はクタクタ。

2日目にしてこれで大丈夫なのか。

夏のナミブ砂漠、

予想を上回る困難さです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして砂漠3日目。

ほんの2時間後に起こるアクシデントなど

予想もせず

まだ涼しい朝の風を受けて気持ち良く走り出しました。

 

 

 

テント泊の際は

8〜9時間たっぷり睡眠を取るので

午前中は割と元気なんです。

前日あんなにバテたのに。

遠くに見える山が美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、アクシデントは一瞬のうちに起こりました。

 

深い砂が積もった急な下り坂。

勢いに乗りながらも砂地で不安定な

自転車の操作はままならず

おそらく時速40kmほどの速さで激しく転倒。

 

 

 

擦りむいて血が滴る左腕よりも

ショックだったのが

自転車のハンドル。

左側があり得ない方向に曲ってます。

おまけにブレーキも効かなくなるし。

この時、もう頭は真っ白。

 

 

 

下から見上げた事故現場。

写真では伝わりにくいけれど

意外と高く、

斜度もかなり急なんです。

深い砂に注意せず突っ込んだのが

間違いだった。

 

 

 

事故の痛みと精神的ショックで

呆然としてるところに車で通りがかったのは

観光中のスペイン人夫妻とガイドさん。

 

出血の応急処置をしてくださり、

「救助の車を呼ぶから待ってろ!」

と迅速に対応してもらいました。

 

 

 

 

 

 

数分後にやってきたのは地元の警察。

 

「意識は失ってないから

病院は行かなくてもいいよ」

と伝えると、

現場近くの宿までパトカーで搬送してもらえることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

到着した宿のオーナーの気遣いで

無料で泊めてもらえることに。

ビクトリアの滝のリビングストン以来

テントで眠り続けながら実に23日振り、

ついにベッドで眠れる事に!

 

無料でナミブ砂漠の宿に泊まるなら

自転車で坂道に突っ込んで転ぶといいですよ。

 

 

 

転倒の衝撃から収まらない頭痛をこらえ

自転車の手当てをしてあげました。

ブレーキもじっくりにらめっこしながら

なんとか修理完了。

自転車の事なにも知らなかったのに

旅に出て成長したもんだ。

 

 

 

しかし、

なんとか自転車は走れる状態とはいえ

頭と腕は痛いし

やっぱり首都・ウィントフックまで戻るべきだろうか。

 

3日目にして

すでに砂漠に嫌われてる気がしてきました。

 

 

進むべきか、戻るべきか

それが問題だ。

 

 

 

29ヵ国目・ナミビア

2019.11.28

【544日目 24,065km】

 

ボツワナのサバンナを駆け抜け国境に到着。

次の国へと突入です。

 

 

 

やってきた29ヵ国目は「ナミビア」。

 

かつてはドイツに植民地支配され

さらに隣国の南アフリカに違法に併合された

苦難の歴史を持ちながらも、

1990年に独立を勝ち取った比較的若い国。

 

南西部には世界一古い砂漠といわれる

「ナミブ砂漠」が広がるナミビア。

アフリカ大陸の終盤は砂の世界の美しさに

酔いしれたいと思います。

 

 

 

走りだすのは「カラハリハイウェイ」と呼ばれる国道。

綺麗に舗装された道は首都・ウイントフックまで

一直線に300km続いています。

 

 

 

景色はこれまでと何も変わらず。

見えにくいのですが、

フェンスが設けてあります。

動物が飛び出さないようにでしょうか。

これが数十kmにわたっています。

 

 

 

 

ボツワナから吹き続ける風は

おさまるどころか西に向かうにつれ

強くなっているように感じます。

基本的に横風か向かい風。

背中を押して欲しいんですけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国境から20kmのところ

「ゼルダキャンプ場」に到着。

道路から2km脇をそれたところにあります。

 

 

 

サバンナには村が少ないわりに

キャンプ場が多くあります。

野宿すればただなんだけど

シャワーと水が助かるから

つい泊まってしまう。

1泊¥800。

 

 

 

キャンプ場には

シマウマやオリックスがいました。

水や牧草を与えてるみたいだけど

おそらく野生なんだと思います。

こんな風景にも見慣れてきたけど

やっぱりアフリカならでは。

 

 

 

レストランで何か食べようとすると

「えー、注文するのぉー?

何か自分で食べてよぉ」と、

料理作るが嫌だったみたいで

自分でラーメン作りました。

何でこっちが気をつかうのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちよく空が晴れ渡ったナミビア2日目。

風は止んでくれないけれど、

気持ちよく走れます。

 

 

 

曲がりは一つもなく

とにかく真っすぐ。

トラックは結構すっ飛ばすけど

台数自体が少ないし、

かなりしっかり避けてくれます。

 

 

 

 

ときどき現れる路肩の休憩所。

ボツワナに比べて

少し気温は落ち着いてきたけれど

それでも暑いです。

32℃くらいかな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

100km弱走ると「ゴバビス」に到着。

ナミビアでは初めての町です。

なんだかスッキリした印象。

 

 

 

街中へ行くと

綺麗に整えられた建物たち。

アフリカも南に行くほど

ヨーロッパの様な雰囲気に

なっていくそう。

その片鱗が感じられてきました。

 

 

 

久しぶりに見かけた

ケンタッキーでランチ。

¥500ほどなので

物価もヨーロッパに近づいてきます。

 

 

 

 

 

この日もキャンプ場に

チェックイン。

なんだか人との関りが

着実に減っている。

寂しい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナミビア入国3日目。

6日間続けて走り続けて疲労は溜まってますが、

首都まではもうすぐ。

 

 

 

ナミビアに入ってから

空の色が変わったように感じます。

どこまでも突き抜けるような

爽やかな青。

でもすごい向かい風。

 

 

 

 

ガソリンスタンドの売店で

昼食。

建物が現れることは

数十kmに1回程度。

休めるところでは

しっかり休みます。

 

 

 

「イノシシに注意」の看板。

実際にちょこちょこ走って

逃げるのを見かけます。

早いから写真には

撮れないけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が強く予定の150kmを走り切れず。

100km地点で商店を見つけたので

テントを張らせてもらうようお願いすると

快く了承してくださいました。

 

 

 

この日、走行中にトラックドライバーに

もらった蛍光のビブス。

「轢いちまうじゃねーか!

