2024.09.20
【161日目 9,278km】
テキーラの原産地“テキーラ”を出発。
メキシコ本土最初の目標としていた
グアダラハラまではわずか70km。
街そのものが楽しみということもあるけど
まずは休みたい。
街を離れても
アガベ畑はかなりの面積に
広がっています。
所々に農家さんが作業をしており
肥料を蒔いたり世話をしてます。
9年てホントすごいなぁ…。
アガベに突き刺された
女性のモニュメント。
コンセプトが全く分かりません。
作者に聞いてみたい。
メキシコはこういった銅像などが
すごく多いです。
醸造所にてアガベが焼かれている様子。
サツマイモをふかしたような
どことなく甘い匂いがします。
これがあの強烈なお酒になる
というのが信じられないよな。
ふかし芋の方が美味しいけども。
午後にはいよいよ
グアダラハラの都市圏に突入。
道路が急に広くなったけど
同時に交通量も極端に増えました。
トラックも多いので
気を付けて路肩を進む。
中心部に近づくと
かなり長い距離に渡って
サイクルロードが敷設されていました。
入国以来ここまで整ったエリアは
走っていないので
新鮮に感じる。
そして、ついにたどり着きましたグアダラハラ!
標高1,500mに位置し、
ここに来るまで上がっては下がる山道に苦戦しましたが
港町マサトランから1週間ほどかけて到着。
まず最初に向かったのは自転車屋さん。
ここで何としても
手に入れておかなければいけないものがありました。
それがサイクルパンツ。
バハ走行の後半、夜中に干してる間に
犬に嚙まれたのだろうと思います。
最初はほんの小さなピンホールだったのに
一週間あまりでここまで広がってしまった。
人の家泊るのに、こんな奴が来たらヤダ。
ネットでノーブランドの安物を
買ったのも良くなかったです。
内側のクッションもボロボロなので
迷わず新品を購入。
信頼のブランド“スペシャライズド”
(¥6,000也)
到着翌日は早速市内の観光へ。
グアダラハラ市そのものの人口は130万人ですが、
都市圏を形成する近郊の街を含めると
なんと500万人規模の大都市であるグアダラハラ。
首都メキシコ・シティに次ぐ国内2番目の大きさだそうです。
人口の多さだけでなく
かつて植民地として支配していた
スペインの面影を
かなり色濃く残しているのも特徴。
観光地としても有名で、
国内外から多くの人が訪れます。
バハ・カリフォルニアから始まり
いくつかの街を通過してきましたが
メキシコの本格的な都市を歩くのは
ここが初めて。
まず目を奪われるのは
やはり歴史的な建造物群。
数多くの建物の中でも、抜群の存在感を示すのが
都市のど真ん中に鎮座する“グアダラハラ大聖堂”。
完成からは400年も建っており
地域で最も古い教会だそう。
中に入れば、祭壇の上部から
鮮やかな色を放つ
ステンドグラスに視線を奪われます。
壁や天井の彫刻も繊細で
言葉を忘れて見とれてしまう。
これが街の真ん中にあるから凄い。
現役で使用されている
市役所庁舎や劇場など、
どれもが長い歴史を持っており
建物自体が芸術作品といえるほど。
アラスカから走ってきて、ここで
初めてヨーロッパの香りを感じます。
中心部から5kmほど離れたところにあるのは
“トラケパケ”という地域。
伝統的な民芸品を揃えたお店がずらりと並びます。
特に有名なのが
ガラス工芸だそう。
お店に足を踏み入れると
メキシコならではの
色彩豊かなオブジェが
壁中に飾られております。
生活雑貨から家の壁まで
とにかくカラフルで明るいのが
メキシコの特徴。
日本の“わびさび”的な感性とは
真逆をいくようです。
ずっと見てられる。
見所の多いグアダラハラの中でも
一番長く滞在したのが中心部の“リベルタ市場”。
中南米全土でも最大級の規模を誇る市場だそうです。
3つのフロアから成っており
吹き抜けを見下ろすとこんな様子。
八百屋からお土産屋、
靴屋に食堂まで
様々なジャンルのお店が
ぎゅうぎゅうにひしめき合ってます。
やはり心を奪られるのが
色彩豊かな雑貨たち。
こんなの部屋に置きたいなぁ、
ということでお土産に
いくつも買ってしまいました。
(空輸にて日本へ発送。)
メキシコのみならず
中南米を代表する音楽ともいえる
“マリアッチ”もグアダラハラが発祥。
平日だというのに
市場の中では楽団の陽気な
生演奏が響いていました。
市場で食べたのは
グアダラハラ名物“アオガダ”。
牛肉を挟んだサンドイッチに
トマトベースのスープをかけたもの。
パンが染みてグジュグジュです。
ちなみにアオガダは“水死体”の意。
グアダラハラ滞在中、お世話になったのは
Warmshowerのホスト“アルドさん”宅。
二人の息子さんと仲良く暮らしています。
半年後に、僕が南下した
バハカリフォルニア半島を自転車で走るそうで
お互い有益な情報交換が出来ました。
アルドさんのお仕事はピザ屋さん。
完成したピザを十代の息子さんが
自転車で届けに行きます。
昼間からせっせと生地をこね
夜の忙しい時間帯に備えます。
今は一日十枚のスモールビジネス。
どこでピザ修業したの?、と聞くと
「YouTubeだよ」とのこと。
そんなんで美味しいのが出来るわけ…、
と疑いつつもご馳走になると
これがホントに絶品!
