Cycling The Earth ~自転車世界一周の旅~

日記

カテゴリー: ウズベキスタン

砂漠を渡る

2018.09.23

【120日目 5,022km】

 

 

しばらくブハラでの滞在を楽しんでから、

ウズベキスタン最後の街“ヒヴァ”に向かって再びペダルを漕ぎだします。

 

 

ユーラシア大陸の中央に位置するウズベキスタンの領土ですが、

実はその多くを占めるのは砂漠。

なんと国土の80%ほどにも及ぶそうです。

 

山が少ないことからここまで自転車で進むことも容易でしたが、

ブハラからヒヴァの間には“キジルクム砂漠”という難関が待ち構えており、

400kmあまりの移動のうち約300kmは砂漠のなかを走ることとなります。

 

無事越えられるだろうかという不安の反面、少しワクワクもしつつ走りはじめました。

 

ブハラを離れ50kmほどすると家屋はほとんど無くなり、

乾いた砂の大地が広がりはじめました。

ただ砂漠といっても舗装された一本道が敷かれており、

かなり走行しやすくなっています。

 

向かう西のヒヴァが観光地ということもあって

10分に1台程度、車も通過するので

何かトラブルがあっても大丈夫だろうと安心して進みはじめました。

 

 

変わらぬ景色の中をひたすら走り続けるのですが、

実はこの砂漠まったく何も建物がないワケではないんです。

 

事前に走行計画を立てるため、Googleマップの衛星写真を拡大して見ていると…

砂のなかを突っ切る一筋の国道脇に集落らしきものが見えました!

 

「これが村ならば休めるはず!最悪、廃墟でもここでテントを張ろう」

と、この場所に目星を付けて期待しつつ走っていきます。

 

100km以上の距離を進み現地に辿り着くと、そこにはやはり村がありました。

周囲数十kmは何もない砂の中に突如現れた村。

500m四方ほどの土地に100軒にも満たない家が建っていました。

 

通りを散策していると、「コンニチワー」と日本語のあいさつで声を掛けられます。

声の主は家の前で作業をするお父さん。

家の床を固めるためワラと粘土を一生懸命こねています。

 

家の中を覗いてみると、床をペタペタと塗り固めるお母さん。

夫婦そろっての共同作業です。

聞くと、移り住むための家をつくっている最中だそうでした。

 

何もない砂漠のど真ん中にぽつんと佇む村でも、

新しい家が日々完成に近づいています。

 

テントを張れる場所がないか尋ねると、

「この家の前で寝ていいよ」とのことだったので、

人のいない建築中の家の前でありがたく寝床を確保させてもらいました。

 

 

一晩体を休めるとまた延々と続く砂漠の中を進んでいきました。

 

村と同じように、3~40kmおきに小さな食堂や休憩所のようなものが在り

そこで時おり身を休めます。

 

砂漠といえど9月も後半に差し掛かっていたからか、

気温は高くても28℃ほどにとどまり、猛暑というほどではありません。

キルギスでビザ待ちをして時期がズレ込んだことによる恩恵が

こんなところにあらわれます。

 

声を掛けてくれたり、手を振ってくれたりと

追い越していくドライバーたちに励まされながら漕いでいきました。

 

 

次の日の晩も、通りがかりの集落でしっかり休み

ブハラから進んだ距離が350km!

 

 

家や緑が見えはじめ、ついに砂漠が途切れたのが3日目の夕方近く、

無事に難所を渡り切ることができました。

道路わきのモーテルのベッドに倒れ込んで爆睡です。

 

 

砂漠の食堂で食べたウズベキスタン代表料理“シャシュリク”。

要は、牛や羊などの肉を串焼きにしたシンプルな料理ですが、

疲れた身体に肉の旨味がじわっと沁みわたるんです。

これは旨かったー!

 

 

 

オアシス都市ブハラ

2018.09.19

【116日目 4,672km】

 

到着するなり首都タシケントに戻ったりとバタバタしましたが

“ブハラ”は、乾いたシルクロードの道中に在るオアシス都市として栄え、

神学校やモスクが集中していたことで多くの有識者を育成、輩出。

旧市街には数々の史跡が溢れ、

現在でも世界中からの旅行者をひきつける観光地なんです。

 

自転車を置いてのんびり観光を楽しめたので

街のハイライトをご紹介したいと思います!

