Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~

日記

投稿者: ryosuke

初野宿

2018.06.1

【13日目 632.5km】

 

体力も回復し、止まらない咳以外はバッチリの状態です。

のんびり観光したり、体調崩したりで

予定よりはるかに遅いペースで進んでいましたが、

ビザにも限りがあって、いつまでも中国には滞在していられません。

もう少しスピードを上げなければと何となく焦りを感じはじめています。

 

常州を発ってから大都市・南京に寄り、

現在「合肥」という都市にきています。

 

この南京から合肥までの距離が200km近くあり、途中で一泊したのですが

これが記念すべき海外初野宿となりました!

 

中国人曰く、「この国はどこでも野宿できるよ」というのですが

そうはいってもはじめは抵抗があるもの。

 

そんななか今回の旅で有益情報を得ました。

野宿をするなら「大学構内だ!」とのこと。

どこの街にでもあって一番安全な場所だそうです。

 

といいながら、そもそも簡単に入れるのだろうかと疑いつつ向かったのが、

巣湖(そうこ)という湖のほとりにある“巣湖学院”。(創立40周年!)

 

入口ゲートには二人のガードマンが仁王立ちしており、

授業を終えた学生さんたちがぞろぞろと帰っていくところでした。

その流れに逆らうように、

大荷物を積んだ自転車に乗ってヘルメットを被ったまま突撃したところ

ガードマンは何も言わずそのまま仁王立ち。

「へっ?いいの?」

と思いましたが、何も言われないのでそのまま突っ切り無事に侵入成功しました。

 

「30歳無職の外国人を止めなければ、あのガードマンは誰を止めるんだろう?」

と考えながら、構内を散策しつつ程よい場所を探し求めました。

 

出会う人たちに尋ねても、

「別にテント張ってもいいんじゃない」との答え。

大学の敷地は公共の場所でもあるそうで、迷惑をかけなければいいようです。

 

そのままテントを張って寝床についたあとも、

誰にも邪魔されず気持ちよく眠りにつくことができました。

 

これからも色んな大学でお世話になろうと思います。

 

 

 

そういえば、数日前に自転車トラブルの定番“パンク”が発生してしまいました。

海外では初めてだからなのか気づいた瞬間動揺してしまいましたが

正しい手順に則って即座に穴を確認し、

自転車屋のお兄さんのように迅速に穴をふさいで、

再び走りはじめました。

 

ただ、せっかく旅を発信するからにはそういうちょっとしたハプニングも

しっかり写真に収めてお伝えしていかなければいけないなぁと感じました。

 

ということで明日もまた走ります!

 

旅の相棒①

2018.05.28

【9日目 280.6km】

 

東洋のベニス・蘇州を後にして、

現在、「常州」という所に来ています。

天気に阻まれ出足が鈍っていましたが、

追い打ちをかけるように風邪を引いてしまいまして…。

 

実は上海出発の時点で、風邪の予兆はあったのですが

ちょっと無理をしながら、だましだまし前に進んできたのが祟っちゃいました。

晴れの日でも遠くがかすんで見えるほどの空気の汚れも影響しているのか

咳もとまりません。

 

健康な体なくして健全な旅あらずですね。

自己管理を徹底せねばと粛々と反省しております。

 

 

さて遅らばせながらですが、ここで旅の相棒を紹介したいと思います。

旅を支えてくれるものは人ばかりではなく、大切な「モノ」も欠かせません。

 

まずは、自転車に乗って世界を旅していくうえで必要なのは「自転車」。

これがなければはじまりません。

 

そして、こちらが今回僕が相棒に選んだ一台。

 

「Panasonic OJC4」

ロードバイクやクロスバイクなどのスポーツバイクが流行っていますが、

こちらは“ランドナー”と呼ばれる種類。

大陸横断規模の長旅にも適応しており、

まさに今回の旅にうってつけの自転車だそうです。

 

フレームはクロモリと呼ばれる鉄鋼でできておりかなり頑丈。

しかも、カーボンなどの特殊素材と違って溶接が可能なので、

仮にボキッと折れた場合、途上国の鉄工所などでも修理が可能だそうです。

 