やろうと思えば何だってできる。
アラスカ出発以来初めてといえるほど
グアダラハラではゆっくりと観光を楽しみました。
バハから海を渡り、
本当のメキシコというのが分かりつつあるように感じます。
まだまだ山間部が続きそうですが
引き続きメキシコを南へ下っていきます。
2024.09.15
【157日目 9,278km】
メキシコ本土を走り始め、学校訪問のため
アマリジョにてひと休み。
引き続き、「グアダラハラ」を目指して進み始めます。
走るのはほぼ高速道路。
自転車が正式に認められているらしく
料金所でも
「横の方を通ってね」と、
何も咎められることはありません。
起伏も少なく順調に進んでいく。
本土を走り始めて意外だったのは
緑の多さ。
メキシコは乾いたイメージが
あったけれども、
遠くに見える山々は
ほとんど日本と変わりません。
120kmあまり走った夕方に、
「ヒコテ」という集落に到着。
雑貨屋さんのお兄さんに声を掛けられ
「ウチの裏にテント張りなよ」と、
到着3分で寝床が決まりました。
本当に助かる。
日が暮れると、気温が
30℃を切るようになりました。
バハでは暑すぎて
テントで寝られなかったので
これは嬉しい。
蚊が多いのでテント必須です。
パルミジャス出発2日目。
店主のハイメさんと彼のお友達とのんびり談笑したら
この日も漕ぎ始めます。
フェリーで本土に着いたので
海抜0mからのスタートですが
目指すグアダラハラの標高は
はるか高く1,500m。
泊まっていたヒコテを発つと
本格的な山岳地帯がはじまりました。
それも傾斜がかなり急で
平坦な道など全くないまま
数十kmを必死に上り続けます。
時に立ち漕ぎをしながら
時速7kmでゆっくりゆっくり。
路肩が広いのが幸い。
上り坂に加えて辛いのが
90%にも達する湿気。
気温は32℃ほどに落ち着いたけど
バハとは違った不快さです。
異常なまでに汗が噴き出る。
快適に走れる地域は無いのか。
14時過ぎには「テピック」に到着。
走行距離はわずか30kmあまりだけど
一日の獲得標高が1,500mにも達し
体はバテバテ。
山が多いとは分かっていたけど
思った以上にしんどい…。
もう少し進んで野宿の予定だったけど
あまりの疲労で、急遽
ゲストハウスに泊まることに。
¥3,000を切る所があり
予約なしですんなり入れました。
滝のような汗をシャワーで流す。
「今日、君一人だからゆっくりしてね」
と家に帰ったオーナーさん。
しーんと静まりかえる宿。
バハのゴール地・ラパスにいた時
YouTubeでずっと怖い話を見てたので
なんだか怖くなる。
パルミジャス出発3日目。
疲れ果てたどり着いた宿では結局爆睡。
今日も気持ちよく漕ぎだします。
すでに標高は1,000mを越えており
この日を境に
一気に涼しくなりました。
また、嫌らしい湿気も無くなり
景色も気候も長野県のような感じです。
一回しか行ったことないけど。
登りばかりだった昨日とは違い
午後には、数kmにもおよぶ
長い長い下り坂が待っていました。
坂はずっと続くものの
このあたりから傾斜が
だいぶ緩くなり始めます。
16時頃、この日の目標である
「イストラン」の街が
目の前に広がりました。
白い壁の家々が並ぶ様子を
遠くから見下ろすのが気持ち良い。
本土は町と町の間隔も近いです。
町へ下りて、中心部の教会へ。
どんなに小さな町でも
必ずと言っていいほど
石造りの古い教会があります。
その多くは時計台を冠っており
遠くからも良く目立つ。
平屋がいくつも並ぶ路地に
日光が差し込むと
思わずカメラを構えたくなる。
メキシコの町には風情があって
角の向こうに何があるだろうかと、
ふらふら歩きたくなります。
町の規模が思ったよりも
大きかったので、
野宿場所を探すのに
手間がかかりそうなので
この日も宿へ。
ちょっと奮発しすぎてるな。
パルミジャス出発4日目。
通りの屋台でタコスを食べたら、
また高速道路を進んでいきます。
山々に苦しんできたけど
目標のグアダラハラまでも
あと2日。
山道も少しずつ緩くなっているし
疲労は蓄積しているけど
気分は高揚しています。
砂漠ばかりではなく
木々がどこまでも広がる山があり
爽やかな海辺もあるメキシコ。
夏は旅に適した季節ではないだろうけど
結局のところ楽しめています。
はやく都市も見てみたい。
昼には小さな町へ。
1日にいくつも町を通過するので
食料や水を山ほど
持たなくてもいいのが
バハに比べて楽な点。
メキシコ本土、楽しいです。
標高もひと通り上がり切ったのか
なだらかな平原が広がります。
作物が植えられ
広大な畑が山の向こうまで
延々と続いている。
遠くを眺めてのんびり進む。
17時頃、とある町に到着。
町の外れに大きな畑があり、
その畑の観光ツアー(有料)に
参加すれば
敷地に泊まらせてもらえるという
事前情報を聞いておりました。
その畑で育てられているのがこちらの「アガベ」。
日本では“リュウゼツラン”と訳され、
かの有名な「テキーラ」の原料となる植物です。
やって来たこの街の名前は
まさに“テキーラ”。
世界的に有名なお酒ですが
この街こそ原産地なんです。
グアナファト到着前に
ひそかに楽しみだった場所。
春に植えられる“アガベ”の苗。
なんとこちらの畑では
9年もの長い歳月に渡って
大切に育て上げられるそうです。
近くにそびえる火山の存在も
良いアガベが育つ秘訣だとか。
こちらはすでに9年間育ったアガベ。
成人男性としては小さめの僕の身長に
迫るほど大きいです。
(わかりにくい。)
尖った先端は固くて痛いです。
アガベの近くではふざけないように。
こちらは蒸留所にある窯。
特徴的なトゲトゲは
すべて切り落とし、
根元の部分を
何時間もかけて蒸し焼きにし
絞り汁を発酵させ、蒸留させるそう。
こちら完成品のテキーラ。
ただ僕はアルコールアレルギーの
下戸なのでペロッと舐めるだけ。
ご丁寧に説明まで聞いたけど
カァーッとするばっかりで
全然美味しくない。
説明してくださったオーナーのホセさんと。
来春4月、東京で開かれる展示会に出展するため
自身のブランド「プントゥアル」を携えて
来日するそうです。
ご興味のある方はぜひ。
ただ、カァーッとするばっかりで
全然美味しくないですよ。
2024.09.11
【153日目 8,959km】
バハカリフォルニアのゴール地・ラパスにて休養中。
滞在しているのは今回の旅で初めてとなる“ゲストハウス”。
世界旅行の定番ですが、カナダ・アメリカでは
旅人が集まるような観光地を訪れていないので
泊まる機会がありませんでした。
ゲストハウスの良い所は
大体キッチンが着いている点。
スーパーで買い物をすれば
野菜なり肉なり
自分の望むものが食べられるし
料理をすること自体が楽しい。
砂漠の水不足は深刻なため
手洗いで洗濯するのも禁止でした。
「近くの洗濯屋さん行ってちょうだい」
とのことで、お任せすると
¥800ほどとぼちぼちの値段。
水が無いからと1日遅れでの仕上がり。
写真整理にブログ更新、
船チケット購入などなど
細々した用事をこなすと
2日間の休養日はあっという間。
結局ラパスの街も軽く歩いた程度。
スキューバの名所らしいですよ。
そしてついに本土へ移動する日。