オレは自転車の奴にコレ配ってんだ」

と安全を考慮してくださいました。

ありがたい。

 

 

 

柵に囲まれた安全な場所でキャンプ。

アフリカで野宿する際には

かなり安全面には

気をつかってるつもりです。

 

 

 

 

 

疲れている時こそ

燃え上がる炎には

癒されるもの。

明日の首都到着に備えて

ゆっくり休みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナミビア入国4日目。

今日も天気は快晴。

ボツワナ・マウンから走り続けて7日間

風には困らされたけど予定の日数で到着できそうです。

 

 

 

どこまでいってもこの景色。

空の色って本当に不思議で

国や地域によって違う気がするんです。

気のせいなのかしら…。

 

 

 

 

 

ボツワナに比べると

朝がぐっと冷え込むようになりました。

日が昇ればすぐに暑くなるから

なるべく午前中のうちに進んでおく。

 

 

 

 

 

首都・ウイントフックの郊外。

検問ゲートを見ていよいよ到着かと

胸がはずみます。

 

 

 

 

 

 

徐々に建物も車も増えていき

着実に都市の風景に

変わっていきました。

ボツワナ・マウンから走り続け1週間。

ようやく一息つくことができそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてついにたどり着きました

ナミビアの首都・ウイントフック。

 

中心部は高層ビルが立ち並ぶ大都会。

これまで目にしてきたアフリカの土地とは明らかに様子が違います。

 

 

アフリカ大陸のゴールである

南アフリカ・ケープタウンに向かう道で、

ここが最後の大きな休憩地点。

しばらくここで休養を兼ねのんびりする予定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

到着翌日は無料の市内ツアーに参加。

アフリカ系、ヨーロッパ系の方々が

共に暮らすウイントフックの

街の様子を眺めてみることにしました。

 

 

 

 

ドイツ植民市時代に建てられた教会

築110年の「クリストゥキルヒェ」。

ヨーロッパの風情を感じると同時に

土着の文化が残るいわゆる

“ブラックアフリカ”の風景とは

お別れなのだと悟ります。

 

 

 

国会議事堂前の庭園。

こちらもドイツの影響を感じさせる

優雅なデザインが印象的。

都会の真ん中でありながら

静かでゆったりした空気が流れています。

 

 

 

 

 

 

 

丘の上に建つ博物館から眺めたウイントフックの街並み。

 

遠くに広がる茶色い砂の大地と

その中央に忽然と現れるビル群とのコントラストは、

アフリカ、ヨーロッパの文化が混ざり合った場所であることを

象徴しているよう。

 

ひとくちにアフリカ大陸といっても

非常に多くの表情を見せてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

路上の土産屋で出会ったのは、

ナミビア北部に住むヒンバ族の方々。

都会に出てきてアクセサリー販売の出稼ぎをされてます。

 

腰回り以外に衣服は着用せず

独特の装飾で身を飾るヒンバ族のみなさん。

まさかこんな都会でお会いできるなんて。

 

 

ちょっとでもアクセサリーに興味を持つと

強制的に腕にいろいろ付けられます。

ゆっくり見たいのにどんどん

次から次へと見せられるという

かなり強引な営業スタイル。

 

 

 

 

きっぱり断るのが苦手だと

なんやかんや買わされてしまいます。

納得してるからいいけど

3つくらい買っちゃいました。

“ノー”といえる人間になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウイントフックで滞在したのは中心部に位置する

ゲストハウス「カメレオンバックパッカーズ」。

人気の宿は部屋が空いておらず人工芝のキャンプサイトへ。

狭い…。

 

 

ヨーロッパを中心に各国から

観光客が集まるこの宿には

プールだってついてるんです。

欧米人ってなぜあんなにも泳ぐのが

好きなんだろうか。

 

 

 

 

ゆったりしたキッチンもついており

久しぶりに料理らしい料理を

楽しむことができました。

野菜も好きなように摂取できるし

自炊できるってすばらしいこと。

 

 

 

食べれるときにはしっかり栄養補給。

これから向かうのは

砂の景色がどこまでも続く

ナミブ砂漠。

しっかりやすんだら

アフリカ最後の難関に立ち向かいます!

 

 

 

 

 

 

モノがない…

2019.11.24

【540日目 23,734km】

 

マウンの町では2日の休みをはさんで体調はバッチリ。

500km走った先にある西の隣国を目指して

再び走り始めます。

 

 

 

町を出るとすぐにサバンナの風景。

交通量のあまりない綺麗な路面を漕ぎだすのですが

残念ながら向かい風。

今日は150kmと長距離を稼ぎたいのに

大丈夫だろうか…。

 

 

 

300km先まで町らしい町はなし。

ただ小さな集落はあるようなので

ところどころで休みつつ

上手に進んでいきたいところ。

 

 

 

 

 

5mほどの木が広い間隔で立ち並ぶ

渇いたサバンナの大地。

40℃にも及ぶ

日中の過酷な暑さは相変わらず。

水だけを絶やさないように

進まねば。

 

 

 

60kmほどの村で食堂を発見。

砂が広がる村は

タイヤが埋まってしまうので

10m進むのにも苦労します。

誰か手伝って…。

ご飯と牛肉と野菜。

 

 

新鮮味はないのですが

ボツワナでこうした

地元の食堂で食べるのは

初めてです。

まあ、味は普通なんですけど。

 

 

 

 

午後からも景色は変わらない。

そして、真っ向から

吹き付ける風が厳しいこともあり

予定の150kmは断念。

昼過ぎにはへとへとでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか100kmを走って「セヒスワ」の村に到着。

予想していたよりもかなり規模の小さな村のようです。

 

 

 

キャンプ場があったので

泊まらせてもらうことに。

汗だくだくで漕いだ日は

シャワーの浴びれない野宿は

しんどいんです。

しかもWiFi付き。

 

 

 

商店を訪ねても

缶詰とスナックがわずかにある程度。

野菜や果物を

手に入れることはできず。

マウンの町で買っておけば…。

でも、暑かったんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウン出発2日目。

前日よりは風は弱そう。

今日こそは150km進んでおきたい。

 

 

 

途中で検問に差し掛かりました。

サファリツアーへと向かう

ジープに何台も追い抜かされていく。

そして、窓の向こうの車内から

ジロジロと見られる。

 

 

 

 

感染症予防のために

靴底と自転車のタイヤを

消毒液に浸します。

これだけで防げるんだろうか。

 

 

 

 

 

昼には「クケ」の村に到着。

休憩しようと思ったけど

食堂はないし商店には水もない。

昨日の村もそうだったけれど

とにかくこのあたりの地域

モノが全然ない。

 

 

 

とりあえず持ち合わせのモノで

お腹を満たしたら

午後からも走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとか150kmを走って

「ダカル」の村に到着。

ただここにも食堂などや市場はなく

夕食はファンタとビスケット。

物足りないけどこれしかないです。

 

 

 

 

この日は診療所の玄関先で

テントを張らせていただくことに。

しかも中でシャワーまで

浴びさせてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マウン3日目はパンク修理からスタート。

前の晩にパンクには気づいてたんですが、

疲れて修理をする気力もありませんでした。

 

サバンナでは非常に硬い棘をもった植物があり、

路上に落ちたものが

タイヤに深く刺さってしまうことがよくあります。

 

 

 

毎日毎日

ほとんど変わらない景色を進んでいく。

風が止むことはなく

前から横から

絶えず吹きさらされています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

40kmほど走ってマウン以来の町

「ハンツィ」に到着。

2日でここのスーパーまで来たかったけど

風の影響で3日かかってしまいました。

果物や食料をここで買い足していきます。

 

 

 

ハンツィから50kmほどの分岐点。

南へ向かう道をそれて

西へと向かい始めます。

 

 

 

 

 

 

右手にはどんよりと厚い雲。

雷も光っているので

おそらく真下では大雨。

雨雲のほうからは

強い風が吹きつけてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

160kmを走って「トーシャ」のキャンプ場に到着。

2日間で300kmを走り体はもうクタクタです。

 

 

 

¥1,000のキャンプ場は

一人で貸し切り。

青くて柔らかい芝生は

ふんわりして寝心地最高です。

 

 

 

 

 

オーナーのおばちゃんが

余ったご飯をくれました。

自炊するつもりだったので

これはすごく助かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曇り空のした走りだしたマウン出発4日目。

この日はいよいよ国境越えです。

 

 

 

90kmで最後の町

「チャールズヒル」到着。

おしゃれな感じの名前だけど

スーパーがあるだけの小さい町でした。

 

 

 

 

 

スーパーによってお惣菜でランチ。

こうしスーパーの前で

座り込んで食べると

ヨーロッパを思い出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャールズヒルから6km走ったところで

国境到着。

 

たくさんのゾウに出会い

その後はひたすらにサバンナを走りまくっただけの

ボツワナ旅はここで終わり!