また、自転車用タイヤのサイズ規格は多岐にわたるなか、

外国でのトラブル時にも対応できるよう、

世界でも流通量の多い26インチのタイヤを採用しているそうです。

 

このように“だそうです”ばっかりで人からの受け売りを説明するしかないほど

自転車の知識に乏しい僕のために、今回自転車をセットアップしてくださったのが

広島市東区にあるバイクショップ「HILLCLIMB(ヒルクライム)」さん。

 

出発の約半年前から相談に乗ってくださり、

無茶な要望にもかかわらず過酷な旅を乗り越えられるよう

自転車をパワーアップさせてくれました。

さらにトラブルにも対処できるようワイヤーやチェーンの替え方なども

レクチャーしていただきました。

心より感謝しております。

 

 

協力企業様のロゴも貼り、看板を背負って明日も走ります!

 

 

東洋のベニス

2018.05.24

【4日目 136.8km】

 

降り続いていた雨がやみ、初めて晴れ間が見えたのが

中国上陸から4日目のこと。

やっと自転車を漕ぎだせるときが来ました。

 

雲がかかってばかりの上海を後にして、青空のもと颯爽と走れるかと思いきや、

見上げる空には霞がかかって、工事現場のように埃っぽい空気。

うわさに聞くPM2.5を肌で感じながらも、タオルで顔を覆いながら

幹線道路を西へと進みます。

 

初日は苦戦した中国の道路事情も慣れてみると、

自動車レーンと原付・自転車レーンが完全に分かれており

日本よりもむしろ走りやすいことに気づきます。

 

ただこっちの原付バイクってエンジン音が全く鳴らないので

ドキッとすることが多々あります。

プリウスみたいにのそーっと近づいてきて気がついたらすぐ後ろにいるんです。

みんなクラクション鳴らしまくるから結局うるさいんですけど…。

 

 

休みをとりつつ上海から西へおよそ80km走ると、

昼過ぎにはこの日の目的地「蘇州」にたどり着きました。

 

この街、「東洋のベニス」なんて呼ばれているそうです。

上海のような高層ビル群もありつつ、

旧市街には運河が張りめぐらされた歴史的な景観が広がる渋い場所。

古くから生活に溶け込んできた運河の歴史は本家イタリア・ヴェニスよりも古いそうです。

 

 

また、市内に点在する沢山の庭園の多くは世界遺産にも登録されており、

観光にぴったりの場所。飽きません。

 

このあたりの地域は雨期に入りかけているそうで、

天気予報を見るかぎりまた足止めを食らいそうな予感。

なので、しばらくのんびり観光していきたいと思います。

(全然、 Cycling してない)

 

蘇州にたどり着く前に、休憩にふらっとよった市場で

珍しく英語で話しかけれられたかと思うと、青年は自転車に興味津々。

 

実はこのチャンくん、今年の夏から自転車中国横断を計画している

同胞だったんです。しかも、同い年。

夜には友達と一緒にわざわざ滞在先まで遊びに来てくれて、

食事をしながら旅について語り合いました。

 

聞けば彼の友達も現在、自転車で世界を一周しているそう。

流行ってます!

 

上海上陸、旅の始まり。

2018.05.21

【1日目 18.6km】

 

2日前に大阪港を発ち、

ときおりの荒波と悪天候にもまれつつ、

瀬戸内海を抜け東シナ海へ。

 

そして、5月20日 午前10時34分(現地時間)。

上海国際旅客港に到着。

 

ついに旅の始まりの場所、中国・上海に降り立ちました。

門出を祝うかのように日の光が大空を照らしてくれるのを期待していましたが、

あいにく到着からずっと厚い雲がかかっており、雨まで降る始末。

 

しかし、これも

「旅は決して思い通りにはいかない。気を引き締めていきなさい。」

という宇宙からのメッセージに違いありません。

 

荷物を引き受けるとそのまま自転車に乗って

予約していたゲストハウスへ向かいます。

 