 

「カラーン・ミナレット」

ブハラ旧市街を代表する建築物が、

カラーン・モスクとその傍らにある“カラーン・ミナレット”。

約900年前に建てられた高さ47mにも及ぶ塔は

中央アジア地域のイスラム建築の中でも最大の高さを誇るのだそう。

 

青い空を貫く姿が爽快ですが、かつては罪人を袋に詰め

ここから突き落とす公開処刑の場でもあったみたいです。(怖いっ。)

現在修復工事中で残念ながら上には登れませんでした。

 

 

「アルク(城)」

5世紀頃に地を収めた領主の王宮として建てられ、

ブハラで一番古い建物でもあるのが「アルク(城)」。

壮大な建築ですが、1920年にロシア赤軍に爆撃され8割が崩壊してしまいました。

 

内部は博物館になっていて、

王室や処刑場など当時の暮らしが分かるようになっています。

中央アジアに来て以来あまり見かけなかった

中国人旅行客が殺到してました…。

 

 

「チャル・ミナール」

入り組んだ住宅街の中にこじんまり佇むのが「チャル・ミナール」。

築およそ200年のこの建物はかつて傍にあった神学校の門番小屋だったらしく、

重要な役割を担う場所ではなかったみたいです。

 

しかし、ブハラでは珍しくインドの建築様式の影響下にあり

そびえる青い4つの塔が特徴的。

中はお土産屋さんになっていました。

 

 

「ボロハウス・モスク」

アルク(城)のすぐにあるこちら「ボロハウス・モスク」。

王族が祈りを捧げとき専用のモスクであったそうです。

 

外側の柱に石ではなくクルミの木を使っていたり、

砂漠の地域にも関わらず目の前に大きな池があったりと、

王族ならではの特別配慮がちりばめられていました。

 

 

「タキバザール」

小さなドームが集合して、モコモコと丸い屋根が特徴の「タキバザール」。

数百年間前から市場としてあちこちに点在していたそうですが、

旧市街には3つのバザールが現存しています。

 

その名の通り今もバザールとしての役目を果たしています。

すべてお土産屋さんで、

民族衣装、絨毯、ナイフ、スパイスなどなど

まさにシルクロードを彷彿とさせるアイテムがそろっており

貧乏旅をしている身でもついつい買い物したい気分になってしまいます。

 

 

まだまだこれだけでなく、

大きなものから小さなものまで歴史を語る貴重な建築物が

ずらっと揃っている“ブハラ”の街。

しかもその多くは旧市街中心地に密集しているので

1日もあればひと通りまわれてしまいます。

 

 

自転車で移動すれば上海からたったの3カ月。

中央アジアへのご旅行をお考えの方はぜひお立寄りください!

 

 

 

ビザをもらいに

2018.09.14

【114日目 4,672km】

 

豪華絢爛なサマルカンドでのんびりと観光を楽しむこと3日間。

すっかり疲れも癒えてまた次の目的地を目指します。

 

 

山がほとんどなく、とにかく平坦な道が続くウズベキスタン。

 

この日、100kmあまりを走り

夕方たどり着いた小さな町でお腹を満たすべく

レストランはないかと通りすがりの人に尋ねたところ、

指された方には看板も何もない倉庫のような建物がありました。

 

 

こんなところで食事が出るのかと疑いながらも中に入ると、

いくつかのテーブルが並び奥にはキッチンもありました。

メニューなんてものもなく、適当に食べれるものちょうだいと注文します。

 

出されたスープを食べていると、

「どうせ泊まるとこもないんだろうから、ここで寝てけよ。」

と優しく声をかけてくれるマスター。

 

食べ終えて案内されたのは隣の部屋で、モノが雑多に置かれた倉庫です。

ネズミがごそごそ走り回る音を聞きながら、

年季の入ったベッドで朝までゆっくり寝かせてもらいました。

 