港は中心街から20kmほど離れていました。
19時発だけど、なぜか16時には乗船しなければならない。
暑さのピークとなる昼過ぎに宿を出て向かいます。
宿を出てほどなく
港方面に向かうトラックに
声を掛けられました。
普段なら断るけど、
今日は港までの小移動なので
ここは甘えてしまいます。
あっという間に港に到着。
19時に出港して
対岸のマサトランに着くのは明朝9時。
つまり船で夜を越すことになります。
普段自転車ばかりだから
ちょっとワクワクする。
ちなみにチケットは1万6千円。
もっと安く、日をまたがずに着く
船会社もあったけど
なかなか経験しない船旅を
楽しみたかったんです。
どんな部屋だろう…。
期待を胸にキャビンへ向かうと
飛行機のように椅子がズラリ。
実は、一番安いチケットでは
ベッドなどなく椅子だけ。
「ウソでしょ、船旅楽しみだったのに…」
スペイン語が理解しきれない為の失敗です。
乗り込んでしばらくすると
まだ出港前だというのに
食事の配給が始まりました。
ビーフの煮込みとトルティーヤなど。
メキシコ人の「そんなに辛くないよ」は
僕にとってはめっちゃ辛いです。
やがて日も暮れた頃に船は出港。
座席を倒しても、やはりじっくりとは眠れず
寝たり起きたりを繰り返しながら朝を迎えました。
朝の9時の到着したのは
海辺の観光地でもある「マサトラン」。
船上から街を見渡すと
高いビルも立ち並び
賑わいが感じられます。
メキシコ旅も次なるステージへ。
船の上で仲良くなったのは
自転車好きのフアン&カルロスさん。
バハの各所を自転車で走った
帰りなのだそう。
インチキスペイン語をなんとか
聞きとってくれました。
フェリーを降りたら、
勢い良くペダルを漕ぎ始める予定だったけど
椅子で寝たせいで、体が痛くイマイチ眠れてないので
今日は無理せずマサトランにて一泊してくことに。
港近くのホテルにチェックイン。
すぐに走れるよう朝到着の便を選んだのに
結局宿をとることになるなんて…。
言葉が上手く話せていれば、と思うけど
こういう小さなトラブルこそ
旅の醍醐味だと納得することにする。
宿のベッドでぐっすり眠った翌朝。
気を取り直して、いよいよメキシコ本土を走り始めます。
ここからまず目指すのは国内一大観光地である「グアダラハラ」。
5日もあれば着くだろうか…。
船で出会ったフアンさん達の
アドバイスに従って
“オウトピスタ(高速道路)”を
走ることに。
多くの区間は無料で
路肩がしっかり確保されてます。
「メキシコの高速なんて危なそう…」
と思っていたけど、
交通量はそんなに多くないし
スピード出す人もそんないないので
のどかな景色を眺めつつ
とても快適に走ることができます。
昼は町に着いてランチ。
まだ走り始めたばかりだけど
バハに比べると、
小さな集落でも人が多くて
活気があるように感じます。
バハが田舎だったんだろうな。
半島に比べると若干気温は下がり
30℃ほど。
少しは快適かと思いきや
こんどは体にドロっとまとわりつく
湿気がひどい。
日本の梅雨時のような不快な暑さ。
120kmほどを走って
夕方に「パルミジャス」
という集落に到着。
怪しい雲行きが気になってたけど
やはりしばらくすると
雨が降り始めました。
雨宿りもかねて飛び込んだ食堂。
日も暮れて雨も止まないことから、
閉店後にこの軒下で
寝させてもらいないかと
店主のおばあちゃんに
相談しました。
すると、いとこの家にベッドが空いてるからと
そちらで寝かせてもらうことに。
不安だったメキシコ本土での野宿ですが
なんと初日から幸運に恵まれました。
しかも、いとこの“ショーンさん”は
(↑上写真右側)
小学校の先生をされているとのこと。
話は進み、
翌日は学校の授業に
お邪魔することとなりました。
翌朝。
集落の外れにあるのは100人あまりが通う公立中学校。
ショーンさんと一緒に朝7時前に来ました。
やたら早いから授業準備かなと思ったら、
なんと1時間目の始業が7時だそう。
各クラス10~20人ほど。
自己紹介をすると
生徒の子供たちは
旅について、日本について
あれこれと質問をしてくれました。
最終的に4つの授業に参加。
普段は英語を教えている
ショーンさんですが、
この日は近く行われる行事で
披露するダンスの練習を行っていました。
中学生にあたる子供たちですが
みんな素直で良い子そう。
楽しいひと時を終え
午前中で授業は終了。
午後からはショーンさん宅で
のんびりさせてもらうことに。
ただ、暑いしジメジメするしで
家の中にいても汗をかいてしまう。
ショーンさんお手製の晩御飯で、
食べよう食べようと思いつつも
出会えていなかった
サボテン(ノパル)を食べました。
炒めものだと味ははっきりしないですが
ネバっとした食感が独特。
ということで、メキシコ本土編に突入しました。
1日走っただけで、嬉しい理由での足止めもあり
これからの旅路にも期待が高まります。
ショーンさんありがとう!
2024.09.7
【147日目 8,827km】
暑さにあえぎながら辿り着いたのは「ロレト」。
当初キャンプ場に泊まる予定でしたが、
熱帯夜による睡眠不足を考慮して宿をとりました。
エアコンの効いた部屋で
ベッドに埋もれる幸せ。
メキシコのWi-Fi環境はかなり良く
宿泊施設は当然の事、小さな食堂ですら
ネットワークを備えている確率が
かなり高いです。
到着翌日は休養日。
ロレトは“新大陸”西部への
キリスト教布教の拠点となった街。
中心部には石造りの教会が
堂々と構えています。
天気は毎日快晴。
ただ、炎天下での観光は地獄。
そもそも他の観光客なんて
ほとんどいないし、
お土産屋の人達も
日陰でぐでぇっと横になってます。
すぐ宿に戻ってのんびりしました。
翌日、体力も回復してロレトを出発。
目指すはここから400km南の「ラパス」。
バハカリフォルニアの南端にある港町です。
出発からほどなくして見つけた商店で
めったに飲まないエナジードリンクを
補給しておきます。
今日は標高500mを一気に登る
峠が待ち受けている。
暑くなければ何でもないんだけど。
昼前にいよいよ峠越えの始まり。
バハも後半になるけど
結局、ほとんどの道に
十分な路肩はありませんでした。
まあ交通量自体が多くは無いので
危険を感じることも少ないですが。
ギアを一番軽くして、
時速6kmくらいで
じわりじわりとペダルを踏み込む。
振り返ったときの
曲がりくねった坂に
達成感を覚え、また上を目指す。
メキシコの道路脇には
よく祠のようなものがあります。
影で見えにくいですが
中に祀ってるのは聖母マリア。
ベンチを置いてあることも多いので
座って休ませてもらう。
意外とスムーズに峠を上り切り
60kmを走った所で食堂を発見。
まだ15時だし走れそうだけど、
この先に何もない砂漠が数十km
続くようなので、今日はここに
寝かせてもらえないか、お願いする。
100ペソ(約¥700)で
泊ってもいいよ、とのこと。
シャワーもあるようなので
泊まっていくことにします。
風通しも良く涼しい屋内で
休めるのが嬉しい。
営業中だというのに
広々と絨毯を敷き
くつろがせてもらうことに。
結果的に19時の閉店まで
ほとんどお客は来ませんでした。
大丈夫なのかしら?