空を貫く高層ビル群や耳に飛び込んでくる中国語。

「まさにここは外国だね。」

なんて思わず、

日本でも都市部の観光地に行けば似たような風景にはよく出会います。

 

しかし、しばらく走れば確かに中国。

右側通行、信号無視、スマホ片手のドライバーたち、

などなど日本国内ではお目にかかれない道路状況。

慣れない交通習慣に苦戦しながらも宿を目指して進みました。

 

 

予想以上に英語が通じず、道行く人に尋ねても

「あっち」「こっち」とバラバラの答えが返ってくるばかり。

迷いに迷って、最短7.5kmの道のりを

気づけば18.6kmも走り倒していました。

 

 

世界地図を開けば横たわる広大なユーラシア大陸。

そしてその東の果てに位置するのが中国・上海。

ここから西へと続く道のりを想像するだけで不安と興奮が同時に沸きたちます。

 

小籠包の肉汁のように漕ぎ出したい気持ちが溢れるのを抑えつつ、

しばらくはこの近代都市をのぞいてみたいと思います。

 

 

<情報>

昭文社様HPにて、情報掲載いただいております。ぜひご覧ください!

http://www.mapple.co.jp/mapple/news

 

行ってきます。

2018.05.17

今回をもって、出発前最後の更新となります。

 

大きな挑戦に向けて細かな準備を重ねてきましたが、

いよいよ5月18日が出発の日です!

 

本日(17日)大阪へ移動。

明日(18日)中国客船「蘇州號」に乗船。

2日間の船旅の後、5月20日に上海へ到着する予定です。

 

じっくり準備を進めたつもりでも直前はバタバタするし、

これで大丈夫だろうか?という不安は拭いされないものだと思い知らされてます。

 

なかなか馴染みのないことを並行してやってきたここ数週間でした。

 

 

<中国ビザ取得>

各国の入国許可証であるビザですが、

これは旅をしながら次に訪問する予定の国の大使館に寄って

取得していく必要があります。

 

なので一カ国目となる中国は日本での取得が必須。

取得のルールは訪問国によって異なるのですが、中国はやっかいでした。

■入国時の航空券(eチケット)が必要 ■滞在中全日程のホテル予約表も必要

と結構メンドクサイ。

 

「船で入国だし、いつどこで泊まるかもわかりません」と大使館に連絡したところ

「それでは発行が保証できません」とのこと。

複数の旅行代理店に申請依頼しても「対応できかねます」との返事が相次ぎました。

旅のスタイルが影響してか、ややこしいみたいでした。

早くも暗雲たち込める…。

 

しかし、念ずればどこかに道は通ずるもの。

東京の某代理店が取得を代行してくれて無事獲得できました。

(どうやったんだろう?)

 

 

 

<予防接種>

海外渡航にともなって接種するのは未経験でしたが、

これも無事に旅を完遂するための必要事項です。

 

A型肝炎、B型肝炎、腸チフス、髄膜炎、狂犬病、破傷風、黄熱病。

3カ月に渡り幾度となく両腕にブスブスと注射を打ちました。

 

あわせてお会計10万円ほどとなかなかいいお値段でしたが、

特に黄熱病なんて証明書がないと入国できない国もあるそうな。

 

 

 

<装備品手配>

装備品をずらっと並べてみました。

少しでも身軽に旅がしたいので「あると便利」ではなく「なければならない」

をモットーにそろえたつもりです。

 

衣類、自炊セット、パソコン、カメラ、修理用工具、野宿用品 などなど。

旅を支えてくれるこれらの道具をかつぎ込んで、

乾いた大地を渡り歩いたかつてのキャラバンのごとく前に進んできます。

 

どれだけこれらのものを大切に扱っても

きっといろいろなものを失ったり、また新しく手に入れたりするのでしょう。

まるで人生のように。

もう一回いいます。

まるで人生のように。

 

 

といった具合に身支度をしてまいりましたが、

泣いても笑ってもスタートの時が刻々と近づいております。

 

どれだけ準備をしても足りないこと、今は予想しえないハプニング。

そんなものが目の前にはごろごろ転がっているんだろうと思います。

ただ、それらを乗り越える方法もきっと用意されているはず。

やり方なんて走りながら考えるもの。

うだうだ悩まず、ひたすら目の前に広がる道を進んでいきます。

 

中国に入国するまでは通信も途絶えてしまいますが、

行く先々でWi-Fiをキャッチしてはブログの更新を続けてまいります。

 

 

それでは、

行ってきます!