ついに頼んですらないのに寝床を提供してもらえるようになりました。

新しい場所にたどり着くたびに、恩を受け取るばかりです。

 

 

 

さらに2日かけて目的地の“ブハラ”にたどり着きました。

暑いなか走り続けたことが祟ったのか、

到着と同時に熱が出て寝込んでしまう始末。

確実に体力を奪われているのを感じます。

 

 

しっかり休んでから、

いざ“サマルカンド”と並ぶシルクロードの要所を観光したいところでしたが

実はその前に、首都“タシケント”に戻って申請中の隣国トルクメニスタンの

ビザを受け取るという重要ミッションをこなさなければなりません。

 

自転車では時間が掛かりすぎるので、ここは列車を使っての移動です。

早速タシケントに向かおうと駅に着けば

そこには新幹線のように先のとんがった立派な電車が!

と興奮したのですが、実際乗るのは奥の普通の電車でした。

 

がっかりしたのも束の間で、内装は意外としっかりしていて

個室にはクッションやら新聞やらバッチリおもてなしモードでした。

(上級座席しか残ってなかったので…)

 

乗り慣れぬ電車に揺られ、夜にはタシケント到着。

計6日間かけてやってきた道をわずか6時間ほどで戻ってしまいました。

 

 

明くる日、トルクメニスタン大使館に向かいます。

移動で疲れていることもありのんびり休みたいところですが

この日は早起きする必要があります。

開館時間は9時なのですが、

早朝6時に門の前に置かれる紙に自分の名前を書いて

順番を予約する必要があるのです。

 

予約せず9時に向かうと

こんなにもたくさんの人だかり↓の中で待たされた挙句、

運が悪ければ「今日はもうビザ処理やんなーい!」と相手にされないこともあるとか。

変なルールだ。

6時10分に到着して名前を書くと順番はすでに10番目!

皆さん予想以上に早いです。

 

改めて9時に向かうと予約していたこともありすんなり中に入れました。

そして、簡単な書類記入とビザ代55ドルを支払うと

無事にトルクメニスタンビザ取得です!

 

世界を飛びまわる旅人たちのなかでもビザ取得には骨が折れると評判の中央アジア。

これでひと通り取得完了です。

 

あとは安全に自転車で通過するのみ!

 

 

 

青の都

2018.09.10

【107日目 4,398km】

 

トルクメニスタンのビザ申請を終え、

首都タシケントを後に再び南に向けて進んでいきます。

 

道を進んでいると声を掛けてきたのは路上のメロン商人たち。

カザフスタンではスイカを売る人たちに助けられましたが、今度はメロンです。

自転車を停めるなり、おじさんたちは切り出したメロンを差し出してくれました。

 

中央アジアではラグビーボールのような楕円形をしたメロンが主流。

荒涼とした大地が広がるウズベキスタンで獲れるメロンは、

昼夜の温度差が大きいことで果肉に甘みがギュッと凝縮されるそうです。

 

噂に違わぬその美味しさに大満足し、

差し出されるまま山ほどいただきました。ごちそうさまでした。

さらに、去り際には2玉タダでくれるという大サービス。

走行に影響が出るほどずっしり重いメロンをたずさえて、再び走り出します。

 

 

安定した舗装路を進み、途中の小さな町で休みをとりながら進むこと3日。

いくつもの丘を越え、次なる目的地にたどり着きました。

 

 

街の名前は“サマルカンド”。

ここはウズベキスタン随一の観光地でもあります。

 

街の真ん中に佇むのが見どころの一つである“レギスタン広場”。

“マドラサ”と呼ばれる神学校として500~400年前に建てられ、

破損と修復を繰り返しながら現在のかたちに至るのだそう。

 

かつては交易の要所として栄えたサマルカンドの経済的中心地であり

バザールが開かれる場所でもあったそうです。

 

その豪華絢爛な外観、繊細なタイルの模様など

いかにもシルクロードの繁栄を象徴している建造物です。

細かく華やかに彩られた、煌びやかな内装。

思えば今回の旅で歴史的に重要なイスラム建築を目にするのは初めてで、

これから奥深いイスラム世界の土地に飛び込んでいくことを予感させてくれます。

 