 

アフリカもぼちぼち終盤に差し掛かってまいりました。

 

 

 

サバンナを西へ

2019.11.22

【535日目 23,204km】

 

ゾウ達とたわむれた翌日、

サバンナが広がるボツワナの平原をさらに進んでいきます。

 

 

 

ここしばらく天気は曇り、

毎日ではないけれどときには激しいスコールも。

気圧の高低も激しいのか絶えず風も吹いてます。

しかも、たいてい向かい風。

 

 

 

走り始めて1時間ほど、

逆方向へ向かうスペイン人サイクリスト

“ラファエルさん”と遭遇。

日本も走ったことあるそう。

アフリカ大陸ではサイクリスト

5人目くらいだろうか。

 

 

 

さらに走ると道路から10mの所に

ゾウ発見。

遠くから見るぶんには

可愛いのに、

近づいたら怖いということを

キャンプ場で思い知りました。

 

 

 

60kmほどで「ナタ」の町に到着。

野生動物が出現する

“エレファント・ハイウェイ”も

ここで終わりです。

結局、キャンプ場以外では

さほど動物現れず。

 

 

 

 

 

 

 

 

西へと進路を変え40kmを走ったところで

「ゾロガ」に到着。

小さな村の集会所のようなところで

テントを張らせてもらうことに。

 

 

 

ボツワナに入ってから道路わきの

小さな食堂がなくなりました。

というか人自体を

見かけなくなった気がする。

サバンナ走ってるからだろうけど。

やむをえずこの日は自炊のパスタ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、ふたたび西へと走りだします。

とりあえず目指すは300km先の町

「マウン」。

南向きから西向きになったのに

また向かい風…、

天気の嫌がらせなのか、ボツワナに嫌われてるのか。

 

 

 

「ゾウに注意」の看板を発見。

まだ動物は出てくるみたいです。

たしかに前日までの

“エレファント・ハイウェイ”と

景色は全く一緒。

気を付けて進みます。

 

 

 

昼前に60kmを走り

「グウェタ」に到着。

120kmを走る予定だったこの日、

この村にキャンプ場があるらしく

予定を早めてここでストップすることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

サファリツアーに来た西洋人向けの豪華ロッジでした。

(キャンプは¥800)

久しぶりのWiFiを楽しんでいると

あっという間に日は暮れ夜に。

 

 

 

ディナーは¥1,200のBBQ。

走行続きで疲れもたまってたので

奮発しちゃいます。

表面にじんわり染み出る

肉汁が食欲をそそる…。

 

 

 

 

こんなヨーロピアンなごちそうは

かなり久しぶり。

体がとても喜んでおります。

大満足で気持ち良く就寝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾウの集まる「エレファント・サンズ・ロッジ」

を出発してから3日目。

集落を見かけるのもまれで

平坦なサバンナがつづく道をこの日も走ります。

 

 

 

風向きはちょこちょこ変わるのですが

やたら向かい風が多い気がするのは

気のせいだろうか。

平坦なのにやたら疲れる。

 

 

 

 

 

50kmを走ったこの辺り、

国立公園の区域内に入ったようです。

道路もしっかり整備されて走りやすい。

サファリに向かうジープも

数台見かけました。

 

 

 

 

すると木の陰で涼むゾウ達を発見。

写真ではわかりづらいですが

ここに3頭のゾウがいます。

近づくと怖いので

遠くからじっと見つめる。

 

 

 

 

しばらく進むとさらにもう1頭。

40℃近い猛暑が続くここ数日。

ゾウ達も照り付ける太陽に

耐えられず、

木陰が気持ちいいようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

130kmを走ったこの日、

「モトピ」の村に到着。

宿もキャンプ場もないので

乾季で枯れかかった川のほとりで野宿。

 

 

 

野菜を買える商店も見つけられず

具なしラーメン。

でも疲れた体ですするこの1杯が

美味しいんです。

 

 

 

 

 

火を眺めながら

この日も終わりを告げていきます。

人ととの関りが

一気になくなってしまった

ボツワナの旅路。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけばヴィクトリアの滝を見た「リヴィングストン」の街から

走り続けること7日目。

休みを挟まずほぼ毎日100km走るのは

なかなか過酷…。

 

 

 

走行開始まもなく、

綺麗な道に加えて

久しぶりの追い風が吹いてくれました。

1週間におよぶ走行のラストスパート、

背中を押してもらってるようで

嬉しい。

 

 

 

そして、着いたのが「マウン」の街。

ビルなんて全くないですが

ボツワナ入国1週間で

はじめての街らしい街なんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サファリが人気の国・ボツワナ。

ここまできても宿は¥3,000以上なので

当然キャンプ場へ向かいます。

 

 

 

酔っぱらって騒ぐ人もいないし、

うるさい音楽も流れてないし、

静かで過ごしやすい場所でした。

 

 

 

 

 

 

キッチンがついてたので

久しぶりに台所での自炊。

のんびり休んで疲れを癒します。

 

 

 

 

 

 

走れ!エレファント・ハイウェイ

2019.11.16

【530日目 22,818km】

 

ボートサファリで幕を開けたボツワナ旅。

ここから内陸部の広大なサバンナを走り抜けていきます。

 

 

 

カサネの町を出発すると

道の傍らには「ゾウに注意!」の看板。

ここからは気合を入れてペダルを踏みだします。

 

 

 

ボツワナ北部、国境の町「カサネ」から

南の町「ナタ」をつなぐ1本の道路。

 

複数の自然保護区内を通過しながら

300kmも続くこのルートは、

アフリカを走るサイクリストたちの間で

“エレファント・ハイウェイ”

と呼ばれボツワナの名物となっています。

 

 

野生動物の生息域にお邪魔するこのコースは

ゾウはもちろん、ライオンなどとの遭遇を避けるため

■日没後から日の出の時間帯は走ってはならない

■道中で野宿をしない

などの注意事項を守る必要があります。

 

実際、ここに来るまでのあいだ

地元の方に何度も「気を付けて走れ!」と告げられてきました。

 

わずかに点在する村やキャンプ場に滞在しながら

安全を確保し、進んでいきます。

 