 

 

旅歴

2018.05.12

いよいよ出発まで1週間を切りました。

 

旅立ちを報告するためにもここ最近色々な人にお会いしているのですが

よく聞かれるのが、動機は何なのか、という問いです。

 

さまざまな体験を通過した結果、

今現在、旅に出ねばという心境なんですが

もっとちゃんと説明してと言われると

「…えーと、…んーと。」ってなってしまいます。

 

簡潔にまとめるのは難しいですけど、

これまで旅が与えてくれた無数の出会いが、

僕を魅了する強い引力であることは間違いありません。

 

“旅歴”なんて言葉はないですが、

これまで辿った旅歴なくして今回の挑戦はありえなかったと思います。

 

 

【インド】2012

大きなバックパックを背負って異国を放浪するのは初めての経験でした。

印象深いのがインド亜大陸最南端の町「カニャークマリ」。

 

アラビア海、インド洋、ベンガル湾の3つの大海を臨む岬に位置し

インドでは唯一太陽が海から昇り海へと沈むというこの地におもむいて、

早朝に日の出を迎えて沐浴をすることが

敬虔なヒンドゥー教徒にとっての美徳だそうです。

 

神聖な瞬間に立ち会うべく夜明けの海岸に向かうと

場を埋め尽くす色鮮やかなサリー、一帯を覆う静寂、荘厳な雰囲気。

 

ところがいざ日が昇り始めると一変、

テンションの上がった巡礼者はエキサイトし、子どもたちはシャウトしまくります。

厳かな儀式どころか、「太陽めっちゃキレイじゃん、Yeah」て感じなんです。

 

宗教や儀礼とは縁遠い僕が勝手に別世界の情景を夢想してただけで

ホントはもっと世俗的で普通なんですよね。

神秘の国との距離がちょっと縮まった瞬間でした。

 

 

【アメリカ】2014

グレイハウンドバスを乗り継いで名高いライブハウスを巡った

北米大陸横断の旅にも忘れられない出会いはありました。

 

アリゾナ州「セドナ」でのこと。

ネイティブアメリカンの聖地でシュラフを携えウロウロ寝床を探していたところ

「ここじゃ野宿できんよ」と声をかけてくれて

泊めてもらったのが James Uquallaさんという人でした。

実はこの人、Havasupi族という部族の副酋長的役割にあたる偉いお方。

 

グランドキャニオンの谷底の出身ということで故郷を案内してもらったり、

司祭的役割を務められるとのことで結婚式に参列させてもらったり。

21世紀にありながら土着の慣習に寄り添った暮らしを覗かせてもらいました。

 

大宇宙からのメッセージについて、母なる自然との共存について、

三日三晩ともに語らい過ごしたことで

深遠なる精神世界に足を一歩踏み入れることができました。

合掌。

 

 

【カンボジア】2015

「地雷を踏んだらサヨウナラ」という本をご存知でしょうか。

 

1973年、現地で殉死された写真家・一ノ瀬泰造さんの手記には

ポル・ポト政権下のカンボジア国内の様子がありありと記されており、

東南アジアの小さな国への関心を引きつけられました。

 

多数の人が大虐殺の犠牲となったカンボジアでは

どの地域を歩いてもお年寄りを見かけることはほとんどなく、

少し旅をしただけで暗い歴史の影響が垣間見えました。

 

負のイメージを抱えたまま向かったのが、ラオスとの国境付近にある

ラタナキリ州「バンルン」。

たどり着いたゲストハウスはなんとオープン初日だったらしく客は一人。

4日間滞在しましたがずっと一人。

 

苦戦したのが旅の定番、言葉の問題です。

若い夫婦と幼い二人兄弟の家族経営なんですが誰も英語ができず、

“One, Two, Three”も“Tomorrow”も“Water”も通じませんでした。

身振り手振りで何とか意思疎通をはかりました。(多分できてないけど。)