ロレト出発2日目。
食料も持ってるけど、売り上げ貢献のために朝食を注文。
まあ美味しいんだけど、豆と炒り卵で¥700は高いなあ…。
昨日の峠を上ってからは
ほとんど平坦な道が延々と
伸びていました。
いくつものサボテンが
どこまでも生えているわけでもなく
だいぶ退屈な道が続く。
バハカリフォルニアで涼しかったのは
海沿いの街エンセナダくらいで
結局、全行程3週間のうち
ほとんどを暑さに苦しみながら
走っています。
常に冷たい飲み物を求めている。
砂漠に現れるこんな商店に
いつも助けられています。
掘っ立て小屋みたいなお店でも
ちゃんと冷蔵庫があって
冷たい飲み物を用意してくれてるから
なんとも嬉しい。
昼には町に到着し、
路肩の屋台にてタコス休憩。
汗だくで食欲無いのに
焼きたてのタコスは
食べれちゃうんですよね。
すっかり魅了されてます。
午後からも
代り映えのないまっすぐな道を
ひた走る。
サボテンの絶景を堪能したバハも
もう終わりに近づいているようで
ちょっとだけ寂しくなる。
16時前には100kmを走り
「コンスティテューション」という
街に到着。
予想以上に栄えており
ヤシの木が並ぶ
綺麗な街のようです。
通りにいくつもホテルが並んでおり
試しに値段を聞いてみると
¥3,000ほどと
意外に安いことが判明。
今日は野宿の予定だったけど
宿に入ることに決定。
気温の下がらない熱帯夜が
何日も続くことで、
夜が来るのが嫌にすら
なりつつあるここ数日。
朝まで目を覚まさずに
眠ることがこんなにも尊い。
ロレト出発3日目。
今日はひたすらに砂漠を走っていく行程。
アメリカ国境から1,500kmも
離れていたラパスが
あとほんの155km先に。
順調にいけば
明日には到着できそう。
予定通りにここまで来れました。
アメリカ・カリフォルニア州では
46℃のヒートドームに苦戦しただけに、
35℃なんて余裕と思ってましたが
最後までヘロヘロになりながら
何とか進んでいるという状態です。
観光をする元気すらない…。
暑いばかりに野宿でなく
宿に泊まることも多かったぶん
地元の方との交流も
最低限に留まり、
町から町への移動ばかりとなった
バハカリフォルニアの旅。
110km近く走ったこの日の夕方。
道路わきの食堂で食事を済ませ
店主の人に、
ここで寝ても良いかと尋ねる。
快く許可をくれて
裏の敷地に寝させてもらうことに。
家の横にはズラリと
牛肉が干してありました。
メキシコに入ってから
ビーフを食べる機会が
すごく多いです。
タコスは圧倒的にビーフが美味しい。
水辺が無く蚊がいなければ
テントすら立てず、
絨毯の上にごろんと寝てしまいます。
この日は吹く風も冷たく
気持ち良く眠ることが出来た。
いよいよ、バハ走行もあと1日。
ロレト出発4日目。
若干ながらも起伏があり、朝から汗を流して進む。
商店のベンチでちょっと休むつもりが
30分近く寝落ちしてしまう。
確実に疲れは溜まってます。
でもこの日の光を避けて
日陰で休んでいる時間は
最高に気持ちが良い。
ゆるやかな坂を上り続け
昼過ぎには峠の頂きに到着。
ここを下ればもうラパスは
すぐそこ。
達成感もあるけど、
何より早く宿で休みたい。
向こうには数日振りに目にする
カリフォルニア湾が。
来週にはこの向こうの
メキシコ本土を
走り始めているのか。
先の事を考えるといつも不安。
街の郊外で食堂を発見。
かなり久し振りに
お米を食べる。
これがかなり美味しかったけど
メニューの名前を覚えてない。
またこんなの食べたいから調べとこ。
坂を下り切ってから
さらに10kmほど進むと
いよいよ市街地へやってきました。
ここまで人や車が多いのは
国境付近のエンセナダ以来。
バハは大きな街も少なかったな。
バハカリフォルニアのゴール地・ラパス、到着しました!
まだメキシコ入国から一か月も経ってないですが、
すごく長く感じています。
メキシコに対する漠然とした不安があり気疲れしたのでしょうか、
とりあえず初めのパートを無事に走り切りホッとしています。
ここで船を待ちつつひと休みしたら、
いよいよメキシコの本土へと渡っていきます!