 

 

走り始めてヒヒを発見。

タンザニアで見かけたものより

かなり体が大きい気がする。

食料を多めに運んでるときは

「こっちに来るな!」と祈りつつ

横を走り抜けます。

 

 

 

タンザニアを抜けてからの1ヵ月余り

天気はほぼ快晴が続いていたのに、

ここにきて曇り始めました。

11月の終わりごろから

雨季を迎えるそうです。

 

 

 

 

大きなアリ塚を発見。

これが道の横のあちこちにあります。

休憩中に座っていると

結構寄ってくるんですけど、

アフリカのアリってかなり凶暴で

しょっちゅう噛んでくるので要注意。

 

 

 

道端に燃え尽きた車の残骸を発見。

こういうのよく見かけるんですけど

こうなるまでの経緯を知りたい。

なんでこんなのが

道端に放置されっぱなしになるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中から向かい風に苦しみ、

思うように進めなかったこの日。

それでも野生動物に襲われることなく

100km地点の目的地「パンダマテンガ」に到着。

家屋や他の建物が数軒建ってるだけのようですが。

 

 

 

休憩してると

村の中心のガソリンスタンドに

ウシの大群が給油しにきました。

アフリカの牛って

ガソリンで動くんですよ。

 

 

 

向かい風で疲れ果てたこの日は

走行後にミニッツメイド一気飲み。

これまで炭酸飲料しか

売ってなかったのですが

ボツワナでついにフルーツジュースが

手に入るようになりました。

 

 

 

この日はガソリンスタンド横の事務所で

テントを張らせていただくことに。

シャワー用の水を用意してくださったり

至れり尽くせりで本当にありがたい。

 

 

 

 

 

事務所横にATMが設置してあるので

24時間体制で警備員さんがおられます。

「ついでにお前も見守ってやる」

とのこと。

夜が更けると

安心して眠りに落ちていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カサネ出発2日目。

村を出るとあっという間に

何もないサバンナが目の前に広がります。

こんな道が数十kmにも続いていく。

 

 

 

走り始めて間もなくこんな看板発見。

「ここは野生動物が出る区域です。

とまって休憩するのは自己責任で」

むむむ…。

といっても昨日から動物が出そうな

気配もないんですが…、

 

 

 

すると何やらインパラのような

生き物を木の下に発見。

似たような見た目の動物が

いっぱいいるから

どれなのかよくわかりません。

すごくこっちを見てくるんですけど。

 

 

 

さらに進むと道に糞を発見。

家畜も歩いていないこのあたりで

このサイズはもうアイツらしかいない。

鼻の長いあいつらしかいない…。

 

 

 

 

 

しかし、それから路上での

遭遇はなく走り続けたこの日。

朝出発したパンダマテンガから

目的地のキャンプ場までの150km、

休むことなく

まっすぐな道を走り続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして16時ごろ、平坦な道を走り続けて

たどり着いたのは「エレファント・サンズ・ロッジ」。

実はボツワナに来る前から楽しみにしていた場所。

道路から2kmほど離れた場所まで進んで向かいます。

 

 

 

このキャンプ場が有名なのは、

真ん中に掘られた井戸から湧き出る水を求め

集まってくる野生のゾウたち。

 

敷地内のあちこちにいるゾウたちは

合計で100頭ちかくいるんじゃないだろうか。

とにかく予想を大きく上回る数です。

 

 

 

触れるかもなんて思ってましたが、

近づくとうなり声をあげて

高い位置からにらみつけてくるゾウ達。

正面に立ったらわかるけど

全然つぶらな瞳なんかじゃなくて

凶暴な獣の目つきをされてます。

 

 

 

水をめぐって時には

ゾウ同士もけんかをする始末。

鳴き声も「パオーン」ではなく

「ヴア゙オォォーーン!!」です。

“お鼻がながいのね~”なんて

可愛らしい歌は似合わない怪獣たち。

 

 

 

スコール直後のこの時、

いたるところに溜まった水を

長い鼻のバキュームで

なんとも器用に吸っていきます。

ズルズル、ズルズル…。

 

 

 

 

石の小さな塀の向こう

人間は立ち入り禁止なのですが、

逆にゾウが乗り越えてこちらに

やってきます。

“立入禁止”って読めないのか?

ズルズル、ズルズル…。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ゾウが行きかうサバンナにテントを張ることになりました。

踏みつけられた人はいないものの

ときにはライオンまで水を飲みにやってくるという

このキャンプ場。

 

寝る前には

「テントとレストラン以外は

うろちょろしないでね」と注意されます。

 

 

 

夜には彼方の寝床へ帰っていく

ゾウさんたち。

アフリカならではの

ワイルドな経験に満足を覚え

気持ちよく眠りました。

 

 

 

 

28ヵ国目・ボツワナ

2019.11.13

【528日目 22,560km】

 

水がチョロチョロとしか流れないヴィクトリアの滝を訪れたら

次なる国へ移動開始です。

 

 

 

夜になっても気温は下がらず寝苦しい日々を過ごした

リヴィングストンの街にもお別れ。

気温の上がる朝7時ごろには

西に向けて走り始めます。

 

 

 

5kmほどで国立公園の区域に入り

車も人もぱったりいなくなりました。

平坦な道をまっすぐ走り続ける。

 

 

 

 

 

 

60kmに及ぶ道路をひたすら直進し、

昼前11時ごろには国境の町

「カズングラ」に到着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぞろぞろと行列をなすトラックを追い抜いた先には

国境が見えてきました。

入国管理の前に路上の両替商とやりとりして

新しい通貨を手に入れておきます。

 

 

 

ヴィクトリアの滝へとそそぐ川が

国境になっているこの場所では

ボートに乗っての越境となります。

5分間のクルージングを最後に

暑さに苦しんだザンビアとは

ここでお別れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってきたのは28ヵ国目となる「ボツワナ」。

 

1966年の独立以降、内戦などを経験しておらず

アフリカ南部でもかなり治安のいい国であるそう。

 

ケニア以降通過してきた国のほとんどがそうであるように

豊かな自然とそこにすむ野生動物たちが見どころのこの国。

ダイナミックで生命力あふれる生き物との出会いに期待です。

 

 

 

入国直後から道路はかなり綺麗。

こうして走っていると

アフリカ最貧国と言われたマラウイの

生活環境が他国とくらべて劣る

というのがなんとなく分かる。

 

 

 

 

国境から10kmほど走った

「カサネ」という町で今日はストップ。

まだお昼過ぎだけれど

早めのチェックイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選んだのは「チョベ・リバー・ロッジ」。

サファリを楽しむために世界中から多くの人が集まるこの地域、

1部屋¥3,000以上が相場のようで

テント泊を余儀なくされる状態。

 

 

 

広々とした芝生を独り占め。

キャンプでも¥1,300、

高いです…、

少し休んだら楽しみにしていた

アクティビティーに出かけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナミビアとの国境にもなっているチョベ川の名物は

ボートサファリ。

クルージングをしながら

野生動物を眺めるツアーに参加しました。

(¥4,000)

 

 

 