 

そんななか、奮闘してくれたのが幼い兄弟たち。

少しでも英単語を身につけるため、

必死にジェスチャーで意味を理解し、何度も声に出して覚えようとしてました。

 

何かを学び得ようとするキラキラした純粋な瞳が、

どんな過去があっても前へ進もうとするエネルギーは新しい未来を切り開く

ということを教えてくれた気がします。

 

 

という感じでまとめてみましたが、これらは沢山の出会いのほんの一部です。

 

日常にも溢れている「出会いの尊さ」を、

旅はわかりやすいかたちで示してくれます。

時間的にも空間的にも、極めて小さな点と点がぶつかり合う偶然を味わうため

僕は新しい旅に出ます。

(上手にまとまりました!)

 

出発まであともう少し…!

祈願の巡礼

2018.05.9

こないだまで仕事をしてまして、退職したのが3月末日。

そこから毎日ぼへーっと怠惰な日々を過ごしていたわけではなくて、

四国八十八箇所を巡る「お遍路」の旅に出ておりました。

 

 

装備品の確認や体力維持のトレーニング、

そしてハプニングに見舞われつづけるであろう

旅に向けての安全祈願が目的でした。

 

当初は、

「国内旅だし暖かくなってきたしのんびり行けるでしょ」となめてました。

「おじいちゃんおばあちゃんも廻るんでしょ」とたかをくくってました。

しかし、

そんなやつの思い通りにコトは運ばないのが世の常でして。

 

およそ1200年前、

若き空海(弘法大師)が巡拝した修行の地を辿る旅とあって、

その道のりは想定を超える過酷なもの。

平らなところばっかりにお寺を敷設してくれたらよかったのに、

何百メートルという山の上にもいっぱいあるんです。

だって修行だから。

 

 

大きな荷物をひく馬車馬のように進み続ける日々。

節約のため、公園や道の駅で夜を明かす日々。

朝のラジオ体操にやってきたおじいちゃんに「そこのいて」と言われる日々。

 

4県にまたがる巡礼の道は文字通り平坦ではなく、日ごとに疲労は溜まっていきました。

 

そんな状況でも心を弾ませて旅ができたのは、

やっぱり行く先々に人との出会いがあるから。

 

食べ物(ときには金銭も)を恵んでくれたり、

優しくねぎらいの言葉をかけてくれる地元の人たち。

自転車で日本を一周している通称チャリダーたち。

面白い巡礼地があると聞きつけてやってきた外国の人たち。

黙々と歩を進め続けるお遍路さんたち。

 

年齢も職業も国籍も違えば、巡礼の目的もみなそれぞれ。

八十八のお寺で経を納め、ひたむきに祈りを捧げる人の姿を目にするたび

それぞれの人生に抱える想いがあり、

こうして功徳を積んでいるのだと感じました。

 

 

お遍路旅を経て気づかされたのは、

景色や食べ物もそうですけど

旅を魅力的なものにしてくれるのは「人」だということ。

 

本当に旅をしてよかったと心から思います。

今まで本当にありがとうございました。

お世話になりました。

 

 

…て終わりそうな流れですけども、

本番はこれから。

 

お遍路の旅は

日数にして18日間、走行距離にして1400km。

しかし僕がこれから挑む道のりはそのはるか数倍におよびます。

 

旅の魅力を再認識したことで、

心の中でせめぎ合っていた期待と不安の

「期待」の方がはちきれそうに膨れあがってきています!

 

 

そんなわけで、

歩む者に勇気と自信を与えてくれる四国の「お遍路」。

興味のある方はぜひ挑戦してみてください!

