「いいから乗るんだ」

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【35日目 2,178km】

 

 

温泉で心も体もリフレッシュした翌朝。

次に目指す町“フォートネルソン”までは320km、

ここから3日あれば着けるはず。

のんびりと朝食を済ませるとまたペダルを漕ぎ始めます。

 

 

 

リアドホットスプリングスを出発すると

ほどなく山岳地帯に突入。

このあたりは“カナディアンロッキー”

とも言われ、

北米大陸を5,000kmにも渡って貫く

ロッキー山脈の北部の起点です。

 

 

 

この日、朝から悩まされたのは

真正面から吹き付ける向かい風。

ペダルを踏みこむ足がすごく重たい…。

この強風が結果として、

翌日に訪れる“予想だにしない展開”の

一因となります。

 

 

 

道の両側を山が挟んでおり

風向きが変わることがありません。

南から吹き上げる風は絶え間なく、

休憩中も吹きさらされながら

バーナーでインスタントラーメンを

作ります。

 

 

 

標高400mほどの温泉地から

最高1,200mまで上る行程。

勾配がキツくはないですが、

アップダウンを繰り返すのが

精神的に答えます。

上っては下りを繰り返すのが辛い。

 

 

 

標高1,000mに近づくと景勝地でもある

“マンチョレイク”を通過。

湖面は凍っており、

脇の道路を走ると寒いです。

疲労と曇り空も相まって

心細い気持ちになる…。

 

 

 

 

ふと道に現れたのは、この地域にしか

生息しない「ストーンシープ」。

くるんと曲がった角が特徴です。

自転車のハンドルもくるんと

曲がってるので仲間だと思ったのか、

全く逃げるそぶりを見せない。

 

 

 

 

19時頃、やっと

この日の最高地点1,200mに到達。

結局向かい風が止むことは

ほとんどなく、

終日必死にペダルを踏みこんでいました。

そして下り坂を一気に下る。

 

 

 

坂をひと通り下って、

茂みの中にテントを張る。

あまり良い場所でもないけど、

疲れ果てたこの日は

もっといい場所なんて

探す余力もありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

温泉を出発して2日目。

明日には“フォートネルソン”に着けるはず。

町には中華レストランもあるらしく、

「グフフ…」と妄想しヨダレを垂らしながら走り始めます。

 

 

 

平坦な道を2時間ほど走ったあたりで

“トードリバー”という集落に到着。

ロッジ兼レストランがあり

クラブハウスサンドを注文してしまう。

この“トードリバー”、思わぬ形で

忘れられない場所になります。

 

 

 

昨日、南に向いていた道路が

大きく曲がり今日は東向きに。

おかげで前日から吹き続ける

強風が追い風になってくれました。

誰かに背中を押してもらっていると

感じるほど力強い風です。

 

 

 

立ちはだかるのは前日を越える

標高1300mの峠。

ただ、やはり傾斜は緩やかで

時間さえかければ着実に上っていけます。

頂上付近の景色は本当に美しい。

写真を撮りつつ、のんびり進む。

 

 

 

夕方17時にサミットレイクという

峠を越えると、20kmにも及ぶ

長い下り坂が待っていました。

対向車もほとんどおらず

気持ち良く風を切って下ります。

峠の後のご褒美が最高。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、坂を下り切った夕方18時前。

僕は地元の方の運転する車の後部座席にちょこんと座っておりました。

実はこの数分前、僕は予想すらしていない出来事に

巻き込まれ始めていたんです。

 

 

 

標高1300mの峠を下り切り、「このあたりでテント張ろうかしら」と

道端できょろきょろしていた時のこと。

60代のご夫婦が乗った1台の車が前方からやってきました。

 

そして、僕のそばで停まった車からご主人が顔を出してひと言。

「フォートネルソン・イズ・オン・ファイア」(フォートネルソンが燃えてる)

町が燃えてる?ん?ん?どゆこと?

まさに言葉通りなのですが、理解が追い付きません。

 

落ち着いて彼らとやり取りをすると、

町の付近で発生した山火事が原因で道路が封鎖され、これ以上は進めないということ。

そして町へと買い出しに向っていた彼らも引き返しているところでした。

「もう先へは進めない。ここでキャンプは熊が出るからダメだ。

キミの選択肢は引き返す以外にない」

 

急に言われても、せっかく今日走った100kmの道のりを引き返すなんて

すぐには決心できません。

「いいから乗るんだ。俺たちの家の近くまで送るから」

ということで、荷台に自転車と荷物を載せると

彼らの家のある“トードリバー”、

つまり朝クラブハウスサンドを食べた集落まで引き返すことに。

 

レネイさん&クリスティーナさんご夫婦は

町へ向かう道中で僕のことを見かけており、火事だと分かったとたんに

“あのサイクリストを助けなきゃ”と思ってくれたそう。

「でも、これからどうすりゃいいのか」と

答えが出ないまま後部座席で揺られます。

そして、6時間かけて走った道のりをたったの1時間で戻ってしまいました。

 

「また明日、道路が通れそうなら送るから」ということで

彼らの庭にテントを張らせていただくことに。

 

 

 

 

ところがレナイさん宅でニュースをチェックすると、

強風の影響で火事は発生からものすごい早さで燃え広がり、

全住人3,000人あまりに避難指示が出ていることが分かりました。

 

「こりゃぁ、すぐには道路開かないな」とレネイさん。

どうやら火事からの避難生活、ちょっとのあいだ続いてしまいそうです。

はぁ、どうしよう…。