川の真ん中、中洲部分の湿地帯に

さっそく姿を現したのは

「バッファロー」。

遠くからですが

のんびりくつろぐ群れの姿が

確認できました。

 

 

 

水面からひょこっと

こちらを見つめるのは「カバ」。

臆病なうえに5~6分もの間

水中にもぐっていられるという彼らは

なかなかその全容を見せてくれません。

 

 

 

 

アフリカではじめてお目にかかるのは

「ナイルワニ」。

これは卵を守るお母さんワニだそうで

じーっと見てたけど

全然動いてくれませんでした。

 

 

 

 

続いてはシカのようでいて

実は牛の仲間「インパラ」。

角が枝分かれしてたらシカ、

1本ならばウシ、

という分類だそうです。

 

 

 

 

川辺を悠々と群れで歩くのは「キリン」。

広大なサバンナの定番動物だけに

水辺にたたずむ姿が

なんだか新鮮でした。

両前足をガバーッと開いて

首を曲げて水を飲みます。

 

 

 

最後に姿を見せてくれたのは

やはりこの人たち、「ゾウ」。

いつも群れの真ん中には子供がいて

仲間意識も強く、頭がいい生き物です。

この後ボツワナでは

散々見ることになるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

西へと沈んでいく夕陽を見送りながら

3時間のクルージングは終了。

 

タンザニアのジープサファリより時間が短い分

次から次へと動物が現れ

非常に密度の濃いツアーとなり大変満足しております。

 

 

初日から楽しませてくれた28ヵ国目のボツワナ。

夜が明けたらいよいよ走り始めます!

 

 

 

残念、ヴィクトリアの滝

2019.11.9

【526日目 22,477km】

 

暑さの増してきたザンビアもそろそろ国境間近。

フラフラだけどもうひと踏ん張りして前へ進みます。

 

 

 

ルサカ出発4日目。

キャンプ場の方に40℃あると聞いてから

漕ぐことが怖くなってすらくる。

水を大事に着実に進もう。

 

 

 

村がほとんどなく

立ち止まる用事もないこの日、

お昼には100kmを走り

目的の街「リヴィングストン」に

到着です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国境直前のリヴィングストンは

人気観光地でもあることから

ゲストハウスがたくさん。

地元の人に教えてもらったのは

“Hams Guest House”。

 

 

 

猛暑の中、4日間連続の

サイクリングをしたことで

体はヘロヘロ。

翌日の観光に備えて

早い時間にベッドに倒れこみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてリヴィングストン到着翌日、

中心地からわずか7kmほどのところにタクシーで向かったのは

世界的にも有名な「ヴィクトリアの滝」。

 

いわゆる三大瀑布のひとつにも数えられる大きな滝は

街の名前にもなっている

探検家デヴィッド・リヴィングストンさんによって発見され、

イギリス女王“ヴィクトリア”を名称とするザンビア屈指の

観光地です。

 

 

 

ゲートで¥2,500のチケット代を払い入場すると

さっそく目の前に現れたのがこれ。

 

実は乾季真っ最中のこの地域、

水なんてほとんど流れておらずほとんどただの崖。

大雨を浴びるほどの水しぶきが有名なのですが

そんなものどこへやら…。

 

 

 

本来であれば、写真右側の崖は

圧倒的な量の水が流れ

岩肌なんて見えないそう。

「これはこれで良いじゃん」と

納得しようとしたけど、やっぱヤダ。

ちゃんとした滝が見たいです。

 

 

 

6つの滝が横にズラリとならぶヴィクトリアの滝。

2つの国にまたがっており

南側がジンバブエ、北側がザンビアに位置しています。

ジンバブエ側は乾季でも水が流れているのですが

入国ビザが¥6,000とのことで断念。

(両国を自由に行き来できるフリーパスのようなビザは

空港から飛行機で入国した人のみ入手可能)

 

 

 

両国をつなぐのはヴィクトリアフォールズ橋。

128mの高さがありここから、

バンジージャンプやジップラインの

アクティビティが楽しめるそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

滝の周辺をウロチョロしてると

地元のガイドさんにつかまりました。

雨季には水が流れ川となる岩場の上を歩いて散策。

 

 

 

滝の真上部分に到着。

最大落差の108mは

三大瀑布のなかでも最も高いそう。

下を見ると足が震えます。

 

 

 

 

 

さらに歩いて川の上流へ。

割と流れてるようにみえるけど

かなり水量は少ないらしく、

このわずかな水もほとんど

ジンバブエ側に流れてしまいます。

 

 

 

 

この日の気温も40℃だし、

歩いてるだけで汗だくだくだし、

滝を見てももう面白くないし、

川に飛び込んで泳いでやりました。

あぁ、気持ちいい…。

 

 

 

 

 

 

 

ということでタイミングがずれたばかりに

残念な結果に終わったヴィクトリアの滝。

(9~1月は水がない時期です)

 

チャンスがあればいつかもう一度見に来たいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

滝での観光を終え、再びリヴィングストンの街へ。

 

地元の方と話をしたのですが、

やはり近年の水の減り方は異常。

加えて40℃の猛暑が毎日続くことも異常、

とのこと。

 

 

水がないことで発電所のタービンが回らず、

昼間は地域一帯が停電状態。

電気がなければ経済活動にも影響を与えるし、

水がなければ動物の生態系にも大きな影響があるとのこと。

地球全体で加速する異常気象。

 

貧しい国ほど環境問題の代償を早く大きく受け取ってしまう

という事実を直に感じた気がします。

 

 

 

夜はイタリアンレストランでパスタ。

アフリカで美味しいパスタに

出会うことは難しいんですが

これはなかなか美味しかった。

 

 

 

 

 

観光も食事も満喫したら

(滝には満足してないんだけど)

次の国に向かって出発です。

 

 

 

ザンビア南下

2019.11.6

【524日目 22,367km】

 

グレート・イースト・ロードを走り終えると

早くもザンビアは後半戦に突入。

南西の国境に向け走りだします。

 

 

 

首都ルサカはわずか5kmほど走ると

あっという間に郊外へ。

ちょうど祝日と重なったこともあり

道路は車が少なくスカスカ。

 

 

 

50kmほど走ると

大きな川を渡りました。

ここまで大きな水源は

アフリカでは初めてかもしれない。

見てるだけで気持ちがいいです。

 

 

 

 

カフエという町を越えたところ。

真っすぐ進む大きな道を外れ

西のほうへ走り始めます。

 

 

 

 

 

 

昼はやっぱり

シマと肉。

飲み物も炭酸飲料しか売っていないので

コーラを飲みまくってます。

人生ではじめてコーラにはまったかも。

コーラって美味しいんですね。

 

 

 

午後からは道がガタガタ。

工事中らしくときには

砂の上を押して進んでいきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

130kmを走って「マザブカ」という町に到着。

宿も下調べしていたのですが軒並み¥2,000以上。

安いところはないものかとうろついていたところ

モスクを発見。

 

 

 

「敷地内でテント張ってもいい?」

と尋ねると、

宿舎で寝てもいいということに。

宿直の人もおらず貸し切り状態。

久々の100km以上の走行で

疲れはかなりのものでした。

 

 

 

キリスト教が普及したアフリカ南部諸国ですが

イスラム教徒も一定数いるみたいです。

これまで通ってきたイランやトルコで味わった通り

イスラムの方の旅人に対する優しさは世界共通。

 

「スーパーで好きなもの買って食べなさい」と

お金までいただく始末。

断り切れず買い物に向かいすぐさま食べ切ったので

写真ないけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルサカ出発2日目。

この日はとにかく平坦な道のり。

のどかな景色をとにかく真っすぐ進んでいきました。

 

 

 

そして、120kmを走り「ムゾカ」の村に到着。

走行中は、時に立ち止まり

写真を撮るのが習慣になってるのですが

この日はなぜか写真がありません。

どうしたんだろう?