旅の準備

2018.05.5

振り返ってみると、今回の旅に向けて本格的な準備をはじめたのが

ちょうど去年のGWの頃で、1年なんてホントにあっという間だなとしみじみ感じてます。

 

 

身近に似たようなことにチャレンジをした人もおらず、

最初は何から手をつけたらいいかもわかりませんでした。

そんな中ただ自分が挑戦をするだけでなく、

今回の旅を一つのプロジェクトとして発信することで、

何か大きな壁に挑もうとする人の背中を押すことにつながればいいな

という気持ちは漠然とあったんです。

まだ自分が成功したわけでもないクセに…。

 

 

そこでまず、

旅を発信するために「良い感じのホームページが欲しい!」と思いました。

ただサイト設立なんて出来る人には出来るでしょうけど、

出来ない人には出来ないもんです。

ということでパソコンに詳しい知り合いに頼んで

製作にうつり始めたのが、去年のGW頃の話。

あーしたい、こーしたいと僕の漏らすわがままを聞いてくれて、

少しずつかたちにしてくれました。

 

つぎは、「プロジェクトの看板となるロゴが欲しい!」でした。

ほとんど思い付きでしたが、

素敵なロゴがあれば興味を持ってもらいやすいはず。

そこで依頼を引き受けてくれたのが地元広島市のデザイン事務所「ロバ企画室」さん。

「ざっくりこんな感じです」という至極いい加減な要望をお伝えした

ファミレスでの打ち合わせが夏のこと。

それからほんの数日で原型を完成させてくださり、またもやわがまま放題言って

今のかたちに仕上げてもらいました。

 

そして、「一大プロジェクトには企業からの支援がつきものだ!」

ということで秋から協賛依頼活動が始まりました。

実際、雀の涙の予算で貧乏旅を余儀なくすることが運命づけられていたので、

少しでも物資支援をお受けする必要がありました。

パソコンで企画書を作成し、協力懇願の手紙をしたためる日々。

 

 

そしてありがたいことに、どこの馬の骨とも分からない人間からの依頼を

快く引き受けてくださる仏のような方々が現の世にはおられるんです。

(暖かな手を差し伸べてくれた仏の皆さま→Special Thanks

 

ほかにも、支援にはいたらなかったものの多くの企業様から

激励の言葉をいただきました。

 

 

ものすごく大ざっぱですがこんな風にして、

多くの方との縁を紡ぎながら旅の出発を迎えつつあります。

 

まだまだ助けてもらうばかりで何もお返しができておりません。

それはこれからはじまる旅の魅力をお伝えすることで

果たせるんじゃないかと思っています!

 

ということで旅を万全にすべく、準備にいそしむ今日この頃です。

 

はじまり

2018.05.1

みなさん、はじめまして!

自転車世界一周の旅に挑戦します友竹亮介といいます。

About 参照)

出発当月を迎え、これから始まる未知の挑戦を前に、

心の中が不安と期待でグルグルと入り混じるなか、このブログも始動します。

自転車で地球を駆けめぐりながら、旅の様子をお伝えしていきます。

 

モノや情報が、簡単にそして即座に手に入ってしまう時代だからこそ

時間をかけて汗をかいて、自らの眼で世界を見ていくことに

価値があるはずだと信じています。

 

旅をしてれば楽しいことばかりじゃないだろうし、

想像すらできないトラブルにも山ほど遭うはずですが、

そんなこんなもひっくるめて楽しんでもらえたらいいなぁと思ってます。

 

実を言うと、

自分の気持ちや考えを言葉に表すことは得意ではなくて、

始めのうちはブログなんて生意気なこともするつもりなかったんです。

 

でも、色々と準備を進めていくうえでどうしても

「人とのつながり」って大切だなと気づかされまして。

一人ぼっちで旅をしていくわけですけど、

人の支えがなければ出発に漕ぎつけることもできなくて。(準備の様子は後々!)

 

しっかりと元気に旅をしていることを報告する義務が自分にはあって、

あわよくば、ひいひい言いながら旅をしている姿が

これから何か大きな挑戦に向かう人の励みになれば素敵じゃないか!

と、いま現在は考えているわけです。

 

 

ということで長い長い旅にはなると思いますが、

必死こいて自転車を漕ぎつづけると同時に、

このブログを投げ出すことなく綴りつづけることで

読んでくださるみなさんとの「つながり」を持ちつづけてまいります!

 

それではこれからヨロシクお願いします!!

 

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