2024.09.1
【142日目 8,466km】
熱中症の疲れをとるためにも
ゲレロネグロの町では2日ほどお休み。
足の重さは残っているものの、疲労は絶えず付きものなので
全快を待たず
再び南に向けて漕ぎ始めます。
ここからバハカリフォルニア半島も
後半戦に突入といったところですが、
景色はこれまでと変わらず
サボテン砂漠。
もう半島にいる間は
最後までずっとこれなんだろうな。
そして砂漠の真ん中に現れる町にて
お昼の休憩。
メニューなんやかんや書いてるけど
聞くとタコスしかない。
美味しいからいいんだけども、
もっといろんなメニューに挑戦したい。
この日は、アラスカ出発以降
一番といっていいほど、
まっ平らな道のりでした。
坂もなく風も吹かなければ
時速25kmはでます。
勢いに乗ってぐんぐん進む。
出発時、全く意気込んでなかったのに
今回の旅の一日の最長距離144km
を走破してしまいました。
しかもまだ夕方16時半、
サンリノという小さな集落に到着。
さらに砂漠が続くので今日はここまで。
事前情報に従って向かったのは
「La Casa del Cyclista」
“サイクリストの家”という場所。
一般のお家なのですが
100ペソ(¥750)で
サイクリストを泊めてくれるそう。
庭先にテントを張らせてもらいます。
さらにシャワーもWi-Fiもついて
大助かり。
夕食は久しぶりのインスタントラーメン。
メキシコに浮かれ奮発しすぎなので
“1日1タコス”ルールが制定されました。
メキシコで大変なのは飲料水の確保。
アメリカ・カナダでは簡単に手に入った水ですが、
メキシコの水道水はとてもじゃないけど飲めたものじゃありません。
ということで各家庭はこちらの「ガラフォン」という
10Lの大きなボトルを購入して飲料水としているのだとか。
なので道中は1.5Lのペットボトルを購入するか、
このガラフォンから頂けるときは頂いて走っております。
ちなみに走行中は3L程度持ち運んでいます。
地図を見る限り、メキシコは1日中ずっと町がなく
補給ができないことはなさそう。
ゲレロネグロ出発2日目。
昨日ずっと平らだった分、
今日は朝からなだらかながらも
起伏があります。
そして、海辺のゲレロネグロを離れて
また暑くなり始めました。
いくつかの坂を越えた昼前、
目の前に真っ青の海が広がりました。
こちら半島の東側「カリフォルニア湾」。
すかっと気持ちの良い景色な気がするけど
太平洋側と違い、熱気がこもって
全く涼しくないです。
海沿いにやけに鳥が多いな、と
思っていたら
大規模なゴミ捨て場がありました。
ちゃんと管理されてるんだろうか、
異臭がすさまじいです。
暑さもあいまって、くらくらする。
さらに少し走って
「サンタロサリア」という町へ。
この時の気温は32℃。
最近の世界情勢を考えると
大したことない数字に感じてしまうけど
かなり暑いです。
そして今日のタコス。
海辺の町の定番は
白身魚やエビのフライ。
これに唐辛子のソースをかけて
ライムを絞るのが美味しいんです。
一つでおよそ¥300。
引き続き海沿いを南へ。
左手に海を臨むけども
風も吹かないし全然気温が
下がらない。
バハカリフォルニアの後半、
暑さとの戦いはまだ続きそうです。
90kmほど走った所で
海辺にキャンプ場を発見。
ところが受付が見当たらず
係の人も誰もいない。
勝手に泊ってしまうことに。
シャワーも浴びれたしラッキー。
夜になってもなかなか気温は
下がらず30℃。
暑さにうなされながらふと
頭上を見上げると、
これまでの旅路でも
最高の星空が広がっていました。
ゲレロネグロ出発3日目。
テントの向こうには空を綺麗に染め上げる朝焼け。
ただ熱帯夜が続いているので、基本的に夜は熟睡できません。
日毎に疲労は溜まっていく。
ただ良いのか悪いのか、
どれだけしんどくても
サドルにまたがってしまえば
足は動いてしまうサイクリストの性。
9時5時で働く公務員のように
今日もきっちり走っていきます。
ルート上、最も暑くなると
予想していたのが
アメリカ南部からメキシコにかけて。
予想はしていたものの
やはり実際に走ると
決して楽ではない。
アラスカの寒さも厳しかったけど、
着込むことで夜は眠れていました。
あの時は「早くメキシコへ」と
ずっと考えていたけれど
今は雪山の景色が懐かしい。
道端で出くわすクマが恋しい。
せっかく世界を旅してるのに
よその土地に想い焦がれるなんて
もったいないとふと考えてしまう。
寒さに耐え、暑さを忍んで進んでますが
各土地の快適な時期に
旅行をした方がいいと思います。
カリフォルニア湾の海沿いは
起伏が激しいけれど、
透き通ったビーチを楽しめる
バカンス地にもなっています。
アップダウンを繰り返すたびに
次のバカンスホテルが姿を現す。
ふと道路の横を見ると
サボテンのてっぺんにちょこんと
乗っているのはコンドル。
20羽ほどのコンドルが皆
同じ方向を眺めていました。
なにを考えてるんだろうか。
90kmを走った1日の終わりに
ビーチに建つレストランを発見。
この日は営業してないものの
アメリカ人のオーナーさんに
宿泊許可を頂きました。
しかも、シャワー付き。
治安面も含め心配だった
メキシコの宿泊事情ですが、
バハカリフォルニアに関しては
毎日スムーズに
野営場を見つけられています。
砂漠地域が広いからかもだけど。
ゲレロネグロ出発4日目。
蚊も出ないので、ビーチに絨毯とマットだけ敷いて
寝ていました。
実はオーナーさん曰く、
「このビーチでは、深夜の1時から3時頃
東の空に不規則に動く光が観察される」とのことでした。
暑さで上手く眠れないこともあり1時頃起きてたのですが
残念ながら何も発見できず。
メキシコ滞在中、UFOを目撃することはできるでしょうか。
引き続き今日も海沿いを進みます。
暑さには悩まされているものの
思いのほか順調な
メキシコ旅。
どこか淡々と日々が
進んでいるように感じる。
午前中、割と大きな峠があり
自転車を押しながらなんとか
乗り越えました。
ただバハカリフォルニア、
どこを撮ってもサボテンばかりで
山の過酷さが伝えられない。
助かるのが、
こんなに広い砂漠でも
何故かポツンと商店や食堂が現れて
最低限の補給が出来てしまうこと。
100km以上の無補給は
ほとんど無いのではなかろうか…。
南に下りるにつれて
徐々に気温が上がっているようです。
午後になるとものすごい汗が。
半島から本土に移れば
若干なりとも暑さは和らぐようなので
はやくバハを走り切りたい。
夕方、飲み物目当てに寄った商店で
お母さんがサボテンのトゲを
取り除く作業をしてました。
一つ頂いたけど、
そのままでは味もないし微妙。
サラダに入れると美味しいそうです。
そして100kmを走り「ロレト」に到着。
あまりに睡眠がとれていないので
この街で少し休むことにします。
バハカリフォルニアの最終地・ラパスまで
あと400km。
2024.08.27
【138日目 8,042km】
バハカリフォルニアの砂漠の真っ只中、
道脇に佇む商店の隣にテントを張らせてもらい一泊。
目を覚ましテントを出ようとすると、
「あれ、サンダルが片っぽない…」
周りを見回すと、飼われてるのか
野良なのかわからない3頭の犬。
英語もスペイン語も通じない相手に問い詰めようもなく、
周辺を探すも見つからず。
悔しいけどあきらめることにしました。
“犬にしがまれる”という第二の人生を精一杯歩んでください。
前日同様、乾ききった
荒野の山間部を進み始めます。
ただ標高はこれ以上あがることなく、
アップダウンを繰り返しつつも
道は真っすぐと続いているようです。
車はかなり少なめ。
道の脇には背の高いサボテンが
たくさん生えています。
イメージしていた通りの
メキシコの砂漠の風景。
青空に向かって
高々と真っすぐ伸びている。
昼前、道端にカフェを発見。
ドリンクを買おうとするも
財布には500ペソ札しかなく。
(およそ¥4,000相当)
「そんな大きい金額、お釣りがねぇよ」
と店主。
アジアやアフリカの途上国でもあったけど、
お金はあるのに買い物ができないという状況。
ボロボロのお店で当然カードも使えるはずはなく。
残っていた米1ドル札で何とかまけてもらいました。
まだ頭がアメリカからメキシコモードに変換できていない。
南北300kmにもなる
砂漠の一本道。
正午を過ぎ太陽が真上から
照り付けるとかなり暑い…。
喉がからからに乾いても
ひたすら前へ。
15時頃に「カタビニャ」という集落へ。
予想以上に小さな村だけど、
最低限の商店はあって
冷蔵庫で冷えたドリンクで喉を潤す。
こんな砂漠のど真ん中で
どうやって暮らしてるんだろう…。
食堂もあり、
遅めのランチをとることに。
これだけ暑くても
トルティーヤは美味しい。
アメリカに比べてタンパク質が
かなり摂りやすくなったな。
さらに夕方からもうひと踏ん張りして
進むことに。
サボテンと岩に囲まれた
独特の道を走る。
暑くさえなければじっくり
写真でも撮って行きいたいくらい。
18時頃、道路わきの
人目を避ける場所で
テントを張ることに。
この日も35℃くらいでしょうか、
日が暮れても気温が下がらず
暑いまま…。
地面に寝そべって星を眺める。
ただ、肉眼では割と綺麗なんだけど
ちょうど満月で上手く撮影はできず。
サボテンと星のコラボ撮りたかったのに。
夜が更けても煌々と明るい
砂漠の夜でした。
翌朝、目を覚ますとビックリ。
テント内に数えきれないほどの
アリがいるではないか!