 

 

 

宿のないこの村では、

民家の裏でテントを張らせてもらうことに。

連日100km以上を走ったからか

体はバテバテの状態。

深い深い眠りに落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、5時の日の出と同時に目が覚めると

「メェー、メェー」と大きな鳴き声。

肩にヤギをかついだ男性と包丁をにぎった男性が

やってきました。

 

 

 

「もしや!?」と思い

ことの流れを観察していると、

地面に押さえつけられ

絶叫するヤギ。

そしてその喉に突き付けられたのは

冷たく光る銀の包丁。

 

 

 

この続きの写真はもちろんあるのですが

ちょっと自主規制。

カメラ向けてるだけで心臓はバクバクでした。

 

朝から壮絶な最期の瞬間を見せられ

この日も元気にスタートです。

 

準備を整えるのですが

ルサカで休んで走行3日目にしてはやけに体が重たい。

なぜだ?

 

 

 

ザンビア前半の

グレート・イースト・ロードに続いて

あまり見栄えのしない

地味な風景の連続。

ただただ前へと進んでいきます。

 

 

 

 

この日も130kmと連日の長距離走行。

道が平坦な分、テンポよく進めています。

向かうのは「カロモ」という町の

10kmほど先の道の脇にある

キャンプ場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、疲れ果ててたどり着いたキャンプ場。

 

南アフリカ出身のロブさんご夫婦にあいさつすると

「君、今日自転車を漕いでいたのか!?」と

ものすごく驚いたご様子。

 

聞けばこの日の気温は40℃!

夏が近づくアフリカ南部、

連日の猛暑で現地の人もヘロヘロ状態だそう。

 

この瞬間、ルサカを出発してから

やけに体が疲れていることに合点がいきました。

(走行中の写真が無いのも、

カメラを手に取る気力がなかったってことです)

 

やけに暑いなと思ってましたがまさかの40℃越えとは…。

人に言われなければ暑さに気づかない自分の体に呆れます。

28℃くらいだと思ってました。

 

 

 

日が傾き暑さも和らぐと、

元気が戻ります。

ロブさん家の

野菜と自家製ソーセージをゲット。

どう料理してくれようか…。

 

 

 

野菜スープを作ることに決定。

直火でじっくりコトコト

煮込んでいきます。

焚火での調理は

キャンプの醍醐味なんです。

 

 

 

ナス、トマト、ズッキーニの

夏野菜のだしに加え

牛肉の旨味がしっかりと溶け込んだ

至高のスープが完成しました。

オリーブオイルと塩で味を整えたら

もう最高。

 

 

 

 

 

 

 

しょっちゅうキャンプしてると

「良いキャンプ」と「悪いキャンプ」ってのが

自分の中でできあがってきます。

 

この日はホントに

良いキャンプだったなぁ。

 

 

 

首都ルサカ到着

2019.11.3

【519日目 21,978km】

 

マラウイからザンビアに入国。

引き続き西に真っすぐ進み、首都ルサカを目指します。

 

 

 

“グレート・イースト・ロード”走行4日目。

さほど景色が綺麗ということもなく

日ごと増す暑さに苦しみながらこの日も走り始めます。

 

 

 

ちょうどこの日から

首都への道のりも

後半に突入といったところでしょうか。

途中に楽しみはあまりないので

ただただ進む。

 

 

 

 

60kmほど進んだ昼頃、

川を渡る大きな橋に差し掛かりました。

ちょうどここが州の境目でも

あるそう。

まだまだ山は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋から1kmあたりの「ルアングワ」の村の

宿に早めのチェックイン。

なるべく疲れを残さないよう

余裕をもって1日を終えるようにしています。

 

 

 

電気が使えるのは18時以降、

シャワーは水バケツ。

日本での“当たり前”が

いかにありがたいことが

気づかされる毎日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレート・イースト・ロード走行5日目。

 

自転車乗りの間では、

アップダウンが続く道のなか

上り坂の標高差のみを合計して実質どれだけ上ったかを表す

“獲得標高”という概念があります。

 

そして国境から首都ルサカまでの約1週間の行程での獲得標高は

実に4,500m。

富士山よりはるかに高いです。

 

 

これまでもっと上りの多い地域はたくさんありましたが

・必要最低限の買い物ができる商店が少ない

・宿についても電気がない

・景色が地味で、峠を上った達成感がない

などの理由で

地味にストレスがたまる過酷な道となっています。

 

 

 

道が綺麗で交通量が少ない

というのがせめてもの救い。

綺麗な自然の中だと

「いつまでも走ってたい」という

気持ちもわきますが、

そんなことすら思わない…。

 

 

 

おのずとカメラを取り出す回数も

減ってしまいます。

毎日毎日同じ景色。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上りに苦戦しながらも80kmを走ったこの日は

「ルフンサ」に到着。

宿はないので、道路わきのガソリンスタンドで

寝かせてもらうことに。

 

 

 

スタッフの休憩室で寝ていいという

話になったのですが、

暑くて暑くて

とてもじゃないけど寝られません。

結局、外にマットを敷いて

眠ることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレート・イースト・ロード走行6日目。

首都ルサカまで200kmを切り、

ようやく終わりが見えてきました。

 

 

 

子供たちの笑顔には本当に

癒されます。

時々怖がる子がいるのは

相変わらず。

 

 

 

 

 

疲れもあってカメラを取り出すことも

減ってましたが、

ここ数日とにかく食事は

シマと肉ばかり。

昼もシマ、夜もシマ。

シマ、シマ、シマ…。

 

 

 

疲れながらも

気が付けばルサカまで100kmを

切っていました。

首都に着いたら美味しいものも

きっとあるはず…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

80kmを走ったこの日、「チニュニュ」に到着。

キャンプ場に行くとベッド付き部屋があったので

そちらに泊まることに。

テント泊予定だったので得した気分。

 

 

 

明日にはついに首都につけると

ウキウキ胸をはずませながら

眠りに落ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレート・イースト・ロード走行7日目。

上り坂の連続で

力強く踏み込む足にわずかな痛みを感じながらも

ゴールを目指し進み始めます。

 

 

前の二日間ほどで山場は越えたらしく

比較的道は穏やか。

平坦な道ってもうそれだけで

うれしいです。

 

 

 

 

 

現地の人も良く飲んでいる

エナジードリンク「カンフー」。

オロナミンCみたいな味です。

通りから覗いて

冷蔵庫が備わった商店があると

飲み物を求めて駆け込むこの数日。

 

 

 

はじめて料金所を目にしました。

自転車は支払い対象外ですが

いよいよ首都圏にはいってきた

ということなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ザンビア入国から走り続けること7日目。

ついに首都ルサカ到着です!

