山を越える
【162日目 6,730km】
“マースーレ”での滞在を終えると、
再び北に向かって進んでいきます。
北側の国境にたどり着くためには
幾つかの山を越えていくことは避けられず、
高所の村・マースーレからさらに上を目指さなければなりません。
この日、越えていく峠は標高およそ2,800m。
のんびり坂道をのぼれるのならまだいいですが、
傾斜も急でわずか10kmあまりの移動の内に
1000m以上の高さまで上がっていきます。
果たして、自分の体力で越えていけるのか
前の晩からソワソワしてうまく眠れないほど。
覚悟を決めて朝早く走りはじめると
緑豊かな風景に癒されつつ、少しずつ進みました。
さすがにコンクリートの舗装路ではないですが、
車の往来はあるようでしっかり踏み固められて思いの外走りやすい山道。
ギアを一番軽くして必死にペダルをぐるぐる回しますが
少しずつ傾斜はきつくなり、しまいには自転車を押して歩くことに。
標高が上がるにつれ気温が下がると汗も出てこなくなります。
1時間に5kmも進まないようなペースでゆっくりゆっくりと登っていき
4時間が経った頃でしょうか、ついに峠にたどり着きました。
冷たい風が吹き抜け、雲を見下ろす標高2,800m。
予想以上に早く着き終わってみれば大したことはなかったのですが、
登り切った後の気分はやっぱり清々しいもの。
峠の向こう側は舗装もされており、整った道を一気に下っていきます。
猛スピードで走ると身を切るように吹き付ける冷たい風。
重い荷物を積んで下り坂を進むと自転車の勢いが猛烈なので
ブレーキが利かずヒヤッとすることもしばしば。
お金出して良いブレーキにしとけばよかったな…。
山を下り人家が見え始めると“シャル”という小さな村にたどり着きました。
通りを走っていると、ある男性が寄ってきて
「ヘーイ、ストップストップ!!」
と半ば強制的に自転車を止められます。
外国人旅行者と話をするのが大好きな“モルテザ”というこの男性。
「紅茶だけでも飲んでって! いや、むしろ泊まってって!!」
かなり必死に招き入れようとしてくれました。
まだまだ走れる時間だったので迷いつつも、
良い人そうだしいいかなということでお世話になることに。
夏場だけ開店して現在は休業中のレストランに寝床を準備してくれました。
寒さもしのげてかなり快適。
それから車で村を案内してくれたり、
ご飯をごちそうしてくれたり、
一緒にTVゲームをしたり。
心温まるおもてなしのおかげで、
観光資源なんて何もない小さな村にも忘れられない思い出ができました。
イラン北部では養蜂が盛ん。
村のいたるところに木箱が置かれています。
巣まるごと供される新鮮なハチミツは甘さたっぷり。
最高の朝食でした。