さらに中心部から少し離れた場所にあるのが“シャーヒ・ズィンダ廟群”。

この地にイスラム教を持ち込み反映させた領主達の霊廟であり、

神殿でもあるこの場所。

やはり、豪華な装飾で華やかに彩られています。

 

これらの他にも華やかなモスクなどがそびえるサマルカンド。

文明発展に貢献した重要な文化交差路として世界遺産にも登録されているこの街は

装飾の鮮やかなブルーのタイルと透き通るような青空から、

“青の都”とも呼ばれています。

 

最近観光地としてますます人気が増しているそうで、

日本人旅行者の方とも沢山お会いしました。

 

 

カラフルにライトアップされる夜のレギスタン広場。

 

 

夜の宿で道中貰ったメロンを食べることを楽しみにしてました。

しかし、自転車にしっかりくくり付けていたはずのメロンが

到着する前どこかでコロリと落下して無くなってたんです。

 

またどこかで貰えますように!

 

 

 

4ヵ国目ウズベキスタン

2018.09.5

【101日目 4,059km】

 

カザフスタン最後の都市“シムケント”を発って

100kmあまり南にある国境ゲートを目指します。

 

 

連日100km以上に及ぶ距離を走ってきましたが、

あまり景色に代わり映えはなくとにかく目の前に広がるのは何もない荒野。

綺麗な舗装路を快調に走れるのはいいですがちょっと退屈…。

 

 

早朝に出発し、お昼過ぎにはカザフスタン~ウズベキスタン国境に到着。

 

 

沢山の車が行列をなしており、この後ろに並ぶのかと嫌な予感がします。

先に進んでみると、係員が「自転車はコッチ!」と別の道を案内してくれました。

列に巻き込まれなくていいんだとホッとしたのも束の間、

係員が指さした先には数え切れないほどの人たちが!

 

そこは徒歩で国境を超える人専用の道でした。

2m幅ほどの通用口になだれ込む人々はもはや列をなしておらず、

我先にと群衆に身を投じなければ先には進めない状況。

 

「でっかい荷物と自転車あるし、通れるワケないじゃん!」と訴えても、

係員には「いやいや、君もここから通過してね。」と言われるばかり。

自転車携えて通勤ラッシュの電車に乗り込むようなもんです。

 

 

覚悟を決めて人だかりに飛び込むと、身体も自転車も揉みくちゃにされました。

ブーブー文句を言われながら、ジロジロ睨まれながらかろうじて進んでいきます。

 

カザフスタン出国審査からのウズベキスタン入国審査。

そして、最後は荷物検査。

1時間強ほどかかってボロボロになりながら

何とか無事に国境を超えることができました…。

 

 

国境からわずか10kmほど進むと首都“タシケント”に到着です。

これまでの広大な荒野が嘘かと思うほどの大都会が現れました。

 

旅人の間でもウズベキスタン名物として知られるのが

かさばってしまう大量の紙幣。

1円=約70スムということで、

およそ1万円を両替すると写真の通り1万スム札が70枚にも及びます。

 

財布にもおさまらず邪魔で仕方ないですが

大量のお札をパタパタなびかせ、しばしの富豪気分を楽しみたいと思います。

 

 

今後はウズベキスタンを渡りイランに向かうわけですが、その前に立ちはだかるのが

「中央アジアの北朝鮮」の異名をとる“トルクメニスタン”。

あまり観光客に対してもオープンな国ではないですが

ここタシケントでトルクメニスタンのビザを取得しておく必要があります。

 

タシケント到着翌日の早朝、大使館へ向かうと

申請用紙に記入をして思いのほかスムーズに申請作業は終了。

あとは無事発行されるのを待つのみ。

(イランの時みたいに待たされませんように!)

 

発行までしばらく時間が掛かる様なので

自転車で次の街に向かってしまおうと思います。

 

 

ということで4ヵ国目ウズベキスタン、はじまり!!

 

 

 

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