どこから入ったのかと必死に探すと、
なんとテント底面の布が食い破られていました。
適当に置いていた菓子パンの匂いに誘われ集まったよう。
(※本当に焦って夢中で処理したので写真がありません)
他にも未開封の状態で
ジップロックに入ったシリアルバーも
袋が破られ山ほどたかっていました。
過去の野宿経験でも
ここまでアリにやられたのは
流石にはじめて。
加えて自分自身の体にも異変が…。
僕は超朝型人間なので
起きたらテキパキ行動できるのですが、
今日はどうにも体がだるい。
漕ぎ始めても
いつにも増して足が重い。
でも気分が悪いわけでもなく
ただ体が重いという感じ。
しかし砂漠の真ん中でうだうだ
考えても仕方ないので
目の前にある道をただただ
進むことに専念する。
昼前、道の脇に小綺麗な
レストランを発見。
疲れた体にタコスが染み込む。
食欲ない気がするけど
体が肉を求めてるんだろうな。
ペロリと平らげてしまいます。
ひと休みして、また漕ぎ始めると
やはりいつものようには
体が動かない…。
意識ははっきりしてるのに。
ここでふと、冷静に気づきました。
「あぁ、多分コレ熱中症だ」
自転車旅をしてると
不思議なもので毎日100km漕げてしまいます。
“ランナーズハイ”的なものなのか、
何日も続けて走ってる時こそ逆に調子が良かったりもして。
アラスカから数千kmを走ってきて
「今日はもう無理」なんてことはほとんど無いんです。
だからこそ、この時は異常でした。
間違いなく体が進みたがってないのが分かる。
普段一日走り終わると
炭酸ジュースを飲むんですが、
脱水症状気味になると
これが喉を通らなくなるんです。
もうスポーツドリンクしか飲めなくなる。
色んなカタチで体はサインを出している。
そんな時、アメリカから仕事で来た
ドライバーさんから水をもらう。
水もだけど、英語を話せるとホッとする。
まだ国境も近いし、メキシコの人って
割と英語話せると思っていました。
予想以上に英語は通じません。
ところどころに現れる商店で休みつつ、
なんとか予定の集落を目指す。
今日もおそらく熱帯夜だから
テントで寝られる余裕なんてない。
はやくベッドに倒れこみたい。
ただ無心で前へ前へ。
そして夕方6時前、
「プンタ・プリエタ」到着。
モーテルを見つけ、
フラフラになりつつ
なんとかチェックインを済ませました。
そして部屋の扉を開けようとすると…
ドアノブを掴んだ腕の筋肉が
シュルシュルと縮んでいく感覚。
「あーーー!!つるつるつる!つる、つるうぅーー!!」
後ほど落ち着いて調べてみると
“筋肉のけいれん”や“こむら返り”は
典型的な熱中症の初期症状だそうですね。
今日ずっと足が動かなかったのもこのせい。
水分・塩分不足はもちろん
暑さで上手く眠れてないのも良くないみたい。
続く朝も体のダルさは取れていないけど
今日走ればスーパーのある町に着けるので、
気合を入れてなんとか漕ぎ始めます。
砂漠に突入してから3日目。
横を見ればこんな景色が
延々と広がっています。
この向こうに海がある。
全部脱ぎ捨てて
ジャボンと飛び込みたい。
これまでの旅の経験で
寒い方が絶対しんどいと
思っていましたが、
必ずしもそうでもないかもしれない。
氷点下のアラスカでも
走行中に凍えることはなかったし。
途中、軍隊による検問がありました。
自転車の荷物を検査されることはなく
「ここで休んでいきな」と
冷たいドリンクを頂きました。
しんどい時だからこそ
人の優しさが心と体に染み渡る。
ペダルを強く踏み込むような
上り坂がなかったこともあり、
思いのほかスムーズに100km走破。
この日の目標としていた
「ゲレラ・ネグロ」に着きました。
ちょうど半島の真ん中あたりです。
海辺の町はホエールウォッチングの
有名スポットだとか。
町の入り口には、大きなクジラの
骨格が飾られていました。
せっかくだし見たいな、と思ったけど
日本も太平洋に面してるし見れるよな。
すぐにモーテルへチェックイン。
300kmの砂漠を抜けた
疲れを振り払うように、
ベッドに倒れこみました。
流石にすぐ動けそうにないので
しばらく休みをとることに。
到着翌日。
ゲレラ・ネグロの町そのものにはさほど見所が無いようで
ガランとしており、人も少ない。
熱中症による疲れもひどいので、完全なる休養をとりました。
これまでゆっくりと見れていないスーパーを覗いてみます。
2か月続くメキシコ旅の物価チェックをしておかねば。
※現在、メキシコ1ペソは8円弱。
玉ねぎ1つ¥110、
リンゴが1つ¥250。
肉はもちろん種類によるけど
大体100gが¥80~110。
コカ・コーラ600mが¥140、
1リットルの水も¥140。
牛乳1リットルあたり¥180、
卵10個あたり¥260。
つまりスーパーに並ぶものは
ほとんど日本と同じくらいなんです。
食事も安い食堂でも1食につき
¥1000弱はしてしまう。
メキシコは何となく物価の安いイメージがあり、
ほぼレストランに行けなかったアメリカ・カナダの反動で
タコスを食べまくっていますが、
これを続けてしまうわけにはいかない。
アメリカを出て安心したけど
まだまだ貧乏旅をしなければいけないようです。
2024.08.23
【133日目 7,731km】
エンセナダではのんびり3日も滞在。
情報を整理して準備を整えると
バハカリフォルニアを南へと下っていきます。
いよいよメキシコ本格走行開始。
国境のティファナからエンセナダまでは
無機質な高速道路沿いを
進んでいたので、
ここから本格的にメキシコという
国を走り始める感覚。
期待半分、不安半分。
いつくもの集落を通過していきますが
とにかく埃っぽい。
砂まみれの道であるうえ
交通量が多いから
景色がくすんでみえます。
トラックが横通ると特にヒドい。
海沿いということもあって
空気が滞留しないからか、
昼過ぎでも気温はおそらく30℃ほど。
汗が滝のように流れることもなく