こんなに大きな建物が並んでいるのは

ケニア・ナイロビ以来じゃないだろうか。

 

 

 

ゲストハウスを数件尋ねたけれど

どこもドミトリー(相部屋)で¥1,500以上。

完全に欧米人をターゲットにした価格です。

 

そんななか、ネットで調べて見つけたのが

街の静かなエリアに佇む

インド・シーク教の寺院。

 

 

 

宿舎も備わっており、

宗教問わず滞在可能。

爆音で音楽も流れてないし、

飲んで騒ぐ人もいないし、

静かな空間が広がっています。

宗教施設っていいですよね。

 

 

 

個室で扇風機もついて

たったの¥400。

都会の宿選びは難しいのですが

良いところを見つけました。

宗教施設っていいですよね。

 

 

 

 

しかも、夜には

チャパティと豆カレーを

おすそ分けしていただくことに。

数年前に旅したインドを思い出す

懐かしい味。

ダンニャバード。

 

 

 

 

 

 

 

 

アフリカの中では近代的なルサカの街。

やたらとショッピングモールがあります。

 

 

 

内部はものすごくきれいで

ヨーロッパ基準の小売店と

なんら変わりありません。

これまで田舎を走ってきたけれど

まったく違う国にやってきたかのよう。

 

 

 

 

そんなショッピングモールには

たくさんのレストランがあります。

まずはステーキ(¥2000)。

村で放し飼いのヤギの肉とは

わけが違う。

舌がとろける…。

 

 

 

中華レストランでは海老ラーメン。

あっさりのだしが体にすっと染み込む。

旅の始まりを思い出す

懐かしき東洋の味。

あぁ、美味し…。

 

 

 

 

タイ料理屋さんではグリーンカレー。

ココナッツミルクの甘味の向こうには

刺激あふれるチリの辛味。

汗を流しながらも

南国タイの爽快感が味わえます。

もう、最高…。

 

 

 

 

 

とまぁ、首都にやってきて何をしたかというと

食べてしかいないです。

 

「現地に赴いたからには現地のモノを」

なんて言ってられるのは最初だけ。

結局、世の中ステーキが一番美味しいんだから。

 

 

 

27ヵ国目・ザンビア

2019.10.31

【514日目 21,673km】

 

マラウイ最後の町“ムチンジ”での休息を終えると

いよいよ次なる国へと向かいます。

 

 

 

国境まではわずか10km。

最後に一波乱ありましたが

総じてマラウイの人は穏やかでのんびりな人が

多かったように思います。

 

 

 

 

 

 

 

1時間もしない内に国境に到着。

物流ルートにもなっているようで

多くのトラックと人が

列をなしていました。

ここでマラウイとはお別れ。

 

 

 

 

 

 

 

やってきた27ヵ国目は「ザンビア」。

 

海と接しておらず8つの国に囲まれており

1700万人が暮らす内陸の国。

アフリカで最も平和な国ともいわれるらしく

74もの部族が在りながら

内戦が勃発したことがないのだとか。

 

きっと良い人がいっぱいいるに違いありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

入国のビザ取得時に必要な

50ドル(アメリカ紙幣)の入手を

忘れており、

路上のいわゆる闇両替で換金。

手数料¥1,000もとられました。

 

 

 

 

入国直後、

道路は非常にきれいに整備されており

しかも下り坂。

車の少ない道を

気持ちよく進みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国境からわずか30kmで最初の街「チパタ」到着。

建物も多くマラウイよりも経済力があるというのが

すぐにわかります。

 

 

 

街の真ん中にあるスーパーに

寄ってみました。

置いてあるものはヨーロッパのものと

ほぼ変わりません。

ただ在庫が全部少ないのは

お客さんが少ないということか…。

 

 

 

目を付けておいた宿はすべて

¥2~3,000という高水準。

アフリカも南に行くほど

物価が上がると聞いてましたが

いよいよ実感しています。

 

 

 

 

こちらはキャンプならば

¥600ということで泊まることに。

お客さんは誰もおらず独り占め。

アフリカで現地の人が

キャンプすることはないだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、この日から本格的にザンビア走行が始まります。

目指すは600km西の首都「ルサカ」。

 

 

 

首都ルサカからマラウイ国境へ

東に伸びる幹線道路は

「Great East Road “すごい東の道”」

と呼ばれ、ヨーロッパの援助を受けて

非常に綺麗に整備されています。

数日に渡りこの道を進んでいく。

 

 

 

ザンビアに入ってからは村人たちに

やたら“How Are You?”と

声を掛けられるようになりました。

ただ“I’m Fine”と返しても、

応答ありません。

なんか言ってよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

90kmを走ったこの日は「カテテ」という町の

外れにある宿に到着。

栄えていたのは国境の街・チパタだけで

西に向かうとマラウイと変わらないほどの

田舎になっていきました。

 

 

 

相部屋だけど部屋には

誰もいない。

¥800なので

マラウイほどじゃないけど

まあ安いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレート・イースト・ロード走行2日目。

しばらくはこの枯れかかった木が

どこまでも続く風景ばかりとなります。

 

 

 

道脇の村ではブタが焼かれていました。

動物をさばいたり焼いたりは

たくさん見てきたけれど

こんな文字通りの“丸焼き”は

はじめてかも。

もちろん食べるためです。

 

 

 

大地にコロンと転がり

おだやかな顔で逝かれたブタさん。

ヤギと牛ばかりだから

たまにはブタが食べたい…。

(この時はもらえませんでした)

 

 

 

 

地味ながらアップダウンが

延々と続きます。

標高は1,000m近いのですが

夏が近づいてるらしく

日中はおそらく30℃越え、

暑い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

100kmを走り「ミンガ」という村に着いたこの日。

宿がないので村の外れにある小さな集落に

テントを張らせてもらうことに。

 

 

 

この子供たちはすべて姉弟といとこ達。

おばあちゃんを中心とした

親戚による集落だそう。

なのでみんな仲良し。

 

 

 

 

 

右の水色のシャツが

集落のボス・“おばあちゃん”。

「何やら知らない外国人がいる」と、

近くから黄色い制服の学生たちが

集まってきました。

 

 

 

 

ガスや電気は通っておらず、

料理は火を起こしておこないます。

トウモロコシの粉を水と混ぜて

茹でるのはマラウイと同じ

伝統料理の“シマ”。

現地の主食です。

 

 

 

英語が伝わらないながら

疲れていることを察してくれて

ご馳走してくれました。

お礼に子供たちにビスケットをあげると

みんな大喜び。

 

 

 

 

日没は18時30分ごろ。

真っ暗な集落の真ん中に火を焚いて

みんなでおしゃべり。

20時ごろにはそれぞれ寝床に向かい

集落の1日は終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレート・イースト・ロード走行3日目。

乾季ということで雨の心配は全くありません。

その分、気温が日に日に高くなっている。

 