快適に走ることが出来ます。
田舎道は特に気持ち良い。
80kmほど走った「サン・ビセンテ」
の集落にてモーテルへ。
エンセナダのトーマスさん宅の
水道の調子が悪く4日ほど
シャワーを浴びれておらず。
どうしても浴びたかったんです。
1泊が¥3,000あまり。
1万円以下では泊まれなかった
アメリカと比べると
一気に安くなりました。
温水も出てWi-Fiもついて
十分快適です。
夕食は近くの食堂へ。
なんやかんやメニューが並んでいますが
基本はトルティーヤで包む具材を
何にするか、というチョイス。
ビーフとチキンが定番のようで
ケサ(チーズ)が入れば絶対美味しい。
エンセナダ出発2日目。
宿の前の屋台で朝食を済ませます。
やっぱり路上で食事が食べられる国が好きだ。
運転が荒いのでは、と懸念していた
メキシコのドライバーですが
なんらアメリカ・カナダと変わりません。
猛スピードで追い抜かされることも
ものすごく接近されることもなく。
ボロボロの車は多いけど…。
お昼には小さな集落
「エヒード・プンタ・コルネット」
に到着。
多少スペイン語は勉強してきたけど
メキシコは料理名や地名が
長くて難しすぎます。
タコスやブリトーは
生野菜をしっかり摂れるのも
嬉しいところ。
トマト、玉ねぎ、パクチーにキャベツなど。
“ワカモレ”というアボカドを
すり潰したものは必須です。
ランチを済ませるとお昼寝タイム。
エンセナダのお土産屋さんで
絨毯をゲット(¥2,000)。
乾燥した地域だと
日陰がすごく涼しくて気持ちがいい。
1時間近く爆睡しました。
バハカリフォルニア半島は
“1号線”が貫いており、
南北に移動するには
ほぼこの道路しかありません。
必ずしも整備状況が良いわけでなく
路肩が無いこともしばしば。
目的の町「サン・キンティン」
が近づいた夕方。
予想を超えて栄えており
一気に交通量が増えてしまった。
みんなゆっくりだから危なくはないけど
かなりすれすれを追い越されていく。
昼寝のし過ぎで到着が
遅くなってしまい、賑わう街に
野宿場を探す余裕が無くモーテルへ。
アメリカより安いとはいえ
毎日数千円を使うわけにはいかない。
気を引き締めねば。
そして、タコスでも何でも
1食¥800ほどは掛かってしまいます。
物価大国アメリカのせいで
感覚がマヒしてますが
実は今のメキシコ
ものすごい安いわけではありません。
エンセナダ出発3日目。
気を引き締めねば、とか言ってるそばから
食堂にて朝食。
だってメキシコ料理の誘惑が…。
向こう側に見える太平洋。
曇り気味なこともあって
午前中のうちは少し寒いほど。
ただ今日は内陸の砂漠に
突入するので、海ともお別れ。
暑くなっていくんだろうな…。
海に沿って南に向いていた道が
内陸側に曲がると
山が増えて、道の起伏も
激しくなって来ました。
時には自転車を押しながら
せっせと進んでいく。
昼には「エル・ロサリオ」
という集落に到着。
スーパーもあるので
これから向かう砂漠に備え
食料や水などの
買い出しをしておきます。
午後からいよいよ山間部へ。
これまで一定間隔で集落がありましたが
ここから300km近くは
砂漠地域広がっています。
海から離れることで
気温も上がり始めました。
メキシコ入国以来、
涼しい日が続いていたけど
このあたりから気温は35℃。
アリゾナの災害級の暑さじゃないにしろ
やっぱりしんどいです。
熱くなった水で喉を潤す。
最も高い場所でも
標高800mほどだけど、
いくつもアップダウンを繰り越すので
1日の獲得標高は1,000mを
越えます。暑くさえければ
なんてこと無いんだけども…。
夕方、荒野のなかにポツンと佇む
商店を発見。
トラック運転手向けでしょうか、
おじさんが一人で営んでいました。
冷蔵庫もあり冷たいドリンクを買って
今夜はテントを張らせてもらうことに。
モノに溢れ便利すぎるアメリカ・カナダから
やって来た国メキシコ。
物価も高いのか安いのか分からないまま
あれこれと手探りですが、
なんとか前に進み順応していきます。
2024.08.19
【129日目 7,440km】
アメリカ最後の街・サンディエゴにて
しっかり疲れを癒すと、いよいよ国境越え。
楽しみでもあるけど、やっぱり不安もあります。
街の南にある国境までは
わずか40kmあまり。
「自転車コースがあるから
オレも一緒に走って案内するよ」
と、ホストのショーンさんと共に
青空の下を進みました。
途中で、フランスからやって来た
ファミリーサイクリストと遭遇。
実は今夜ショーンさん宅に泊まることに
なっている次のゲストさんでした。
家族5人でメキシコを下っていくそう。
メキシコでまた会えたりして。
ショーンさんとも別れ、
サンディエゴ中心部から
さらに南へ下り続けると
大きなショッピングモールが現れました。
この辺りが国境らしいけど、
よく分からないので人に聞いてみる。
教えてもらった方へ行くと
拍子抜けするほど
質素な国境審査の入り口が。
移民流入、麻薬取引など
多くの問題を抱えてるそうだけど
国境は本当にシンプル。
そのまま中に進むと、
X線の荷物検査があっただけで
5分ほどでメキシコ側に抜けてしまいました。
気づけばパスポートのチェックすらしてもらっていません。
僕が入国した記録がどこにも残っていない状態だけども
本当にこれでいいのかしら。
疑問に思いつつも、もう審査所に戻ることもできないので
そのまま街へ向かうことにします。
ということでやってまいりました
33ヵ国目となる「メキシコ合衆国」。
タコスやトルティーヤに代表される伝統料理が
とても魅力的な国。
アメリカ、カナダとうって変わってスペイン語圏となり
コミュニケーションが難しくなってしまうのも、
逆に旅の楽しさの一つになると信じています。
ちょっとしたトラブルもありそうではありますが
南北アメリカにおいてもっとも期待していた国の一つ。
国境を越えた瞬間の
雑多な雰囲気につい圧倒され
カメラを取り出すこともなく
15分ほどで予約していたホテルへ。
下水の鼻をつく臭いは
やっぱりアメリカと違う。
ショーンさん宅を出発したのが14時頃と遅く
ホテルにチェックインしたころには日が暮れかけていました。
やってきた国境の街ティファナは治安が良くないとのことだったので、
へたにうろちょろせず今日は近くの中華レストランで済ませることに。
すると、カード社会のアメリカから来たからこともあり
現金を下ろすのを忘れており財布がスッカラカン。
会計時カードが使えず、暗くなった街でATMを探すはめに。
近くのスーパーですぐ見つかったからいいものの
旅人の感覚がすっかり抜け落ちてます。
翌朝。
ほんとうはティファナの街にしばらく滞在して
メキシコ文化に慣れておきたかったのですが、
アメリカに近くホテルの料金も思いのほか
高かったので(¥5,000)
すぐに移動することに。
今いるティファナから
2か月半かけてカンクンを目指す予定ですが、
まずは西部の“バハ・カリフォルニア”という
半島部分を走っていきます。
海に囲まれた砂漠の景色を走っていくのが楽しみ。
ティファナは坂の町で
道は絶えず上に下にと
うねっています。
アメリカほどしっかり
車線が引かれてないけど
そんなに運転も荒くない印象。
街を見下ろすと
家がひしめき合うように
建っていました。
言ってしまえば“ぐちゃぐちゃ”な
感じがアフリカやアジアの国のよう。
綺麗な国からくるとビビってしまう。
ホテルから30分ほど海の方へ
向かって走ると、
国境の壁にたどり着きました。
公園として整備されており
銃を持った兵士が見守っている
わけではありません。
ただ、ここまで大きな壁というのも
見たことは無いので
それだけ不法入国を
企む人も多いということだろうか。
隣り合う国の格差が大きいと
こうなってしまうんだろうな。
写真を撮って「さぁ出発」と思ったときに
声をかけてくれたのは“ダンさん”。
北米から中米にかけて自転車旅をしたことがあるらしく
僕に興味をもってくれたそう。
「今日走るのに水がいるよね」と
手元の水をくれました。
容器をのぞくとなにか
葉っぱが浮いている。
「ハマイカ」と呼ばれるこれ、
正体はハイビスカスです。
健康にとてもいいらしく
日本人にとってのお茶みたいなもの。
赤みがかってほんのり香ります。
こういう「何これ!?」ってのが
カナダやアメリカには無かったな…。
文句じゃないんですよ。
さて、いよいよ本格的に走り始めます。
目指すは南へ100kmの街「エンセナダ」。
アメリカで聞いたアドバイスに従って
高速道路の路肩を走ることに。
しれっと料金所の端を抜けてゆく。
聞いていた通り
かなり路肩に幅があり
安心して走ることが出来ます。
山はないけど、海沿いには崖もあるので
意外と起伏は激しい。
時に立ち漕ぎをしながら必死に漕ぐ。
途中横切ったビーチには
人も凄いけど、車もびっしり。
こないだサンディエゴで足だけ
海に浸かったけど、冷たくて
入れたもんじゃないけどな。
一応8月だしシーズンなようです。
問題なく100kmを走り切り
夕方には目標の街・エンセナダへ。
看板の文字がスペイン語なのは
違うけど、走ってる分には
まだアメリカと変わった気がしない。
南に行くと“濃く”なってくんだろうな。
街に到着して向かったのは
Warmshowerのホスト“トーマスさん宅”。
欧米が中心ではあるものの世界中に
登録者のいるサイトなので、
今後もチャンスがあれば利用していきます。
これまでに300人近くもの
旅人を受け入れてきたという
トーマスさん。
これから進む道のアドバイスを頂き
わずかながらもメキシコの
不安がやわらぎました。
到着翌日はエンセナダの街をぶらついて
メキシコの雰囲気に慣れておくことに。
街の風景からして、やはりこれまでの国とは大きく違う。
太平洋に面する港町である
エンセナダ。
アメリカから大きな客船がきて
たくさんの観光客がやってくる
場所でもあります。
海辺をゆったり歩いてみる。
魚市場にはあらゆる種類の
海産物がズラリと並びます。
魚だけでなく
エビ、タコ、牡蠣など
本当になんでもありました。
これまで海岸を走ってないから新鮮。
こういう安っぽいお土産を
これでもかと店先に並べるのも
アメリカ・カナダには無かったな。
客引きがひどいなんて
評判も聞いてたけど全然
そんなことなかったです。
中心部を離れても
波が押し寄せるビーチはどこまでも続いています。
平日だというのにすごい人。
もちろんビーチタウンということで
サーフィンも盛ん。
釣りとかもできるんだろうけど、
僕は“海の趣味”を持ってないんです。
せっかく湘南に住んでるんだし
日本帰ったら、なんかやろっと。
そして、メキシコといえば“タコス”。
トウモロコシの粉でできた生地を焼いて
各種肉に玉ねぎ、パクチーをのせ
唐辛子のソースとライムをかけてかぶりつく。
もうこれは、滞在中飽きることないだろうな。
1個が大体¥200~300で
男性なら3個は食べたいところ。
そんなエンセナダで
一番おいしかったのは味噌ラーメン。
「入国初日も中華だったし
メキシコ料理食べろよ」
という風に
思われるかもしれません。
でもね。
数カ月にわたって旅してると
まずは日本はじめアジアの料理が食べたいんです。
それか、自転車で旅してるときは
野菜とか高たんぱくな肉とか
栄養のあるものを体が求めます。
つまり、地元の料理を堪能しようなんてのは
ある程度お腹が満たされてからの話ってこと。
(誰に対して言い訳をしてるんでしょうか。)
街の自転車屋さんでゲットしたのは“バックミラー”。
ティファナから出発して道路脇を走っているときに
警察に停められて、
「付けた方がいいよ」とアドバイスをもらっていました。
カナダの時点で探してたんですが
良いのが見つからず、
ここへきてやっと入手。
全方向にしっかり目を配らせて
安全第一でメキシコの道を進んでまいります。