 

 

景色が変わらないここ数日。

どこまでも広がる山の途中に

小さな集落が時々あらわれる。

そして、「How are you?」

と何度も尋ねられる。

「I’m fine」は無視される。

 

 

 

 

 

 

 

 

90kmを走ると「カチョロラ」の村に到着。

変な名前。

 

 

村に唯一の宿は改修中で

水と電気がありません。

「それでもいいよ」と伝えると

割引価格の¥550にしてくれました。

屋根とベッドさえあれば

それはもう宿なんだから。

 

 

 

長い長いグレート・イースト・ロード。

まだ終わりは見えません。

 

 

 

 

マラウイの田舎を行く

2019.10.27

【510日目 21,342km】

 

薬が効いてお腹も快方に向かうなか

次なる国への国境を目指します。

 

 

 

ここまで主要の幹線道路を通ってきたけど

最後はちょっと迂回して田舎道を通ってみることに。

どんな出会いが待っているのか…。

 

 

 

すると早速、

コンクリートの道が途切れて

未舗装路に。

走りにくいけど、

ちょっとワクワクします。

 

 

 

 

それでも至るところに

村が点在しており、

決して一人切りにはなりません。

「ムズング、ムズング」言われながら

進んでいきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると道の脇から大勢の子どもたちが出現!

すぐ近くに学校があるらしく、

勢いで突入してみることに。

 

 

 

校長先生にあいさつをし

わずか15 分ほどですが

教室をのぞかせてもらいます。

見慣れぬムズングに

皆、大興奮。

お邪魔しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

引き続き、

どこまでも続く1本の田舎道を走ります。

 

 

 

困るのが、

時おり出くわす

「深砂ゾーン」。

海辺のごとくサラサラの砂が

道いっぱいに溜まっているんです。

 

 

 

 

重量50kgにも及ぶ自転車は

深く埋まってしまい

わずか10mすすむのにも

一苦労。

「あ゛ぁ゛ーー!!」と

イライラ叫び押していきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

70km走ったこの日は「カランガ」という

小さな村に到着。

 

 

 

夕暮れ時になっても

子どもたちはいつも元気。

カメラを向けると大興奮で

笑顔を見せてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物流ルートからも外れた田舎道に

宿などあるはずもありません。

 

「どこかテント張らせてもらえますか?」と、

尋ねると

「ウチの家で寝ていきなよ」と

優しく受け入れてくれたのは

学校の先生をしている“カゼンゴさん”一家。

 

 

 

キッチンやトイレ、

寝床はこのようなレンガ造り。

もちろん電気は通

っていません。

 

 

 

 

 

改築中の母屋で

寝させていただくのですが、

蚊がいるのでマラリア対策で

テントを張って寝ます。

 

 

 

 

 

トウモロコシの粉を練った“シマ”と

(タンザニアの呼び名はウガリ)

湖でとれた魚をごちそうになりました。

懐中電灯の灯りで照らしつつ

なんとか食べる…。

 

 

 

 

教師という職業であることから

社会的地位が低くはないであろうカゼンゴさん宅。

それでも、生活の様子はかなり質素なもの。

 

 

食事をしても¥50。

自転車タクシーに乗っても¥50。

宿に泊まってもせいぜい¥400。

 

旅人にとっては嬉しい物価の低さですが、

国民みんながごく僅かなお金をやり取りしながら生きるマラウイ。

改めてこの国の経済的な厳しさを

目の当たりにしたように感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カゼンゴさんにお別れした翌朝

引き続きガタガタの未舗装路を進み始めます。

 

 

 

前日から100km近く移動してますが

手つかずの荒野ではなく

広く耕され

数km毎に村や集落は現れます。

 

 

 

 

 

徐々に道は広くなり

しっかりと踏みしめられた土の道が

着実に走りやすくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついにアスファルトの舗装路に復帰!

自分で未舗装路を選んでおきながら

この時の喜びは尋常ではありません。

 

 

 

休憩する度に集まる人だかり。

「日本から来たんだよ」って

何回説明しただろうか。

 

 

 

 

 

 

舗装路に復帰してからは

道はなだらか。

コンクリートのありがたみを感じる。

何事も

“あって当たり前”ではないんです。

 

 

 

 

ムズズを出発して5日、

国境の街「ムチンジ」到着。

街の看板を撮ろうとすると

「えっ僕撮るの?いいよ」

って少年が割り込んできました。

いや、違うけど。まぁいいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

国境まではわずか10km。

マラウイ出国の前にひと休み。

 

腹痛に悩まされたマラウイの道中ですが、

最後の最後に宿泊先の

“シャロンゲストハウス”でひと悶着。

 

 

到着翌日の午後、

ゆっくり体を休ませつつ

自室でブログを

カタカタ書いていると

中庭の駐車場から

爆音で音楽が流れだしました。

 

 

 

向かってみると

どうやら酔っぱらった客が自分の車で

音楽をかけているよう。

 

 

「ごめんごめん、いまパソコン作業してるから

ちょっと音量小さくしてもらっていいかな?」

 

「何だと?オレは金払って泊まってるんだから

つべこべ言ってくんじゃねぇ」

 

 

あぁ、めんどくさ…。

 

「いや。こっちもお金払ってるから。

ゆっくり休みたいのに、迷惑なんですけど」

 

「うるせぇよ!ボリューム最大まであげるぞ、」

 

 

まったくこちらの言うこと聞く気なし。

 

「わかったよ。もう警察行くから。

顔とナンバープレートだけ撮るからね」

写真パシャパシャ。

 

とはいえ、こんなささいな口論で

警察が動くはずもないので

外出してた宿のオーナーを待つため自室に戻ることに。

 

 

すると向こうが何やらまくし立ててきました。

 

「文句つけてきたうえに、写真まで撮りやがって。

オレのほうから警察に言いつけてやる!」

と車で走り去っていく男。

 

 

「そんなお酒のニオイさせて行っても

相手してもらえないでしょ」と思いつつ、

部屋でブログを書いていると20分後、

警察を従えた彼が戻ってきました。

 

 

 

「日本人の旅行者ってのは君だね。

話を聴かせてもらっていいかな?」

と警察。

ブスッと居座る男を横目に

冷静かつ簡潔に

事の流れを説明しました。

 

 

 

警察の方はものわかりが非常に良く、

わずか2分ほどで事情聴取は終わり。

パスポートチェックすらなく

「君もう部屋に戻ってていいよ」とのこと。

 

男に厳重注意をして警察は去ったみたいです。

 

 

夕方、騒ぎを知った宿のオーナーが戻ってきました。

 

「いやぁ、俺のいない時に大変だったみたいでゴメンね。

マラウイは良い人多いけど、中には変なのもいるから」

 

 

ということで一件落着。

男はこれ以上宿にいづらくなったのか

しれっとチェックアウトしていったそうです。

 

 

旅をしてると面倒ごとに巻き込まれることもありますが

上手に身をこなしつつ

次なる国へ向かいます!

 

 

 

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